<第一楽章・第一節 - Aパート>
この物語は、フィクションです。
登場する人物、団体などは、実際には存在しておりません。
心の中で、妄想を繰り広げる範囲でのご使用を、おすすめ致します。
今年、俺は30歳になった。
何事も、大きい事も、小さい事も、些細な事さえも、微塵も感じない、30歳の朝。
一人、狭いアパートの布団の上で、目覚ましのアラームとともに、起床した。
そんな、1月の寒い雪の日、俺の変わらない1日が、また始まろうとしていた。
テーブルに並べられた、年賀状の表面。
半分が会社絡み、半分が友達絡み、そして、芸能人の年賀状挨拶。
インターネットで、お年玉年賀状の当選を調べ、落胆した自分がふと目をやる先にあった文字。
"日向 小豆"
中学時代の部活で、一緒だった。
それ以降の接点は、ただこの年賀状ひとつのみ。
何が二人の間にあったわけでもなく、筆まめな彼女と、マメな返信による、かろうじてつながっている、貴薄な関係。
首の皮一枚ならぬ、年賀状一枚のつながり。
中学時代なら、独特の特徴を持つ彼女の名前を、からかう輩もいただろうと、ふふっと微笑んだところで、俺の記憶は終了した。
俺の名は、山田晴史。
0時を過ぎた今、1月29日は、俺の30回目の誕生日だった。
<第一楽章・第一節 - Aパート>
"三十路"
そう、呼ばれる、オッサンへの入り口に、何の自覚もなく、さっくりと片足を突っ込んだ、雪の朝だった。
けたたましく鳴り響くアラームは、はやりのアニソンが携帯から流れている。
1分おきにスヌーズをセットされたアラームを律儀に止めては2度寝、3度寝を繰り返すうちに、流石に目がさめてきた。
かれこれ、数えて17回目のアラームを止めたところで、俺はある事実に気がついていた。
「…………え」
アラームは確かに止めた、1分ごとにスヌーズされる、アニソンのイントロとともに。
セットはした、間違いなく、音はなっている。
しかしだ。
部屋の時計がおかしい。
10時を指しているようで、それは幻覚のようにも見える。
なんだ、部屋の時計は止まってしまったのか?
秒針の動かないアナログ時計では、今現在、間違いなく時を刻んでいるのかどうか、自分の目では確認出来ない。
ならば、デジタルと通信を利用し、常に正しい時間を導き出してくれる、携帯電話ならどうか?
先程まで、幾多の目覚め争いを繰り広げていた、自分の携帯を、まだ気だるい腕を伸ばし、充電スタンドより取り外す。
画面を表示させるため、通話終了のボタンを、右手の親指で押してみるものの、表示されるのはAM10:03という数字と英語だ。
これは一体どいういうことか?
部屋の時計は、10時を指している。
携帯の時間も、10という数字を表示している。
しかしだ、俺は出社していなければいけない時間なのだが、どうしても計算が合わない。
出社にかかる、起床及び出社支度、2つの交通機関を乗り継ぎ、計1時間の道のりがかかる。
出社と同時に、然るべき場所で、然るべきタイムカードという紙っきれに、自分の存在を記録し、然るべき席へと着座。
仕事上、必須となるPCを起動し、社内ネットワークへと接続して、朝礼の前準備を完了させていなければいけない時間は、
AM8:45
……まて、おかしいじゃないか。
俺は今、自宅にて、布団の中にゆっくりと横たわっている。
そしては時間はAM10:00を過ぎている。
と、いう事は、だ。
何か?
俺は、遅刻をしてしまったということか?
なぜ?
なにゆえ?
何故!?
「ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺自身、いや、俺の体が、まだ睡眠より覚醒したばかりの筋肉が、想像もしなかった、
そんなことはどうでもいい。
そう、平たく言えば、通常の俺では考えられない、寝起き時のスピードで立ち上がり、服を脱ぎ始めていた。
「洒落になってないって! ほんと! なんでこんなことになってるんだよーーーーーー!!!!」
セットしたはずのタイマーは、すべて4時間遅れで起動していた。
いつも通りの、スヌーズとの格闘時間こそ変わりはなかったが、明らかに総合時間が遅れている。
なぜこうなった!
ぺんぺけ ぺけけ つんつん
ひっくり返りそうになりながら、スラックスを履いている俺の耳に、こんな時に聞きたくはない、間延びした曲が、鼓膜へと振動を伝える。
そう、それはまるで、日曜日の夕方、視聴者の笑いをさらう番組から流れるであろう、ある意味ノリのよい、間延びしたテーマだった。
「やぁ~まぁ~ずぁ~きぃ~かぁぁぁぁぁ!」
この、どうしようもなく、どうしようもない時間に、なぜどうしようもないメールが届き、どうしようもない音楽が、鼓膜を叩かなくてはならないのか!
急がなくてはならない、この限られた、といってもすでに時遅しといった感じの時刻だが、被害を最小限にするためには、行動をしなくてはならない。
その為には、どうしても、この耳障りな音を止めなくてはならない。
我慢すればいいことなのだが、どうしても、気がちってしまう。
「えぇい! ままよ!」
半履きのスラックスのまま、騒音の発信源へと手に伸ばし、携帯電話のセンターキーを、荒々しい指の動作で押し込む。
『今日の休みは…』
表示されたのは、山崎の名前と、件名。
「何を馬鹿な事をいっている! このやまざきめが…………が?」
『今日の休みは…』
なんだ、この"休み"という単語は。
これはどこの国の言葉であり、一体、どういう意味を持っているのだろうか。
そして、この、文章のはじめについている、時を表す"今日"とは、更に何を示しているのか。
"今日"という言葉と"休み"という言葉のつながり。
これに関して、俺は山崎へ、400字詰めの原稿用紙に、余す事なく、説明を書かせなければいけないのだろうか。
半分キレ気味、それでいて混乱している頭で、俺は更に携帯電話のキーを、荒々しく押していた。
『先輩は、今日の休み、何か用事があるんですか?』
「今日は忙しいっていって…………休み、だと?」
どういう事だろう、このメールの意味は。
"休み"?
それは美味いのか?
というか、なんだ、休みとは。
まて、落ち着けよ? 俺。
今の格好→上半身マッパ、下半身中途半端な姿
今の時間→AM10:05
今の日付→1月29日 日曜日
部屋にあるものを見渡して、今現状、俺自身が認知出来る情報で、得られた答えはこの3つだ。
これに、山崎の情報を照合すると……
「今日……俺、休み、なんじゃ……ないか?」
考えても、考えても、今、何故俺がこんなに急いでいるのか。
その理由が、もたらされる情報によって、次から次へと覆されている。
「ちょ……俺、何やってんだよっ!!」
寝ぼけた俺が、ただ単に、一人で焦っていたという事に気がついた時には、すでに起床から10分を過ぎていたのだった。
はじめまして、氷河雄飛と申します。
文章から離れて、早2年。
すっかり文章の書き方を忘れてしまっております……
リハビリの為の作品ですので、どうぞ、カレイにスルーをお願いいたします。