6番の男
目が覚めるとそこは無機質な真っ白い部屋だった。部屋の四方には扉があるだけで他には何も置いていない、テニスコート半面程度の広さ。この場所が何処か?一体誰に連れてこられたのか?そんな些細な疑問なんかよりも、もっと重大な問題があった。
「自分が一体何者何か?」
それこそ年齢はおろか性別さえも認識ができない、この場所以前の記憶が全くないのだ、、、
時間にして数分程度経過したであろうか。考えてもこの部屋で目覚める以前のことは全く分からないが、少しだけわかったことがある。
・自分が男性であること
・無地の白いティーシャツにゼッケンのようなものを身につけていること(ゼッケンには数字で6と記載されている)
・腕時計より一回り以上大きな腕輪を左腕に付けていること。
・その腕輪の液晶部分に漢字で一文字「猫」と表示されいること。さらに腕輪にはキーホルダーのようなものはぶら下がっておりその装飾には四角のようなマークが記されていること。
コレらのことが分かったところで何がどうということもなく、もはや思考する意味もなさない状況となっている。そうなると
「あの扉の先に進んでみるしかないか、、、」
そう意を決し、足を一歩前に進めた瞬間、静寂を破るように館内アナウンスのような音声が鳴り響いた、、、
「参加者全員が目醒めました。貴方達はとある場所の別々の部屋に散り散りに配置されております。また皆様のこの空間に来る前の記憶については奪わせていたきました。コレよりこのゲームのルールを説明します。なお質問は一切受け付けませんのでよく聞いていただき、ルールを把握するようにお願いいたします。」
スピーカーのようなものは部屋見渡しても見当たらないが確かにそのアナウンスは耳を通して聞こえた。
「参加者全員、、、」「記憶を奪った、、、」「ゲームのルール、、、」
自分以外にも複数の人が集められている、この空間で何かをやらされる、ということだけが理解できた。そしてこの後のルール説明を集中して聞く必要がある。無機質のアナウンスはこちらの準備をお構いなしに続く、、、
「このゲームはターン制となります。参加者が順番に行動を選択していただきます。行動の内容は
・部屋に四隅の扉を開き部屋を移動する。
・現状の部屋から動かない。
この二つになります。コレらを参加者全員が順番に繰り返し行っていただきます。」
淡々と無機質なアナウンスは続く、、、
「参加者同士が同じ部屋で遭遇した時がゲームの本番と言えます。その際には次の選択が発生いたします。
『勝負』『協力』『なにもしない』の3つとなります」
矢継ぎ早に説明されるルールを頭に叩き込んでいくが不安が増していく、、、
「『勝負』は一方の参加者の任意制となります。相手の参加者に対して指を差し『勝負』とコールすれば成立となります。『勝負』の内容は一言でいうと相手の腕輪に表示されている固有名詞の漢字一文字を当てることになります。『勝負』は(質問)(回答)のいずれかを選択していただきます。なおこの選択権は『勝負』コールをしたものが後攻となり以後順番となります。」
その後も『勝負についての説明アナウンスは続いたが、まとめるとこのようなことだ。
・(質問)腕輪に表示されている固有名詞の漢字一文字に対してYESかNOで答えられる質問をする。質問の回答は運営側がジャッジして答える。
・(回答)文字通り相手の腕輪に表示されている固有名詞漢字一文字(アナウンスでは「呪言」と言ってた)を回答する。正解したものが『勝負』における勝者となる。
つまり、お互いに(質問)を何回かする事で相手の『呪言』を絞りつつ相手より先に(回答)する、というゲームなのであろう。脳では理解したつもりでもイマイチこの現実感の無い状況がこの先のゲームをする想像が沸かない。
そして、『勝負』の説明の最期ににわかに信じられないような事をアナウンスは流れた、、、
「『勝負』の敗者については消滅いたします。以上が『勝負』についての説明となります。」
消滅、、、人間を消すということが可能であるのか?何故だかは分からない、、、普通に考えたらこんな状況は何かの冗談だと思うのが自然な気がするのだが、完全に鵜呑みにしている自分があった。このアナウンスの説明を正しく理解することで自分の生存確率を高めることになる、、、そう予感しより一層集中してルール説明に耳を傾けた。その後もルール説明は淡々と続いていく。
「続いて『協力』についての説明となります。『協力』は参加者同士の左掌を合わせた状態で『協力』をコールしていただきます。『協力』状態となった参加者は一つのチーム扱いとなります、、、」
『協力』の説明が一通り終わり『協力』状態は次のとおりとなる。
・何人でも『協力』可能である。
・『協力』状態で『勝負』した際には行動選択権がチーム人数の数分可能となる。
(例えば3人協力状態であれば自ターンの(質問)→(質問)→(回答)といった連続行動となる)
・呪言は共有することになり、一つでも(回答)されるとチーム全員の敗北、消滅となること。
・『特殊能力』がチーム内で共有されるということ。
この『協力』というルールはメリットとデメリットを含んでいると感じた。また左の掌を合わせた状態ということは「自らの呪言をお互いに見せ合った状態でないと成立しない」という部分にこのルールの難しさを感じる、、、
実際に参加者と遭遇した際に自分がどういう方針であるかを予め決めておく必要がありそうだ。
しかも『特殊能力』という新しい単語が出てきたことでさらにこのゲームのルールが複雑化されていく、、、
「参加者遭遇時最後の選択肢は『なにもしない』ですが、こちらは文字通りなにもしない選択となります。『勝負』も『協力』もゴメンだという際はこちらの選択となります。もっともこちらの選択は遭遇が『勝負』コールされたら実現できないですが、、、」
「最後にこのゲームの勝利条件の説明となります。このゲームの勝利条件は『参加者の4人消滅』となります。
ゲームの説明は以上となります。最初に申し上げたとおり質問には一切お答え致しません。それでは、皆さまその消滅する4人に入らないように頑張っていただきたいと考えております。」
「それでは、ゲームスタートです」
アナウンスはその言葉を最後に終了した。結局自分が何者なのか?ここがどこなのか?主催者側の目的はなんなのか?参加者というのは何人いるのか?(自分の番号が6番ということは最低でも6人以上ということなのか?)kpの空間は何部屋あってどのくらいの規模なのか?等全くなにも分からず、このゲームを進めていくしか無いということだ。
まず説明の中で気になったことは『特殊能力』という部分だ。説明されなかったということはどこかにヒントでもあるんじゃ無いかと色々探ってみたところ腕輪の右側面に小さなボタンのようなものが見つかった。なんの躊躇いもなく押してみたところ『特殊能力』についての説明が目の前にホログラムとして表示された。
・『特殊能力』は参加者全員に備わっている自分だけの能力です。被りは一切存在しません。
・あなたの能力は、、、、、、、
自分の能力を理解したうえで自分のこのゲームの方針が決定した。
なんにしてもまずは他の参加者と遭遇する必要がある、、、
そんな思考をしていた時に不意にアナウンスが流れた。
「6番さんのターンとなります。」
他参加者ののターンが終わったということか、、、その際にアナウンスは聞こえて来なかってことから、このターン開始のアナウンスは該当者にしか聞こえないようになっているのであろう、、、
4隅のどの扉を選んでも他参加者の遭遇率というのは変わらないのであろう、、、ただし「部屋を動かない」という選択だけは遭遇率を著しく下げることになる。なぜなら参加者全員がその思考になった時には、延々と遭遇しなくなるからだ。先ほど立てた戦略はまずは遭遇しないことには始まらない。
ひとまず右手側にある扉を開いたところ先ほどの部屋となにも変わらない真っ白い部屋が開かれ他参加者との遭遇はなかった、、、
「6番さんのターン終了です。」
恐らく10分から15分程度で次のターンが回ってきたと思われる。その後もランダムに4隅のいずれかの扉を開き続けたが他参加者に遭遇することはなく10ターン程度経過した。自ターンの周期についてはほぼ一定に感じられるため他参加者者同士が遭遇して『勝負』をしているというのは考えづらい、、、あまりにも状況の変わらなさに
「実は参加者というのは自分一人なのでは無いか、、、」
というったら不安に駆られながら10数回目の扉を開けたその目線の先に、、、
「いた!」
見た目年齢二十歳前後の女性だ。「8番」のゼッケンを身につけている。扉を開いた自分を確認するとすかさず右手で腕輪を隠すように包んだ。自分も誰に習ったわけでもなく同様の行動をとっていた。相手の表情からも不安や猜疑心が入り混じったような感情が読み取れる。なんにせよ他の参加者に出会えた。早速ずっと考えていた作戦の行動に移すことにしよう。
「出会ったばっかりでなんだけど『協力』しませんか?」と提案を持ちかけた。
が特に返事はなく腕輪を包む右手に力が入り2、3歩ほど後退りしながらさらに警戒を高めているように見える。想定していた当たり前の反応、、、
「初めて会った人間を信じられない気持ちは分かります。だけどこのゲームはチームを組んで進めた方が生存確率を高めることになるんだ。だからといって自分の『呪言』を相手に見せることになる『協力』なんて容易に受け入れられないと思う、、、そこで、、、」
と言いながら右手を下におろし自分の『呪言』が相手に見えるように高くかざした。8番の女性は驚いたように目を見開き、掲げた腕輪の中にある『呪言』を見つめている、、、その目には警戒の色が薄まっていくように見える、、、
「こうすれば少しは信頼を得られたでしょうか?」
そういうと8番の女性は意を決したようにこう言った。
「わかりました、貴方と『協力』しようと思います。」
少しずつこちらに近づいて、距離が詰まったところで隠していた左手をゆっくりと下げていった。
【月】
8番の女性の『呪言』ハッキリと確認ができた。
「ありがとう、信頼してくれて、、、」
オレはそう言いながらと右手を相手に指してこう宣言した。
『勝負』
宣言の後、例のアナウンスが流れる。
「6番さんと8番さんの間に『勝負』が成立しました。先行6番さん『質問』か『回答』を選択してください。なおこのアナウンスは他の参加者には聞こえておりません。」
8番の女性はなにが起こったのかを理解できないような戸惑いの表情を浮かべている。
あとは『回答』を選択して【月】をコールすればこの『勝負』はオレの勝ちとなるのだがこのままアッサリと勝利しては若干の物足りなさを感じる。8番に顛末を説明し、苦悶の表情を眺めながら勝利の余韻を格別なものにしたいという欲求にかられていた。
「なにが起こっているのか分からない8番さんのために今から説明しましょう。オレの特殊能力だけど、、、」
と言いながら腕輪のボタンを押したホログラムを表示させた。
・特殊能力:必ず先行権 自分から『勝負』を宣言しても、必ず先行することが可能。
「これを見た時にこのゲームにおいては単純だが物凄く強力なものに感じられたんだ。これって対戦相手の『呪言』さえわかってしまえば必勝なわけだからね。そこからオレは考えた。どうやって相手の『呪言』を引き出すか?
『協力』という甘言と自らの『呪言』を見せることでの信頼度を高めること。リスクは高いけども普通の人間であればここまでされて『協力』を拒むものはいないと思う。オレは人間の可能性を信じたのさ。」
8番の表情が苦悶の表情から怒りに変わっていく、、、
「どの口が「人間の可能性」なんて言葉を吐いているの。貴方こんなことして恥ずかしくないの?」
「全く恥ずかしくないね、これはそういうゲームなんだから。ポーカーでブラフ打たれて文句言うやつなんかいないだろう?それと同じことだよ。それじゃあ一通りの説明は終えたのでそろそろこの『勝負』を終わらせてようと思う、、、」
「回答【月】」
そう宣言するや否やアナウンスが流れた、、、
「不正解となります。選択権は8番さんへと移ります。」
え、、、不正解?今不正解と言ったのか。今度はオレの方がなにが起こったの変わらない表情をしているのだろう、、、なぜだ?イヤそれよりもオレの『呪言』はハッキリと8番に見せている。このまま8番のターンに移るということは、、、
8番の女性がゆっくりと口を開く、、、
「貴方言ったよね、、、「ポーカーでブラフ打たれて文句言うやつはいない」って、、、それに習わせてもらうね。」
「回答【猫】」
「正解となります。8番さんの勝利となります。6番さんには消滅していただきます。」
二章へ続く