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次元を超えて  作者: 松に麻
第二章 試練の旅
9/15

九、至高のエネルギー


 リストの中に四つ目の×印を書き込む事に成功した一行は、残る一つのターゲットを得る為に次なる国に入っていた。

「んで、ラストは何なんだ?」

「発火状態にある、特殊なリンの様です」

 フェリペは三人にキースを見せた。

『レンギレム•••丘の国レンギが『燐』と称される素となった発光体。レンギ特有のリン鉱石と石灰から成された独特なリン化カルシウムに水が加わる事で生じた、特殊揮発性物質レンギローナが、空気に触れて気化、更に大気中で酸化した、浮遊燐』

「燐気が宙にて燃えた物!? ちと待てい。これではまるで、鬼火その物ではないか?」

「ええ、そうですよ。あなたの言う霊魂かどうかは解りませんが、確かにこれは、動植物から出た物ではない、鉱物から出たリンの発火物の事を指してます」

「ケッ、最後の最後に火の玉かよ。やっぱここは死者の国だったんだな。差し詰めメアルは死神か?」

「死神だろうが生き神だろうが関係ないさね。持つモン持ってきゃ還らしてくれるってんだ。それだけで充分だろ?」

「まーな」

「儂等はこの死の国にて、各々器量と力量を上げた。加えて•••」

「傑物が宿す最強の力が戻った今、俺達ぁ怖いもん無しだって言いてーんだろ?」

「如何にも」

 『氷』にてオーロラを確認して以来、三日間に及び超強力な磁気エネルギーを吸収し続けた地球人最強の戦士の能力は、既に完全復活を成し遂げていた。

 三人の顔を見回しながら、元宗は一首詠んだ。

「   何のその

    例え火の中

     水の底

    取るに足らんや

     強き味方に

(向かう先が、例え炎の中や氷の底であったとしても、大した事は無いだろう。頼もしい仲間達に、問題にもならない)」

 一度死線を乗り越えた元宗は、心から信を置ける同志達となら、どんな死地でも遣り切る自信があった。

「そりゃそうと、欲しいモンが光だってんなら、最初のとこみたいに、夜の方が探し易いかも知れないよ?」

「そうですね。ですから、日中は運良く見かけたら採取する事にして、本格的な活動は日が落ちてからにしましょう」

 三人に異論はなかった。

 空には地球では見られないH型の形態をした、鳥とは呼べない飛行動物が舞い、地には三本の三角形の角を持つ、80㎝位の極めて大きな虫が這っていたが、多少の差異に動じる事などすっかりなくなっていた一行にとって、広い丘陵地の昼下がりはとても穏やかなものだった。

「何とものどかなとこだね〜」

「悪くねー。憩うにはうってつけだぜ」

「何かこう、心地よい心持ちにさせてくれるのう」

「非常に和やかです」

 暫く四人は、静かで気持ちの良い雰囲気を醸し出す景観に浸り、(くつろ)いでいた。

 東からやって来た雲が西へ去って行くのをぼんやりと眺めていたフェリペが、ふと遠方の丘に目をやると、疎らに転がる3、4m程のカプセル状の巨石群が目に入った。

(何だろう、あれは•••?)

 気になったフェリペは、土地の特徴を知る事で少しでも目標に近付けないかと、今や定番となったお手製の乗り物で三人を伴って現場に向かう事にした。

「着きましたよ。この辺りです」

「こんな何でもねー岩が、一体どうしたってんだ?」

「何でも無い事はありませんよ。この形をよく見て下さい」

 フェリペは角が取れて丸みを帯びた岩の、滑らかな表面を擦りながら続けた。

「こんな容姿の天然石が存在するのはせいぜい河原くらいのものですが、知っての通り川の石は水の力で研磨されるので、そう出来ない大きさの物は丸くはならない筈です••• かつてここに、想像を絶する程の激流があったのなら話は別ですが、そうでないのなら、他の自然現象があったと考えるべきでしょう。もし、単なる人工物であると言うのなら、今度は、見ての通りこれらの岩石があからさまに放棄されている状況に疑問が残ります」

「何かに使うて、用無しとなっただけではないのか?」

「だとしたら、その用途を押えておきたいところ」

「何故じゃ? 儂等の求める物に関わる事なのか?」

「それを否めないって言いたいのさね」

 フェリペの憶測は決して間違ってはいなかった。しかしキースは、そこに存在する奇岩地帯の歴史を絶対に教える事がない様に強いられていた。

「駄目ですね••• この道具では何度やっても、『この丘の上に岩はない』という回答が返ってきます」

「じゃあ、こいつ等は何だってんだ?」

「それが、正体不明の物としか•••」

「ひょっとして、これらは岩じゃないんじゃないかい?」

「ええ〜っ!?」

 その概念はフェリペには全くないものだった。しかし、この衛星とよく知るの惑星の常識が少なからず違う事からも、その考えは一概に否定できるものではなかった。

(彼女の言う通りだ。真っ先に疑うべきは、自分の稚拙な見識と固定概念の方•••)

 フェリペはそこら中に散らばっている長くて丸い巨石を、周到に調査する必要があると思うのだった。

 砕いた岩の破片を粒子機に掛け、その組成内容を精査した結果、岩は紛れもなく鉱石である事が判明したが、それと同時に、自然物ではない事もまた証明された。

「これではっきりしましたよ。この異物は間違いなく人工物です」

「それで、何の為に造られたんだ?」

「そこはまだ解ってません。サイコメトラーのあなたの方が、早く答えを導き出せるかも知れませんよ?」

「無駄だぜ。さっきちょっと触ってみたが、こいつにゃ何の記憶もねー。持ち主の想い入れが強くねーと何も探れねーんだ」

「同感さね。これは、ある一線を越えたモンしか知らない事だが、実は命を持たないモンにも意識ってのはある。だけど、こいつの音は余りにも小さ過ぎて、あたしにさえ聴き取れない••• その波動から純然たる意志が伝わってこないんだ〜。もしかすると、とても古いモンかも知れないね」

「仰る通りですよ。年代測定の結果では、37万年前の代物と出ましたから」

「聞いた事ねー年数だ! 道理で俺じゃあ解らん訳だぜ」

「至って天文学的な数値です」

「使い道が解せなんだのはよう解こうたが、肝心な物との繋がりは見えたのか?」

「残念ながら、そこもまだ•••」

 開いた両手を空に向け、首を竦めながら、フェリペはそう答えるのだった。


 夕暮れが近付くにつれて、空は急速に黒くなっていた。

「一雨来るよ•••」

 アルベルティーヌは静かに言った。

「夕立か。あの日と同じじゃ•••」

 元宗は寂しそうな眼をして呟いた。

「とりあえず、簡易なレインウェアを作りますので、皆さん、それを•••」

 作った雨具を三人に配り、フェリペはまた、キースと向き合った。

 暫くすると、アルベルティーヌの予想通り、雨が降り始めた。 

「いい加減止めたらどうじゃ? 憂いを断つに余念無き事は敬服に値すが、今からなら石を調べるより、欲しきを直に探した方が早かろう?」

「そうだぜ〜。もうタイムアップだ。本分を全うすれば、それは不要になる」

「確かに、こっからが本番さね」

 皆の催促にフェリペはキースをリュックに仕舞い、替わりに保態箱を取り出した。

「これさえあれば、準備はいつでも万端です」

 元宗は以前『平』で目にした入れ物を疑問視して訊ねた。

「その箱、眉唾物とは云わぬが、大丈夫か? つくしの粉と違い、鬼火は永くは留まらぬ••• それに入れたとて、中で消え失せはせぬか?」

「そんな事はありませんよ。何と言っても、私の居た時代にすらなかったこの特殊な箱は、中にある物質の状態をその儘固定し、何一つ変じる事なく保持できる優れ物ですから」

「て事ぁ、それに入れてりゃ物が腐る心配はねー訳か?」

「当然です。酸化もその反対の還元もしません。全ての化学反応が起きないんです」

「そりゃ〜良いぜ! 長い船旅にはもってこいだ〜」

「燃えてる状態をずっと保ち続けるなんて、ホントに出来る事なのかい?」

「どんな理屈でそれが成立し、どんな技術でその条件が確立されるのかは知りませんが、燃焼中の物を封じ込めれば、きっと燃焼した儘保存できる筈です」

 連盟のテクノロジーに一目置くフェリペは、胸を張ってそう答えるのだった。

 十分程で通り雨が過ぎ去った後に、完全に陽が落ち切って宵が来ても、この衛星が公転する惑星の強力な反射光のおかげで、『燐』は非常に明るかった。

「本来の私達の環境と逆の条件下では、流石に星の照り返しによる明度が格段に異なりますね」

「望月の数倍明るいとはのう」

「空は完璧に夜なんだが、昼みてーにお前等の顔がよく見える。丘全体にランプがいき届いてるみてーだ」

「ホントさね。服の色だってはっきり解るよ」

 コロコンタから見えるズゴルフは、地球から見える月の約七倍の大きさに匹敵していた。

 やがて、雨が染み込んだ丘と言う丘の地中から、無作為に留まる事なく転々と変色していく摩訶不思議な物体が、一つ、また一つと、その類稀なる容姿をお披露目し始めた。

「これは!?」

「これぞ正に、鬼火が丘の再来也!」

「何てこった〜!」

「ほう•••」

 忽ち丘陵地はフワフワ浮かぶ火の玉達に占領された。

「ものすげー数だぜ」

「この多さたるや、かつて儂が見たものの比では御座らん」

「シャボン玉みたいに、どんどん色が変わってくんだね〜」

「ちょっと怖いです••• ですがそれでいて、美しくもあります」

 その光景は、まるでこの世とあの世の境にでも迷い込んだのかと思える程だった。

「これをほっといたら、どうなるんだい?」

「ゴローザの話じゃ、天高く昇ってくんだろ?」

「今ここには、積尸気なる黒珠はない••• おそらく、昇りっ放しとなるじゃろう」

「そりゃ〜それで、見物だろうね〜」

「私の居た時代ではスカイランタンと言う、数多くの提灯を一斉に空へ放つお祭りが、多数の国で見られましたよ」

「空提灯とな、それは面白い••• 日の本が灯籠流しに似おるわい」

 母国の夏の風物を思い出し、元宗は沁々と言うのだった。

 自分の周りを漂う大きめのレンギレムに近寄り、フェリペはその上から保態箱を被せようとした。が、浮かび燃える物質は恰も捕まるのを拒むかの様にするりとその手を躱し、容易に容器に収まろうとはしなかった。

(避けた! 何故だ? 中に滞在する空気が邪魔なのだろうか?)

 標的に逃げられたフェリペは再度採取を試み、同じ物をしつこく追い回した。しかし、一度嫌われた入れ物では、何度やっても結果は同じだった。

「諦めなよ。あんたはそのコに振られたんだ。もうそろそろ別のコにアタックしな」

 フェリペが梃子摺る様子にアルベルティーヌは助言を出した。

 どうしたら上手くレンギレムを収容できるのか、フェリペがキースで調ていると、突然遠くの丘から、ド〜ン! ド〜ン! ド〜ン! •••ド、ド〜ンッ!! と、激しく何かがぶつかる様な音が聞こえて来た。

「あれを見ろ〜!」

 逸早くマシューが指差した先には、つい先程まではなかったカプセル型の巨石が五つ、衝撃音のした丘の上に転がっていた。

(! 何だい、この感じは!?)

「まずいよ! 何かとんでもない化けモンが、途轍もない速さでここへ迫って来る!」

 アルベルティーヌがそう警告を発した直後、四人は一瞬、自分達の身が丘の広範囲に及ぶ巨大な何かの影の中に入ったのを感じた。

「何じゃ、あれは!? 途方もなく大きな物の怪が天翔おるわ〜っ!」

 元宗は自身の上空を飛び越えて行った動物を見て驚愕した。

「そんな!? こんな事って•••」

 フェリペは両手で頭を抱え込んだ。

「あのシルエットなら間違いねーぜ! ありゃ〜確実に、ドラゴンだ〜!!」

 マシューもまた、架空の幻獣の存在に仰天せざるを得なかった。

「竜じゃと!? お主等が国許にはあの様な竜がおるのか!?」

「居る訳ねーだろ! あんなんが居たら、今頃ヨーロッパは••• いや、世界中がとっくの昔に滅んでらー!」

 全長40mはあろうかと思われる巨軀に、紅い水晶質の鱗を纏う未知の生物は、その背に広くて長い翼を有し、その頭に立派な二本の角を頂いて、頑強な前足には土木現場で見掛けるどんな解体用の重機よりも優れていそうな鋭い爪を、口には鮫の様に何段も整列した尖りに尖った歯を、頭蓋から尻尾の先にかけては綺麗に揃えられた大小様々な棘を、それぞれ備えていた。

「見ろよ、あの爪! あんなんで引っ掻かれりゃ、一溜まりもねーぜ!」

「それだけではない! あの歯たるや、我等の顔より大きゅう見える!」

「そうさね。だが、最も危ないのは尾の先っぽにある、上と両横の三方向に突き出た、あの大きめの棘さ! あの形状と波動から、まず間違いなく毒針だよ。ありゃ•••」

 フェリペが恐怖で慌てふためく中、竜はすぐ隣の丘に降り立ち、目一杯に両翼を広げて、大音量の咆哮をぶちかました。

「グオオォ〜〜〜ンッ!!」

 その声は一気に周囲に響き渡ると同時に、大きく地面を振動していた。

「あな怖ろしや〜、大地をも震わすとは•••」

「何て猛々しいエネルギー! 相当に欲してるよ」

「何をだよ、婆様?」

 マシューが不安げに監視していると、あろう事か竜は、数多に揺蕩う火の玉を吸い込み始め、その瞳をみるみる光で覆わせていった。

「なんと(おぞ)しき事かっ!? 彼奴め、鬼火を喫みおったわ!」

「その上、喰った燐を眼に宿してやがる! •••婆様よ! あれじゃすぐに、あっちの丘の燐は無くなっちまう。その儘あいつがこっちに来たら、どうするつもりだ?」

「あんな禍々(まがまが)しき化け物が相手では、近付く事とて容易からず! 増してや太刀打ちなどとてもとても•••」

「ちげーねー! 一撃でも喰らや〜、一貫の終わり••• たったの一発で、俺達の『火の玉』まで持ってかれちまうぜ!」

 圧倒的な戦力差をまざまざと見せ付けられた男達に、未知の生物と正面切って戦うだけの戦意はなかった。

「解ってるさね。あいつとぶつかっても、あたし等に勝ち目は無い。そして更に悪い事に、今この地にはこの星中のドラゴン達が続々と集結しようとしている•••」

「!」

「何っ!?」

「それは誠か!?」

 男達は急激に危機感を募らせた。

「参ったね〜、甘かったよ••• 師が言ってた地獄ってのは、ホントはこの事だったんだね。あたし等は知らず知らずの内に、ドラゴンの楽園に足を踏み入れちまったのさ!」

「正に絶体絶命••• 逃げるが勝ちだぜ!」

「皆、逃げるよ!」

「御意!」

 一行は撤退を決め、フェリペはすぐにラビを起動した。しかし、その時ラビからパッと漏れ出た光を見逃さなかった未知の生物は、その傍らで(うごめ)く四人の姿を煌々と輝く両眼でしっかり捉えていた。

「グワァ〜〜ンッ!! グルル••• グルル•••」

 一頻(ひとしき)り大声で吠えた後、一行が居る丘の方に向き直った未知の生物は、両前足で交互に地を掻いて、敵に威嚇を示した。

「いかんっ、気取(けど)られたわい!」

「勘付きやがったか〜!」

「『俺の獲物に手を出すな!』って、酷く怒ってるよ」

「後どれ位掛かるんじゃ、エンリケ?」

「携行ラビは備え付けの物と比べると格段に性能が劣ります。まだ四、五分はかかります」

「それじゃ間に合わねーぜ! もっと急げ!」

「それが最速です!」

 四人がそうこうしている間に、未知の生物はひとっ飛びで丘を移って来た。

「おいっ、とうとう来やがったぞ!」

「斯く成る上は、止むを得まい!」

 風雲急を告げる事態に海将達の眼の色は瞬時に豹変し、二人は双方共に決死の覚悟で両手に武器を取っていた。

「まさかあなた達っ、闘うつもりじゃないでしょうね!? さっき迄あんなに厭戦してたのに!?」

「こちらにその気がなくとも相手にあるのなら、守りを固める他に生きる道無し••• 乗り掛かった船じゃ、行き着くとこまで行くが信条!」

「言葉を交わせねーんじゃ、一戦を交えるしかねーぜ!」

「止めて下さい! 無謀です!」

「さっきと今じゃ状況が違う••• あんたとあたし等の決定的な違いは、決して生まれた時代なんかじゃなく、命を賭す環境に身を置いた経験が有るか無いかだ。そして、そこの二人はそれを常なるものとしてきた••• 今更運命の岐路にびびる様なたまじゃないのさ」

 アルベルティーヌは振り返ってマシューと元宗を見据え、

「解ってるね、あんた達••• たったの五分で良いんだ。その間何があっても絶対に、この坊やの事だけは守り抜くんだよ!」

 と、強く言うと、一瞬で鬼の様な形相に成り、次の瞬間、パタリとその場に伏せて動かなくなった。

「視える! 今なら視えるぜ、婆様の動きがはっきりと!」

「何と! お主っ、遂に霊が視える様になったか!?」

 死と隣り合わせの状況に身を投じる緊張感に、普段とは比べ物にならない程研ぎ澄まされていたマシューの集中力は、既に開花し始めていた特殊能力に絶大な変化を与えていた。

「だが、あのドラゴンも完全に視えてやがるぜ。見ろよ、あれっ!」

 元宗とフェリペの眼には、何故か盛んに首を振って、何かを拒む未知の生物の姿が映っていた。

「あの人は今どこに!?」

「箒に跨がって、ドラゴンの顔に一直線よ!」

「何だって!? それじゃあ、あの伝承は本当だったんだ!」

「ああ。どうやら嘘じゃなかったらしい。脱けてる間だけって、条件付きだがな•••」

「何故竜は、あの様に嫌がりおるのじゃ?」

「婆様が頻りにドラゴンの目玉を突こうと狙ってるからだ••• 俺の眼にゃあ、犬と蜂が()り合ってる様に視える」

「犬と蜂では賭けにもならぬ。如何致す?」

 元宗がマシューにアルベルティーヌの加勢に行くべきかを問いた時だった。首を真横に反っていた未知の生物が、その反動に拠る勢いを利用しながら、口から轟々と燃え盛る火炎を放射したのだ。

 ボボボボボボボ〜〜〜〜ッ!! 凡そ20mはある火柱は、危うく四人の頭上を掠めた。

「なんと怖ろしき奴っ! 口から焰を吐こうとは!」

「やっぱりですか!」

「そりゃそうだろ! 婆様でも言い伝えは裏切らなかったんだ。存在自体が伝説の化け物が、今更その能力に嘘吐く筈はねー! お前程に時代が離れた奴にでもちゃんと伝わってるのが、何よりの証拠だろ?」

「もう少し下に打たれれば、我等は皆、丸焦げじゃった••• あれでは迂闊に近寄る事すら出来ぬ。助太刀もろくに(こな)せぬとは、誠に以て情けなき限り也」

「しゃーねー。今は、こいつと婆様の体を死守する事だけを考えろ」

 ラビが使用可能になるには、まだ後三分もあった。

「グルグルガァ〜〜オ〜!!」

 未知の生物は頭で弧を描きながら、大きな雄叫びをした。

「!? やべー! 婆様の姿が視えねー!」

 マシューが未知の生物の周りを確かめても、アルベルティーヌの霊は視認できなかった。

「そんなっ! 肉体が滅ばずとも、霊魂が滅する事なんてあるんですか!?」

「知らねーよ!」

「ほんに討ち死にしたかは定かではないが、お主の眼にも映らず、彼奴が勝鬨を上げたとなれば、先の焰で婆殿が打ち取られたと考えるは必定! 然れば、次は必ずここへ来るぞ、各々用心せいっ!」

 元宗の読みは間違ってなかった。実体のない難敵を吹き飛ばした未知の生物は、その燃える様な両眼で鋭く男達を睨みつけ、既に標的の変更を完了していた。

「おい、フェリペ! その移動用のボックスは持ち運べねーのか?」

「駄目です! 使用の際は重力基盤を必要とするので、地に固定しないと•••」

 フェリペの返答を最後まで待たずに、マシューは元宗に言い渡していた。

「散るぞ!」

「うむ!」

 二人は左右対極に全速力で疾走し、それを受けた未知の生物は左に行った元宗に照準を合わせ、相対(あいたい)した。

「来やるかっ、南蛮竜! いざ、尋常に勝負っ!」

 ありったけの声で(わめ)く小さな生き物をあしらう様に、未知の生物は右前足を横から振りかぶって、元宗に平手打ちを見舞った。

「あっ!」

「あのバカ!」

 キンッ! 一瞬、乾いた高い音が丘に鳴り響いた。それは元宗が二本の刀で身を守っていたからだったが、流石に自身の数倍もある鉤爪(かぎづめ)までは押し返せなかった侍は、()し折られた脇差と共に、大きく後ろへ弾き飛ばされた。

(不覚•••)

 ダダンッ! 元宗は強か地面に叩き付けられて気を失い、そんな剣士の後を追って空中で高速回転していた脇差の切先が、ブスリと丘の上に突き刺さった。

「糞っ垂れめ〜っ!」

 すかさずマシューは背を向ける敵に発砲し、叫んだ。

「次は俺が相手だ! 掛かって来やがれ〜っ!」

 未知の生物は後方のマシューに振り向いた。

 その隙にフェリペは、急いで元宗の救出に動いた。

 ブブンッ••• ブブンッ••• 激しく尻尾を振り始めた強敵に対し、マシューはカウンター攻撃を目論んでいた。

(チャンスは一回きりだ!)

 振り上げられた尻尾による刺突をさっと避け、マシューは尻尾の先端の大きな棘に向かって剣を突き立てた。が、それすら効かなかった敵の素早い反撃に、あっけなく腹部を切られた。

(うっ!)

 バタッ••• マシューはその場に倒れ込んだ。

「マシュー!」

 一気に込み上げてきた絶望感に涙を滲ませながら、フェリペは元宗を担いでラビまで走った。

「グァ〜ンッ! グルル•••」

 活発に動き回る最後の一人に、未知の生物は先程同様、牛みたいな脅しを掛けた。

 一方、立ちはだかる強大な敵に目の前で次々と仲間達をやられたフェリペは、悲痛の念と共に混在する猛烈な憤りに我を忘れ、持ってきた元宗の本差を構えて息巻いた。

「私の仲間達をよくもこんな目に••• 思い知らせてやる!」

 今やフェリペは、怒れるマタドールと化していた。刀を手に玉砕覚悟で未知の生物に突っ掛けて行った。

「ワ〜〜〜ッ!」

 怒声を上げるフェリペが走り出してすぐに、アルベルティーヌが目を覚ました。

(? •••はっ!)

 瞬時に形勢を悟ったアルベルティーヌは、間髪を入れずに、

「ジュレミケリーナ、コッヘナ、トンッ!」

 と、呪文を唱え、これ迄にない位強く杖を振り翳した。すると、老婆からだいぶ離れた所にあった多数の(つぶて)が凄いスピードで未知の生物の背中に当たり、更に、50㎝程の石が後頭部を直撃した。

「ギャ〜オンッ!」

 多少の衝撃を伴う背後からの奇襲は未知の生物を驚かせた。

(今だ!)

 それを見計らってアルベルティーヌは、また体外離脱状態に入った。

 明らかに動きが鈍った仇敵(きゅうてき)に何か異変を感じ取ったフェリペは、ここぞとばかりにマシュー救出へと路線を変更した。

 タッタッタッタッタッ••• 

 近付いて来る駆け足の音をマシューは朦朧としながら聞いていた。

「助けに来ましたよ、セニョール!」

「ううっ••• すまねえ•••」

 マシューの疵は決して深くはなかった。が、既に毒に犯され、一刻を争う状態だった。

 フェリペはマシューを背負って、即座にラビまで引き返した。

 その間未知の生物は、フェリペを無視して再び見えない敵と戦っている様だった。

(あの人だ! あの人が還ったんだ!)

 フェリペはアルベルティーヌの復活を察知した。

 ラビに戻ると、その色はようやく青になっていた。

「よしっ!」

 フェリペはすぐにマシューをラビの中に運び込み、続けて元宗とアルベルティーヌも移送し終えると、最寄りの病院に行き先を設定し、最後にアルベルティーヌの手を取って、強く念じた。

(もう結構です! 早くこっちに戻って来て下さい!)

(!)

 確たる想いを受け取ったアルベルティーヌの眼には、赤く点滅した後に、フッと消えて無くなったラビの残像が映っていた。

(ふうっ! どうやら無事に行ったみたいだ••• 危なかったよ〜)

 こうして、危機一髪のところで九死に一生を得た一行は、命懸けの戦いから命からがら逃げ出すのだった。


 その頃、メチョッテ波動学研究所では、最後にして最大の難関に挑んだ地球人達の、予想以上に変化に富んだ激しい反応に、データ解析が追いついてなかった。

「学部長、彼等は丘陵地帯から去り、レンギ第3病院に移りました!」

「負傷した個体マの治療をする気だ。対応がとても速いので、毒で死に至る事はないだろう。それに、運良く疵も浅い様だ。明日には完治できる。個体アに関しては、ついさっき意識が肉体に戻ったのを確認した。体脱状態を解除したのだろう」

「個体モには外傷がありません。単に失神を継続しているだけだから、脳に電的刺激を与えれば、すぐにでも活性化しますね」

「うむ。誰も死亡せずに済んだのは幸運だったね••• 正直、今回の波動変化とその推移は、全て想定外の領域にあった。これは我等にとっても、極めて貴重で絶大な研究結果と言えるだろう。彼等が体験した、驚愕、恐怖、絶望、覚悟、奮戦、憤怒、安堵の周波数を全てスペクトル別に分析し、今後の人格形成、精神性の向上にどう影響を及ぼすかを観ていこうではないか」

「はい。この経験を地球人の物質次元からの乖離に役立てたいですね。しかし•••」

 一つ間を置いてから、助手は不安げにメアルに訊ねた。

「彼等はレンギレムを採取し損じたみたいですが、四人とも五体満足になったところで、もう一度あの地に戻るでしょうか?」

「解らない。もし、その気があったとしても、上手くいくかどうか•••」

 実のところメアルは隠されたもう一つの任務を全うする為に、何としてでも地球人達に目的を達成して貰いたかったが、それは四人の善処よりもむしろ、有意義にして厄介な存在の動向に拠るところが大きい為、如何にメアルと言えど、運を天に任せる以外に手はなかった。


 ラビの準備が整い次第、すぐに病院に向かった一行は、マシューが横になる病室で色々と話し合っていた。

「薬師が曰く、もう少し遅ければ、お主の命はなかった様じゃ。よくよくエンリケに感謝するんじゃな、ワトソンや•••」

「解毒の処置は順調に済んだ様で、毒は全て、明日には体内から抜け出るみたいです。お腹の方はどうですか?」

「不思議だ。もう全く痛くない••• 皮と皮が綺麗にくっつき、疵痕(きずあと)が完全に無くなってやがるんだ」

「そうですか。それは本当に良かった」

「然りとて、危ないとこじゃったのう。全滅とて有り得たぞい。あれではまるで、空飛ぶ勇魚よ•••」

「ちげーねー。俺が今迄に見た一番でけー鯨よりも、もっとでかかった••• 大体ドラゴンなんて、空想上の生き物の筈だ。誰だか知んねーが、最初にあれを描いた昔の画家は、俺達みたいにここに来たのかよ? そうじゃなけりゃ、体から脱けれたとしか思えねーぜ」

「いいや、おそらく両方とも違うね••• 多分そのモンは、念視をしたんだろう」

「その儀は某も聞いた事が御座る。千里眼を使う者は遠く離れた地を視通すと•••」

 それを聞いてフェリペは、以前文献で読んだ、冷戦時代の米ソの超能力を用いた熾烈な情報戦の事を思い出した。

「私の居た時代にも、その能力は実在してましたよ。世界の覇権を争う二つの超大国はリモートヴューイングと呼ばれる方法で、実際に適地に入らずとも、様々な情報を得ていたみたいですから」

「遠隔透視とな••• お主の時代では左様に申すか」

「いつの時代のどこの土地にも、優れた使い手ってのはいるモンさね。 それにしても、あたしも耄碌(もうろく)したモンだ。今思えば、あん時サムライの坊やが、この事があるのを暗に告げていたのに•••」

「?」

「何の事じゃ? 某にはさっぱり身に覚えのなき事」

「あん時ってのぁ?」

 男達はアルベルティーヌの発言を理解しかねた。

「前に、九つの尾を持つ大きな狐を見たろう? それの事さね」

「つまりあなたは、日本の妖怪伝説もリモートヴューイングに拠って成されたものであり、それに気付けてたなら、今回の事も予想できた、と言いたいのですね?」

「あんたは頭の良い子さね」

 アルベルティーヌは頷いた。

「とどのつまり、何なのじゃ、あの竜は?」

 元宗の質問に答えるべく、フェリペはキースを皆に見せた。

『ヒキギリ•••コロコンタに存在する全生物の中で最強種の鉱食動物。世界中の地殻の奥深くに個々の縄張りを持って生活し、群れる事はない。食した鉱物の色が体を覆う鱗に反映する為、個体の色で好物や生息域を判別できる。繁殖期は春で、春分を跨ぐ三日間にレンギに現れた後、ネタクタクタクにて交配する』

「石喰いじゃと!?」

「そう! 気になったんでもっと調べたら、何とあのヅヅァ族と同じ祖先を持つ動物である事が判明したんです」

「だから体が石みてーだったのか〜。とすると、あの石頭達でいう、真ん中の腕に当たるのが翼か?」

「そうでしょうね。長い時間を掛けて進化したんでしょう。普段は不必要でも、種の保存の為には同時期に共通の場所で集わなければなりませんから」

「空から降って来たモンも含め、あの大きくて丸くて長い岩は何だったんだい?」

「多分あれは、ヒキギリの糞でしょう••• 封緘石もそうでしたから」

「ぐぬぅ〜っ! たかだか糞如きが、大筒をもってしても比肩できぬ物とは•••」

「彼等にとっての只の便は、我々にとっては強威的な力を持つ立派な殺戮兵器です。上空からあれを落とされれば、私の居た時代の航空母艦でさえ、只では済みませんよ」

「確かにあれなら、俺の船も沈没するな•••」

「警戒しなきゃならない事が一つ増えたよ」

 ヒキギリの排泄物はとても一行が無視できる物ではなかった。

「で、どうするってんだ、フェリペよ?」

「是が非でもこの両三日中に、鬼火を手中に収めておきたいところじゃが?」

「その為には何か手立てが要るよ。ドラゴンに見つからずに仕事が出来る様、きちんとドラゴンを罠に嵌め、あたし等から遠ざかる様に誘導しなきゃ」

「煽動すると申しても相手は獣、上手く我等の策に踊ってくれるかのう? それに•••」

「ああ。もしもの場合はどうすんだ?」

「そん時ゃ、また戦うしかないさね」

「戦うったって、あのでかさだぜ? 勝てっこねーだろ。具体的にどんな計略に陥れてーんだ、婆様は?」

「よくある手なら囮が要ります•••」

「そうさね。だが、あたし等がそれをやるのは、余りにも危険が多過ぎる。だから、その役目は何かに担ってもらう」

「成程。案山子(かかし)を置けば、我等は安泰••• 然れども、それだけでは充分ではあるまい?」

「その通りさ。だからもう一つ、強くドラゴンの気を引くモンが要るんだが、何か良いモンはないかね〜?」

「花火なんてどうでしょう? 爆音と閃光でヒキギリの耳目を集められます」

「そりゃ良いね。それにしよう! 後は偽モンさね」

「フェイクだぁ?」

「そうさね。あんただって魚を釣る時に使ったろ? それと同じさね」

「疑似餌ですか••• しかし、あんな特殊な物質の燃焼状態を上手に再現できる物なんて、簡単に見つかりますかね?」

「探す必要なんてないよ。あんたはそれを、もう既に持ってる」

「? •••もしかして、光晶石の事ですか!?」

「そうさね〜」

「成程な〜。確かにあれなら、火の玉に似せ易いかもな」

「うむ」

「別に、忠実に再現しなくたっていいんだ。心を揺さぶる為にはむしろ、絶妙な違いがあった方が良い•••」

 アルベルティーヌの狙いはこうだった。

 先ず大前提として、天敵達から死角をつくれる丘を選定し、そこに囮と花火を置いて、そこから徐々に丘を下る様に、点々と三つの光晶石を配する。そして、実際にヒキギリが侵入して来たら、花火に点火してヒキギリを囮の方へ誘き寄せ、機を見計らって、一つずつ光晶石を点滅させながらヒキギリを遠ざける。その間に、ヒキギリの視界に入らない逆側の丘裾で素早く目的を達成する。

「二段構えの陽動策か••• それじゃあ、ドラゴンの動きを封じる事までは出来ねーぜ? せめて、改良された俺の銃弾をあいつの体内に打ち込めたらな〜」

「それが出来ても、あまり効果は見込めないと思います。あなたの銃弾は、あの体格にはとても微小な物ですから」

「やっぱそうか〜。そうだよな〜」

 マシューは小首を傾げ、元宗は腕を組みながら顎髭をしごいた。

「婆殿や。もしまた諍いが起これば、その時は誰ぞ逝くやも知れぬ」

「解ってるさ。確かに今の儘じゃ、さっきの二の舞••• だからあたしゃ、何が何でも秘術を体得しに、もう一回孔の国へ行くよ」

「? •••それは、今はまだ使えない魔法なんですね?」

 アルベルティーヌは静かに頷いた。

「たったの二日そこらで、修めれるんかよ?」

「他の土地なら絶対に無理さ。だけど、あるいはあそこなら•••」

「その修行、拙者もお供して宜しいか? 某とて、刀を折られた悔いがある」

「好きにしなよ。あたしにゃ、あんたを止める理由なんてないだから」

 元宗が願い出た同行をアルベルティーヌは快く許すのだった。


 マシューの体だけを病院に残して、早速一行は『氷』に再入国を果たした。

「早かったじゃないか。で、どうだった?」

 アルベルティーヌは敵状視察から戻って来た体外離脱中のマシューに様子を訊ねた。

(婆様の言った通り、何十匹って数のドラゴン達が既に丘中を占拠してたぜ)

「そうかい。やっぱり状況は悪化してたね。ご苦労様。またあっちに行くんなら、くれぐれも炎にだけは気を付けるんだよ。あれを喰らったら、暫く意識が異世界に飛ばされる••• あんたじゃ、体に戻るのにどれだけ時間が掛かるか解らないからね〜」

(それは解ったが、物理的な攻撃が効かねーのに、どうしてあれだけは有効なんだ?)

「あれだけじゃないさ。放出される全ての強烈なエネルギーは、霊体にも響くんだ•••」

 そう言うとアルベルティーヌは、刀を振る元宗を指差し、続けた。

「本人は気付いてないし、その意志もないだろうが、サムライの坊やのあの技は、実は悪霊退散にだって使えるモンなのさ」

(脱けても、無敵じゃねーんだな•••)

 マシューは体外離脱について、一つ理解を深めるのだった。

「セニョールマシューですね?」

 会話しているかの様に独り言を続けるアルベルティーヌに、フェリペは訊ねた。

「そうさね。今、あっちの様子を聴いたとこさ。ドラゴンは数を増やし、丘一帯を占拠したみたいだ」

「そうですか•••」

 フェリペは少々顔を曇らせた。

「ところで、マシューはずっと体脱してますが、治癒に悪影響は出ないんでしょうか?」

「出ないよ。肉体的には眠ってるのと変わらないからね〜。普通、人が夢を見る時は、その魂はこの世とあの世の間の世界を視てるんだが、脱けるってのは、その儘この世で夢を視てるみたいなモンで、いずれにしろ、体はちゃんと静養してるのさ」

「成程。それなら問題はなさそうですね」

 納得のいく答えにフェリペは安心できた。

「それじゃ、そろそろあたしも修行に入るから、時間が来るまで一人にしとくれ」

 そう言い残すと、アルベルティーヌは杖を片手に、独りどこかへ消え去るのだった。


 次の日、退院したマシューを迎えに行ったフェリペは、拠点に戻るなり、すぐに元宗をテントに呼び寄せた。

「おう。帰ったか、ワトソン。具合はどうじゃ?」

「見ての通り、ピンピンしてらー」

「座禅中にお邪魔してすみませんが、マシューも戻って来た事ですし、あなたのご要望の物と防御に関する物を検証して頂きたくて」

 フェリペは昨日作っておいた薄い膜と厚手でグレーの全身タイツ、それに、グリーンの防火服とヘルメットをテントの隅から持って来て、二人に提示した。

「先ずはこの膜なんですが、これは以前私があなた達と出遇う前に知った物で、弾撥膜と言います」

「弾撥膜とな」

「前に、靴に貼ったフィルムとそっくりじゃねーか。一体何がちげーんだ?」

「一見、外観は全く一緒なんですが、機能が異なるんですよ。よく見てて下さい•••」

 そう言うとフェリペは、何を思ったのか、机の上に置いた弾撥膜にメチョッテの国章が刻み込まれた翡翠を思いっ切り投げ付けた。

「おいっ!?」

「血迷うたかっ!?」

 予想外のフェリペの奇行にマシューと元宗が驚く中、翡翠は一瞬で通常では考えられない高さにまで跳ね、さっとフェリペの手の中に収まった。

「そう言う事か〜」

「撥ね弾む膜、か••• そのものズバリよのう」

「そうなんです。これは前のフィルムとは逆に、衝撃を吸収するのではなく、反発するんです。これを靴の裏に貼れば、瞬間的な可動範囲は大いに広がります。あなたに言われた様に、あなた自身の動きを速める薬品は作れませんでしたが、これがあれば、せめてもの代用になるかと」

「充分じゃ! 感謝致す」

「けどよ、ずっとこれじゃあ、動きを止めたい時に困るぜ?」

「大丈夫ですよ。足の指に当たる部分だけに仕込みますから。(かかと)から着地する分には今迄通り静止できます」

「成程」

「真上からは加圧しないで下さい。上にジャンプするだけなので。足の指を曲げた時に地面を抉る様な感じで強く踏ん張ると、三歩分歩いた位は前方に跳躍できます。勿論、強く踏めば踏む程、前進する力は増します」

「然れば、まともに歩く時は指を曲げねば良い訳か?」

「そうです」

「爪先を上げて歩き、踵から降りる。それだけだな?」

「そうです」

 元宗とマシューは納得して頷いた。

 続いてフェリペは、全身タイツを手に取って二人に見せた。

「次はこのウェアです。これはあなたの居た時代で言うところの、所謂鎧兜です」

「何とっ! 斯様(かよう)に柔らかき物で誠に身を守れるのか?」

 幾筋もの皺が寄る奇妙な防具に、元宗は大きく目を見開いた。

「これはカルビンと言う、とても硬い物質を素材にして造られたウェアで、その硬度から打撃に強く、更に特殊な織り方で編み込む事で斬撃にも耐性を持たせました」

「こんなんでか!?」

「ええ。試して下さい」

 フェリペがピンッと引っ張った全身タイツを自分に向けるので、マシューはそこにパンチを仕掛けた。

 フッ!

「! いてっ」

 開いた左手を何度も振るマシューに、元宗は言った。

「お主はこっちを持てい」

 元宗は全身タイツの足をマシューに持たせて、フェリペと対面する様に立たせ、一切の弛みをなくさせると、そこに刀を滑らせた。

 スーッ•••

「これは魂消たわい。本に表すら傷付いておらぬ。鎖帷子(くさりかたびら)より薄いというに•••」

 フェリペとマシューが確認すると、日本刀が通った後にその跡は残されていなかった。

「これがあのドラゴンにも通用するかは解りませんが、確実に無いよりかは有った方がましです」

「ぜってーにな」

「うむ」

 二人に反対意見はなかった。

「んで、ラストのこれは、前にゴローザに着せた燃えねー生地か?」

 マシューは緑の防火服を翳した。

「そうです。色は丘に生えていた草に合わせたので、視覚的には見つかりにくい筈です」

「天晴れじゃ! 前の焼け爛れぬ衣と袴と笠にとどまらず、飛び跳ね(くつ)に、打ち切られぬ甲冑(かっちゅう)までをも都合するとは、正に至れり尽くせり。お主が日の本に来れば、立派な軍師になる事受合いじゃ」

「同感だぜ〜。俺の船にも欲しいぐれーだ」

 海の男達は、出来る事なら融通の利く賢者を自軍にスカウトしたいと、切に思うのだった。


 明くる日、フェリペが心の中で呼び掛けると、暫くしてからアルベルティーヌが拠点に帰って来た。

「時間だね?」

「ええ。もうそろそろ、打合せをしておかないと」

 四人は最後の作戦会議に入った。

「お二人共、弾撥膜の扱いにはもう慣れましたか?」

「ああ。昨日、なんとなく感覚を覚えた」

「左様。どの程度の力でどれだけ跳ねるかは、心得たつもりじゃ」

「結構です。では、本題に入りましょう」

 フェリペはアルベルティーヌに向き直った。

「先ず、単刀直入にお伺いしますが、あなたの秘術は完成を見ましたか、アルベルティーヌ?」

「何とも言えないね••• この魔法にゃ相手が要るんだが、あたしゃずっと一人だったからね〜。でも、自信はあるよ」

「そうですか。土壇場でも上手くいく事を祈りましょう•••」

 一行にとって、老婆の秘術が成功するか否かは死活問題だった。

「それはそうと、さっき脱けて視て来たら、ドラゴン達は一匹たりとも居なかったよ」

「何とっ! それはまた如何なる事か?」

「さあね、んな事まで知らないよ」

「いずれにせよ、好機じゃ!」

「ああ。このチャンスを活かさねー手はねーぜ!」

「そうですね。しかしながら、あの地の夕刻までは後二時間はありますので、最悪の場合を想定して、きちんと作戦の順序を確認しておきましょう」

「そうさね。動くのはそれからさ」

 一度、最強の敵の前に敗れ去っていた一行は、流石に今回は慎重を期した。

 フェリペはキースを出し、『燐』の丘陵地にある湖に面した丘をズームして、それを三人に見せながら話を進めた。

「この丘に着いたら、先ず、私がその頂きに人形と花火を設置します。その間お三方は光晶石を一つずつ、200mおきに配置して下さい。次に、全員で反対側の湖の方に移動し、そこで待機します。ですが、この時から見張りが必要になります。その役を•••」

「俺の出番だな?」

「お願いします」

「ああ。任せとけ」

「後は、この前アルベルティーヌが話された通りです。ご質問は?」

「この丘ならば背を打たれる憂いはないが、当然、土地を転ずる光る箱は点けっ放すんじゃろ? それでは前と同じ憂き目に遭わぬか?」

「前後と谷を挟んで左隣の丘からは見つからないと思います。しかし、右隣の丘だけは大きく湖に迫り出ているので、見つかりやすいのは確かです」

「じゃあ、そっちで用を成しゃ良いじゃねーか? 俺等からもドラゴンを視認できる」

「いえ、それが、その丘は坂がなだらか過ぎて、誘導作戦自体が意味を成さなくなる可能性があるんです」

「成程。そう言われりゃ、そうだな」

 キースの立体図からも、それは明らかな事だった。

「まあ、四方の危険を一方に絞れる陣地なら、御の字じゃて」

「そうだね。簡単に仕掛けを済ませれるってのも大きいよ」

 そこは、限定的とは言え危険を軽減できる条件が揃った、願ってもない好立地だった。

 目的地の決定に賛成を得たフェリペは、三人に新たな装備品を配った。

「それでは皆さん、この二種類の服に着替えて下さい」

 ピタッと体に密着する軽くて動き易い鎧兜の上に最新式の防火服を着込み終えると、一行に、いよいよ決戦の地に向かう時が訪れた。

「  しくじりに

    傷付き気付き

     いざ、行かん!

    忸怩(じくじ)(くじ)

     竜が修羅場へ

(失敗して傷付いた事で、自らの過信に気が付いた。だからこそ再起を求めて、さあ行こう! 深い恥を削ぐ、ドラゴンとの戦場に)」

 その詠には、失態を無かった事にしたいと願う元宗の気持ちが、ありありと込められていた。


 再び『燐』に入国した一行は、それぞれ予定通りに行動を開始し、早々に罠を設置し終えていた。

(駄目だ。この丘陵地全体が粒化の指定禁止区域になってる•••)

 可能であれば、ヒキギリが姿を現す前にレンギレムの採取を完了したいと思っていたフェリペは、丘を粒化し、目標物だけを再形化できないかと、転々と丘の上を彷徨っていたが、どこで粒子機を起動しても無駄だった。

(仕様がない。それじゃあ正攻法だ)

 手間の掛からない方法を諦めて、フェリペは粒子機でスーツケース大の水槽とそれが満ちる分の水を創り出し、丘の上でその水槽をひっくり返した。

 バシャ〜ッ••• 水槽を空にしてから少し経った時だった。非常に見にくくはあるが、記憶に新しい光り揺らめく物質がじわじわと地中から浮き出て来た。

「おいっ!」

「うむ•••」

 その様子を見ていたマシューは咄嗟に指を差し、元宗は腕を組んだ。

「何か、二日前より薄くなってねーか?」

「そう見えますが、おそらく、変わってはいないと思います。単に今の時間帯が明る過ぎるんですよ」

「そうか•••」

 逆さまに構えた保態箱をその儘上から被せ様と、フェリペはレンギレムに近寄った。しかし、偽の狩人が三歩歩く間に、火の玉は三人の目の前で跡形もなく消滅していった。

「はえーな、もう無くなりやがった! これじゃ何度やっても採取は無理だぜ〜」

「失せの速さが尋常ではない! 何故じゃ?」

「はやりこれも、時間帯の違いによる影響なんですかね?」

 男達は渋い顔をして、それぞれ溜め息を吐くのだった。

 その後、二つのレンギレムが地上へ顔を出したが、結局フェリペはそのいずれをも入手する事は出来ず、降参した三人は大人しくアルベルティーヌの許に帰って行った。

「お帰り。視てたよ。残念だったね」

「一体、何がいけなかったんでしょう?」

「多分、温度さね」

「やはり、気温が高過ぎて蒸発が速まってるんですかね?」

「詳しい事ぁ解らないが、音的には激しくなってた••• 普段あんたが言う目に見えない粒ってのが、夜よりも速く動いてるんだろう」

 アルベルティーヌの言う事は理に適っていた。一般的に、物質の温度が上昇するのは内部の分子の運動が活性化した証だからだ。

「とにかく、もうすぐ通り雨が来る。それに伴い、多分あいつ等もね•••」

 アルベルティーヌの忠告に男達の緊張感は次第に高まるのだった。


 また、雨が降り始めた。

「来たぞ••• 火薬が濡れるのは計算済みなんだろうな?」

「勿論ですよ。21世紀の花火にこの星のテクノロジーを加えたので、ご心配には及びません」

「今更この者に抜かりのあろう筈はあるまい。雨の事も竜の事も、全て織り込み済みよ」

 用意周到にして準備万端だった一行は、予期せぬ出来事に翻弄された過ぎ去りし日とは違い、万全を期して事に臨めそうだった。

(んっ!?)

「来るよ!」

 既に警戒態勢に入っていたアルベルティーヌは強烈な波動が近付いて来るのを犇々と感じ取っていた。

 二分後、突如暗雲の中から現れた物影が疾風の如く丘陵地に飛んで来た。

「ケッ、気のはえー奴だぜ。まだ、お目当てだって出て来てねーのによ」

「彼奴め、どこに降りる気じゃ?」

「そりゃ、あいつの気分次第さね」

「願わくば、あっちに去ねい」

「あなた達には、もう見えているのですね? 今はどこに?」

「お前の真正面だ」

 三人に遅れる事一分、ようやくフェリペがその姿を視認する頃には、他の者達はもう別の方向を見ていた。

「こっちからは二匹来るよ」

「ああ。一匹は多少方角がずれてて、多分ちょっと遅れて来やがる」

「良い眼じゃ。某も同様に見受けたり」

「んんっ!? 次は逆方向からだ」

 地球人達と同じ物を求めるヒキギリ達は、やはりこの日も止めどなく押し寄せていた。

 最初の一匹は一行とはだいぶ離れた場所にある丘で翼を休めた。

「良かった〜! とりあえず一つ、危機は回避されました」

「そうだね。今後もこれがず〜っと続けば、一番良いんだけどね」

 四人の外来種の一喜一憂は、今やこの地に集う全ての最強の在来種の動向に委ねられていた。

 大地に豊富な水分を運び込んだ豪雨はその役目を終えると、厚く縦に積まれた黒い雲と共に、まるで何事もなかったかの様にあっさりと消えて無くなり、程無く、周りの星々の光に照らし出された丘には、少量の火の玉達が生み出された。

「非常に運が良いです! 今の内に用を済ませてしまいましょう!」

 幸いな事に一行が布陣した丘には、一頭のヒキギリも来ていなかった。

「一昨日よりも随分と少ないのう。四割、いや三割を切っとらんか?」

「帰するところ、今日がレンギレム発生の最終日ですからね。おそらく、明日にはもう無いんじゃないでしょうか? 有っても10%にも満たないでしょう」

 元宗と会話をしながら、フェリペは標的の採取に着手していた。

「右の丘にはまだ一匹も居ないが、左の方は既に居るって? 全体的にはどうなんだい?」

 アルベルティーヌは予め体外離脱していたマシューと密に連絡を取り、常に周囲の状況の把握に勉めていた。

 マシューの報告に拠ると、丘陵地は既に四割方ヒキギリに占められている、との事だった。

「急げ、エンリケ。すぐ隣に居れば、いつこっちに飛び来てもおかしゅうない。まごまごしおれば、踏み潰されるぞい」

 元宗はいつまた苦境に陥るかと、憂慮していた。

「解ってますとも。私自身そうしたいのは山々なんですが、如何せんこればかりは•••」

 実は先日、レンギレムに煙たがられた原因を調べたフェリペは、それが、保態箱の中に滞在する空気と対象物のエネルギーの密度の差に拠るものである事を了知したが、それが解ったところで、効果的な採取方法の情報までは見出せなかった為、無い知恵を絞って、人知れず独自な手法の考案に終日(ひねもす)励んでいた。しかし、幾ら思慮を巡らせてみても、最後の最後まで名案が思い浮かぶ事はなかった。

「あんまりゆっくりやれとは言いたくないが、コツコツやるしかないさね•••」

 全てお見通しだったアルベルティーヌは急かずに作業する事を勧めるのだった。

 強引に追い掛ければ、むしろ離れて行こうとする気難しい物質には、箱を構えて只々じっとするより他になかったが、それでもフェリペは、何とか規定量の4分の1程を収める事に成功していた。

 そんな矢先、突然アルベルティーヌの表情が険しくなった。

「何事じゃ、婆殿!? 斥候(せっこう)のワトソンは何と申しおる?」

 懸念した元宗が不安げな面持ちで訊ねると、

「上を見な!」

 と、アルベルティーヌは杖を掲げて空を差した。すると、どこからともなくやって来た一頭のヒキギリが、四人が陣取る丘の上でグルグルと継続的に旋回し始めた。

「ちいっ! 此度(こたび)紫竜(しりゅう)か」

「きっと、アメジストばかりを好んで食べてるんでしょう」

 フェリペは元宗に指示を出し、すぐにキースで光晶石の色の設定を紫に変更させた。

「完璧です」

「うむ••• それにしても彼奴め、まさかここには降りて来まいな?」

「存分に有り得るよ。なんせあいつぁ、あたし等のすぐ上を飛んでるんだからね」

「そっ、そんな〜っ! 私達の方が先に来たんだ。優先権を訴えたい!」

「馬鹿言うんじゃないよ。当然奴等にゃ、早いモン勝ちなんて法は無い。常に強いモン勝ちって掟の中に身を置いてるんだ。はなっからルールなんてモンはありゃしないのさ••• 文句があんなら倒すしかないよ」

 それは、余り個々の人権が尊重されていない時代を生きる者達にとっては、馴染みのある鉄則だった。

「強きが()べる、か••• どこもかしこも乱世也•••」

 元宗は苦い顔をして呟いた。

 最大限に警戒を強めた一行が絶えず目を光らせる中、循環し続けていたヒキギリは、やがて翼を動かすのを止めた。その瞬間、今まで空を舞っていた巨体は一気に丘へ垂直に落ち、地面すれすれのところで、一瞬、フワリとその身を持ち上げると、軽やかに丘の上に降り立った。

「!」

「ああっ!」

「ち〜いっ、遂にこの時が来おったか〜!」

 最強の生物の着地は、作戦の発動を意味していた。

(どうする? やんのか、あれを?)

 マシューはすぐに行動を開始すべきか、アルベルティーヌに訊ねた。

「ちょっと待ちな。今決めるから」

 目下、ヒキギリは四人と囮の間に位置していた。

「今は上手い具合にあっちを向いてくれてますが、こっちに気が付けば、例え花火を打ち上げたとしても、どちらに関心を寄せるかは定かではあません」

「間違ってもこっちにだけは、来てもらっちゃ困るよ。今日を逃せば、また来年だからね」

「あっちを見ておる内が華。先手必勝也!」

 手遅れになる前に、一行は作戦を決行する事にした。

 フェリペに成り代わり、元宗はキースで着火を遠隔操作した。

 ヒュルルルルルル〜、パア〜ンッ!! 殊の外、大きな響きを耳に残しながら昇天する大花火は、甚だ激しい轟音と共に凄絶な火光を撒き散らして、夜空に弾け消えた。

「ガァ〜ッ!?」

 至近距離での爆発に、流石にヒキギリも驚いていた。

「あんなに強くては、余計な竜まで呼び込みはせぬか?」

 元宗は度が過ぎるのを危惧した。

「どうなんだい?」

 アルベルティーヌはマシューに訊ね、その答えを二人に教えた。

「•••どうやら心配ないみたいだ。隣のやつすら、見向きもしてないって」

「少なくなったレンギレムを少しでも多く摂取しようと、躍起になってるんですね?」

「それもあるだろうが、なんせこいつ等は最強の生きモン••• 元々何に対しても、あんま動じないんだろう。自分に関係ない事にゃ、目もくれないのさ」

「で、あるか••• 我等には都合良し」

 元宗がそう言ったのも束の間、マシューが注意喚起した。

(ドラゴンが動くぞ!)

 アルベルティーヌが目をやると、花火の出処に囮の存在を認めたヒキギリがそれに歩み寄っていた。

「ムッシュサムライ!」

「御意」

 アルベルティーヌの合図に、すかさず元宗は作戦を次の段階に進めた。

 パ〜ッと極めて明るくなった後に、フッと至って翳る、火の玉とは別物の光の珠は、点滅を繰り返す事でヒキギリの視線を見事に囮から奪い取った。

「ガルルルゥ」

 短く一声鳴き、ヒキギリはすぐに200m離れた地点に走って行った。

(次のを点けろ、今だ!)

 アルベルティーヌが小さく頷くのを見て、元宗は最初の光晶石を完全に消灯させ、続く光晶石を点灯させた。

 目前で急速に輝きを失った物よりも速く点滅し始めた真新しい物に、ヒキギリは強く魅せられ、足の動きを速めた。

(これでラストだ!)

 更に速い速度でピカピカと点いては消える強く濃い紫を発する水晶に、紫の鱗を纏ったヒキギリは一種の興奮状態に陥っていた。

(上手くいったぜ〜 こいつは申し分無く、俺達のど壺に嵌った!)

 マシューの報告をアルベルティーヌから聞き、フェリペと元宗も安堵した。

 完璧に一行の反対側へと導かれたヒキギリは、今や光の珠に釘付けになっていた。

 一方その頃、レンギレムは約半分保態箱に収まっていたが、完全に収まり切るにはもう少し時間が掛かりそうだった。

「まるで油売りが如しじゃ••• 後どれ程で終わる?」

「今迄の感じからですと、残りは七、八分位ですかね」

「遅い! そんなに悠長に構えては、彼奴が舞い戻って来るぞい」

「そんな事言われましても•••」

 最後の目標物が入手困難とされる理由は、勿論、最強の生物の存在に他ならなかったが、その採取に時間がかかるという点も遠因となっていた。

「ドラゴンか時間か••• どっちかが楽なら話は早かったんだろうが、二つ重なると、こうも煩わしいとはね〜」

 そう言ってアルベルティーヌは、深々と溜め息を吐くのだった。

 四分が過ぎた。

 レンギレムの採取が4分の3まで済んでいたところに、マシューから急報が届いた。

「何っ、動き出したって!? あの水晶はどうなったんだい?」

(まだ点滅してるが、ドラゴンはもう興味が失せたのか、ケツを向けてやがる)

「それで?」

(今はあっち側の火の玉を(むさぼ)ってやがるが、厄介な事にあんまし数がねー! どっかに移るのは確実だぜ!)

「こっちだって、後もうちょっとなんだ。どうせなら違う丘にでも飛んでってくれりゃ、良いんだが•••」

 俄に忙しくなり始めたアルベルティーヌの独り言に、フェリペは眉を顰め、元宗は顔を引き締めた。

(あっ、翼を広げた! あいつ、飛ぶ気だ!)

 折り畳んでいた二つの翼を目一杯に解放したヒキギリは、柔らかく両翼を羽ばたかせ、軽やかにその身を宙に浮かせた。

(やべーっ、こっちに来るぞ!)

「!?」

「ヒキギリは今どこに!?」

 質問した瞬間に、フェリペはその所在を知る事となった。

 しなやかに丘を離れたヒキギリは丘の頂を越えると、宛ら地面を舐めるかの様な滑らかな低空飛行を見せながら、一行の手前で地に足を着けたのだ。

「なっ!」

「くっ!」

「えっ!?」

(!)

「グアアァ〜〜〜ンッ!!」

 誰もが最も怖れていた事態が起きた。

 ヒキギリが激烈な名乗りを上げると共に、再戦の幕が切って落とされたのだ。

 四人の姿を見たヒキギリは早くも猛り狂い、巨大で鋭利な両爪で丘に深く強烈な傷跡を残していた。

 片や、対峙するもう一つの勢力の筆頭は、既に意識を体の外に出していた。

「おのれ〜っ、阿呆竜め〜っ!」

 元宗は刀を抜いて叫んだ。

「何と言う非運!」

 フェリペが強く嘆いている間に、ラビから選手交替したマシューが現れた。

「ケッ、もう少しって時に間のわりー奴だぜ。この糞ドラゴンが!」

 マシューと元宗は眼を合わせて互いに頷き、前回同様二手に別れて、それぞれヒキギリの真横を通り抜け、その儘背後に回り込んだ。

 他方、ヒキギリはというと、やはり実体の無い敵に翻弄されながら、少しずつフェリペと逆方向に体を反転させていた。

「流石だぜ、婆様」

「巧みにこっちへ招きおるわ」

 丘の上手で合流を果たした男達は、ヒキギリの眼が本陣から逸れた事に最悪の状況は免れたと認識したが、それはまだ、必要最低限の条件を満たしただけである事を痛感していた為、何とかして撃退、それが叶わなくとも、何としてでも時間稼ぎだけは成し得たかった。

「婆様はあいつの右目を狙ってるから、俺ぁ左目を狙う。だからお前は、目が塞がった瞬間に、あの鋭い一撃を喰らわして来い」

「相解うた。左様ならば、拙者は彼奴にもそっと近付き、機を待つ故、上手い事奴の光を奪えい」

 そう言うと元宗は、ヒキギリの左前足を目指して走り去り、マシューは左側面に向かって駆けて行った。

 頻りに頸を動かして難敵の攻撃を去なしていたヒキギリは、何度噛んでもまるで歯応えのない敵に段々とフラストレーションを溜め、遂に必殺の火炎を吹き散した。

 ボボボ〜〜ッ、ボボボボ〜〜〜ッ!

 一瞬、天を仰いで動きを止めたヒキギリに瞬時に前回の体験が蘇ったアルベルティーヌは、次に来る攻撃を読み、フッと瞬間的に肉体に戻って難を逃れていたが、ヒキギリに近寄り過ぎていた元宗は、放射を避け切れなかった。

「あのアホ!」

 それを見たマシューは歯軋(はぎし)りしたが、火炎が往き去った後に残った焼け爛れた丘の上にあっても、元宗は燃えてはいなかった。

(命拾いしたわい••• 恩に着るぞ、エンリケ!)

 元宗は強く刀を握り締めた。

 その頃本陣では、唐突に起き上がったアルベルティーヌに驚く間もなく、フェリペが言葉を発していた。

「後、二分位だと思います!」

「まだそんなに掛かんのかい? あいつぁその間ずっと、じっと黙っててはくれないよ! どうにか足止めするから、早く済ませるんだ」

 流石にアルベルティーヌも、今回だけは事を急かせた。

 翻って戦場では、一陣の後を受け継いだ二陣と三陣が、引き続き強敵と干戈(かんか)を交えていた。

(あいつ〜っ、いつ迄も頭を動かして、消えた婆様の事を探してやがる〜。一瞬の間さえあれば、眼球を痺れさせてやるのに•••)

 マシューは動き回る大きな的に狙いを定め様とし、元宗は鉤爪が当たらない距離を保ちつつ、今か今かと反撃の機を窺っていた。

「グアァ〜〜ンッ!」

 アルベルティーヌを諦めたヒキギリは、代わりに新手の元宗に向き直った。そして、また首を反って、二秒程溜(ため)に入った。

「今だ!」

 その隙を突いて、マシューは銃を射った。

「ギャゥッ!?」

 左目を急襲されたヒキギリは堪らずその目を閉じたが、マシューの思い描いた通りにはいかなかった。

「駄目だ。奴にゃ砂粒が入った程度」

 マシューは銃撃が失敗に終わったと見た。しかしながら、ヒキギリの後方に位置し、相手の心の動きを読み解けるアルベルティーヌには、最強の生物の気丈な精神がほんの少しだけ揺らぐのが、有り有りと感じ取れていた。

(ひる)んだね!)

 千載一遇の好機到来に、アルベルティーヌはすかさず秘術の詠唱に入った。

「ケムッ、ケム、ケム、ケ、ミ、コ、サ〜ンッ、ケッ、ケッ、ケ、ミ、コ、サ〜ンッ、ケミ、ケミッ!!」

 天に翳した杖とマカバと共に、アルベルティーヌはまた、その場に倒れ込んだ。

 その瞬間、ヒキギリは火炎放射を止め、何故か苦しみ悶え出した。

「勝機有り! 其処じゃ〜!」

 突如踠き始めた大敵の小指と薬指の間に入り込み、元宗は前方宙返りの基に己の全体重を乗せながら、持てる全ての気を込めた自身にして最高の一刀を、その付け根に向かって思いっ切り振り落とした。

「てぇ〜いっ!!」

 ギギンッ!

「ギィァウ〜〜ッ!!」

 如何に硬い鎧で身を固めた怪物でも、比較的柔らかい局所を斬り付けられれば、悲鳴を上げずにはいられなかった。

「効いたぞ!」

 今度こそマシューは、確かな手応えを感じていた。

 力を使い果たした元宗が、よろよろと蹌踉(よろ)めきながらヒキギリから遠のいて来るのを視認したマシューは、すぐに肩を貸しに走った。

「お前の一撃が相当効いたみてーだぜ! 悲痛な声で鳴きやがった」

「うむ。じゃが、儂が斬り込む前に、既に奴は痛んでおった」

「ああ、視てた。婆様だ••• 婆様があいつの中に入っていくのを、俺ぁ確かにこの眼で視た」

「何とっ! それは真か!? 左様な事まで•••」

「多分あれが、婆様がこの二日間で得た新しい魔法だ」

「あな怖ろしや。乗り移る事が出来れば、乗っ取る事も出来る••• 味方の内はこれ程頼もしき者はおらんが•••」

「ああ。一度敵に回せば、命懸けよ」

「驚異も過ぎれば脅威となる••• 異国が役人共の、科無くも殲滅せんとす意が、よ〜う解うたわ•••」

 元宗はつくづく、過ぎる力を宿す事もまた、悲運なのかも知れないと思うのだった。

 横倒しになってのたうち回る巨石獣から遠ざかり、マシューは元宗を背負ってフェリペの許への帰陣を試みた。

「ギャウゥーン ギャッ、ギャッ! 

グルル••• グルルル•••」

 一度天を仰ぎながら甲高い声で嘶いた後に、今度は首を振りながら低い声で唸り、遂に紫の竜はその翼を伸ばした。

「おいっ、見ろよ! どっかに行く気だぞ!」

「嬉や! ならば、早う去ねい」

 二人がそう願っていると、ヒキギリは本当にその場から飛び去って行った。

「やったぜ〜! 婆様が勝ったんだ!」

「勝負有りか••• 見事じゃ、婆殿」

 最強の生物の離陸は四人の完全勝利を意味し、ここに雌雄を決する戦いは、ようやくその幕を下ろした。

「お〜い!」

 フェリペは凱旋する男達に両手を振って、喜びを表した。

「見たとこ、あっちも終わったみてーだぜ」

「ふうっ、一安心よ。流石に連戦は出来ぬからのう」

「へっ、ちげえねー。さっさとここを出ようぜ」

 二人が戻ると、きちんと封をされた保態箱の中には転々と変色を続けるレンギレムが収められていた。

「二人共、お怪我は?」

「俺ぁ大丈夫だ」

「儂もじゃが、えらく疲れたわい•••」

「そうですね。実はアルベルティーヌも新しい大技を使ったからか、さっきから幾ら呼び掛けても全然起きないんです」

「ただ疲れ切ってるだけだろ? 明日には目覚めるさ。とりあえず今は、はえーとこ安全な場所に向かおうぜ」

「そうですね」

「参らん」

 やっとの思いで『燐』での目的を果たした四人は、次なる敵に襲われぬ前に、一目散に丘陵地を去るのだった。


 少し時を戻した、メチョッテ波動学研究所では、メアルと助手の脳波の動向の激しさが頂点を迎えていた。

「学部長〜! たった今、個体マと個体アの体脱が入れ替わりました!」

「その様だね! 今、個体マの脈は速い••• 緊張と興奮の状態にあって、素早く肉体を動かしているんだ」

「個体モも個体マと並走している様に思われますが、個体フェだけ、肉体の移動が確認できません」

「うむ•••」

 慌ただしい四人の波動の推移に、メアルと助手は期待の外来種と最強の在来種が再度対面した事を推察していた。

「あっ! 個体アが肉体に戻りました!」

「個体モと個体マは脳内物質の分泌量が危険域に達している! 外傷が見られないのがせめてのも救いだが•••」

 メアルは祈る様にキースを見ていた。

「学部長! 今一瞬、個体マの脳の一部の領域の活動が、瞬間的に増大しました!」

「うむ••• んんっ!? 今度は、個体アの脳波が急変し出したぞ! これは、『嶮』で見られたものと同じ反応だ!」

「二人の間に何が?」

「解らない••• 個体マが個体アに何かを働き掛けたんだろうか? それにしては、少々二人の距離が離れている」

 目紛しい状況の変化に、流石にメアルと助手も、現場で何が起きているのかを正確に予想するのは不可能だった。

「はっ!? 個体モの生命反応が、今、爆発しました!」

「うむ! それに拠り、個体アがダメージを負ったみたいだ」

「多くの生命エネルギーを一気に放出した個体モは、その反動で激しい疲労を蓄積した模様です」

「うむ。この事を特筆して、記録しといてくれたまえ」

 既存のデータには無い真新しい情報は、メアルにとって大いに喜ばしい物だった。

「あっ! 学部長。個体フェ、個体マ、個体モの、それぞれの精神状態が急速に落ち着いていってます!」

「う〜む••• おそらく、危機を脱したのだろう。とりあえずこれで、被験者が命を失わずに済んだ」

「個体アの脳波は、依然として粗い状態の儘です」

「この状態は、彼等地球人特有のものではない様に思える••• 特筆して、記録しといてくれ」

 メアルはすぐさまデータの精査に勤しむのだった。


 翌朝、既に起床していた男達は夕べより意識がなくなった老婆の目覚めを、今か今かと待ち侘びていた。

「なげーな〜。随分寝たのに、まだ起きねー。どうしちまったんだ?」

「余程、昨日の事が堪えたと見得る」

「ちょっと様子を見に行きましょう」

 三人はアルベルティーヌの寝室に向かう事にした。

 男達が粒化口を潜ると、老婆は起動しているデラペッタの上で眠っている様に見えた。

「おはようございます、アルベルティーヌ。もう朝ですよ。まだ寝てるんですか? そろそろ起きて下さい」

「いい加減、起きてくれよ!」

 そう言ってマシューは、アルベルティーヌを強めに揺さぶったが、それでも老婆が目を覚ます事はなかった。

「う〜む••• 雪に埋もれた時とて、斯くの如きではなかった」

「ああ。石頭達の死んだ女王に取り憑かれた時ゃ、おかしな薬で治ったが、今回は自分が憑依した方だからな〜」

「もしかしたら、ヒキギリの肉体から出られなくなったのでは•••」

 三人は瞬時に顔を見合わせた。

 フェリペは大至急ネタクタクタクの位置を確認し、二人の男達と眠る老婆を連れて、現場へと急行するのだった。


 風の国ネタクタクタクは春季に大量発生するトルネードに拠って、『嵐』と言う異名を取る地だった。

「何なんだ、ここはっ!? とんでもねーでかさの旋風が巻き起こってやがる!」

 ラビから出るなり、吹き(すさ)む直径200m程の三つものトルネードに、マシューは驚愕した。

「昨晩の紫竜を探すは構わんが、儂等が辻風に巻き込まれては適わんぞ!」

 ビュウビュウと吹き付ける突風に、元宗は真っ先に全員が無事でいられる駆け込み寺を要求した。

「解ってます。私達が全滅したら、元も子もないですからね!」

 フェリペとて、本末転倒な結果になる事は望んでいなかった。

 すぐに地面を粒化して即席の避難所を設え、一行は地下室に入室した。

「して、ここからよ•••」

 元宗は腕を組み、顎髭をしごいた。

「上手く昨日のドラゴンを見つけ出したとして、問題はどうやって婆様の幽霊をあいつからひっ剥がすかだ」

 最大の論点はそこだった。

「その方法は、正直私では解りません•••」

 それは、検索に慣れた時代を生きる者が、より優れた文明の利器を持ち合わせている程度で割り出せる答えではなかった。

「俺が婆様から脱けるのを教わった時ゃ、痛みを得る事で体に戻れたが、今の婆様は肉体を刺激しても意味がねー。だったらむしろ、ドラゴンを気絶させるってのはどうだ?」

「それにて竜の覇力が衰えるのであれば、ちとは意味もあるかも知れんが•••」

「成程。支配力ですか••• それなら、失神させずとも洗脳と言う形で私達がヒキギリをマインドコントロール出来れば、彼女の援護になるかもしれませんね••• 他に有効な手段はないでしょうか?」

「婆殿を導く事にはならんと思うが、儂の気を御仁に送ってみようぞ。実のところ、こっちの方は余りやった試しがなく、苦手なんじゃが、左様な事も云うてはおれんからのう」

「その手の療法は古代中国にあったと記憶してますが、あなたにも出来るのであれば、是非ともお願いしたいです」

「そんじゃあ俺ぁまた脱けて、昨日のあいつを探してくるから、お前はマインドコントロールの道具でも手に入れとけ」

「了解しました。必ず見つけ出して下さいね」

 男達は各々の務めに入った。

 アルベルティーヌの額と胸の上にあるマカバに手を当て、元宗が精神を集中させる中、フェリペは精神を操縦できる装置の有無を調べていた。が、真の人権を謳う連盟がそんな不義で悪徳な機械の存在を認める筈はなく、早速フェリペは行き詰まった。

(流石に、そんな危険極まりない物は売ってないか。かと言って、粒子機で作るのも無理だしな•••)

 一方、体外離脱して部屋の外に出たマシューは轟々と唸りを立てる風柱を避けながら、広域にヒキギリの姿を求めていた。

(今なら婆様の言ってた事がよ〜く解るぜ〜。実に久し振りに最高レベルの嫌悪感を感じる••• 例え脱けてても、ぜってーにこん中には入れねー! ったくよ〜、何でこんなとこで交わりたがんだか、さっぱり解んねーぜ〜。これじゃあ種の保存どころか、逆に絶滅するぞ。最強つっても所詮は動物だな•••)

 マシューはヒキギリの習性が全く理解できなかった。

(にしても居ねーな。あいつがどうこうじゃなくて、そもそもドラゴンが居ねー。ホントにここであってんのか?)

 そう思った時だった。

 十時方向からこちらに向かって飛んで来ていた生物がその儘遠くにあるトルネードの中に吸い寄せられていくのを、偶然マシューは視掛けた。

(うっ! おいおい、マジかよ? あいつ今、中に吸い込まれやがった。何の動物かは知んねーが、死んだぜありゃ•••)

 マシューはその生物の生命は確実に絶たれたと思った。が、それでいて一つ、引っ掛かるものを感じていた。

(妙だ••• どんな動物であれ、トルネードからは逃げるのが普通だ。増してや飛べるんなら、より速く回避できるってのに、何故あいつぁそうしなかった? さっきの感じじゃあ、まるで自ら入り込んだ様にも受け取れる••• !)

 突然マシューは、衝動に駆られた様にトルネードに近付き、恐る恐るその中を凝視した。すると、求めていた答えがそこにあった。

(こいつ等、こんな烈風の中でも飛べんのかよ!)

 並大抵の生物では命を保つ事さえ許されない激甚な大渦巻きの中に、数多のヒキギリの輪郭を視たマシューは、ここに、彼等が最強と謳われる由縁をはっきりと認知した。そして、驚きも呆れも通り越して、改めてその存在に畏怖を感じるのだった。

 ヒキギリの居場所を視認した後はヒキギリの特定を急ぐだけだった。

 マシューは紫の鱗を持つ物だけに的を絞って、三つ全てのトルネードの中に眼を凝らし、その結果を報告しに体へ戻った。

「おう、還ったか」

 上半身を起こしたマシューに、元宗は言った。

「昨日のヒキギリは確認できましたか?」

「判別までは出来なかった。紫の奴ぁ全部で五匹も居やがるんだ。今、外にあるトルネードの中だけでな•••」

 マシューの発言に元宗とフェリペは唖然とした。

「•••然れば、あの竜共はわざわざ竜巻を求めこの地へ?」

「みてーだ」

「何の為にですか?」

「知るかよ! おかげで、幽霊の俺ですら近寄れなかった。あの分だと、流石の婆様でも相当きついと思うぜ」

「非物質的な状態でも影響を受けるんですか?」

「そうらしいぜ。前にドラゴンが火を吐いた時、婆様が居なくなったって言ったろ? 後から聴いた話じゃ、あの攻撃で吹き飛ばされて、婆様はどっかに行ってたらしいからな。こいつが言う、『気』ってのが凝縮された状態だと、霊にも効くんだとよ」

 そう言ってマシューは、刀を振る真似をして見せた。

「驚きですね。やはり、そうなんですか•••」

 それはフェリペにも興味深い事であり、一縷の希望を確かなものにしたが、同時に一抹の不安を包括してもいた。

「例の道具はどうなった?」

「それが、これと言って良い物が無くて•••」

「どうする気だ?」

「少々別の手を考えてまして••• 私も前にアルベルティーヌから聞いたんですが、実は憑依と言うのはする方もされる方も、双方お互いの波調が合って、初めて成立するものらしく、その為には、共感し合った心情が共同の波長の振動を奏でなくてはいけないみたいなんです」

「ほう。左様か•••」

「それで?」

「それならば、彼女の意識をヒキギリから剥離するには、強制的に引き寄せる振動を起こせば良いのではないかと考えたんです」

「成程のう。より強きに置き換える形での引き寄せの術か」

「だが、俺達ぁ婆様じゃねーから、そんな召喚魔法みてーな事ぁ出来ねーぞ? 幽霊に効く磁石みてーな都合良いもんなんてあんのかよ?」

「確かにのう。何か当てでも御座るのか?」

「ええ。私の居た時代には世界中どこにでも在った物があります••• マシューが非凡な技を修得して以来、私も体脱に関心を抱き、その事象を調べてみたら、私の居た時代でそれを研究している団体がありまして、その創始者は体脱中に、降霊術の様な用途で発明された物ではない建設物に引っ張られ、吸い寄せられる経験をしたみたいなんです」

「実体験に基づいてんなら、信憑性はあるな。つまり、それを試してーと?」

「そう言う事です」

 ヒキギリの洗脳を諦めたフェリペは、米国でモンロー研究所を創立したロバート・モンローが、体外離脱時に高圧電線に吸引された事実に倣う策を訴えた。

「そこまで解りおるなら、話は早いではないか?」

「ですが、多大なる懸念があります」

「憂とな?」

「ええ。先程のマシューの話から察するに、仮に上手くアルベルティーヌの意識を引き寄せたしても、副作用として何らかの悪影響が及ぶ可能性を否定できませんし、その危険度に至っては皆目見当もつきません」

「そうだな。最悪なのぁ、婆様は戻らずに副作用だけ喰らわせて、その対処法すら解らねー事だ」

「然りとて、それを世に知らしめた者は、きちんと己が身に還ったのじゃろう? 然もなくば、その話こそ偽りとなる」

「ちげーねー。実際、その後そいつぁ、どうなったんだ?」

「そこまでは書かれていませんでした。つまり、心身共に問題はなかったのではないかと•••」

「然れば、使う時を極短かき間のみと致せば宜しいか?」

「多分、それが一番の妥協策だ。婆様の幽霊がその機械に触れさえしなきゃ、体も魂も傷付かねー」

「そうなると、最も重要なのはタイミングという事になりますが、私にはその判断が出来ない」

「そこぁ俺達の出番だ」

「左様。某かワトソンが婆殿の霊気を感ずれば、いの一に伝えようぞ」

 ここに話は纏まり、次なる一手を打つ為に男達は始動するのだった。


 幾ら何でも、高電圧の鉄塔を粒子機から創り出す事は不可能だったフェリペは、代わりに、高周波を発生させる装置を求め、久し振りに別行動をとって、メチョッテにあるヤバモルに来ていた。

「テスラコイルを表示してくれ」

 フェリペはキースから映し出されたものを店の者に見せた。

「はいはいはい••• 要するにこれは、大昔の古い発電システムと同じ原理で造られた物の様ですね。何でこんな物が欲しいのです? 今この時代に電力なんて要らないでしょう?」

「今回に於けるこの機械の使い道は、実は電力供給ではないんです。これは推論でしかないですが、私が必要とするものはおそらく、強力な電磁波です」

「それならば、もっと良い物がありますが?」

「多分それは、加盟星では一般的な物なんだろうと推察しますが、私の望む結果になった実例が皆無な事に疑念の余地はありませんし、検証する時間もないんです••• 急な話で大変申し訳ありませんが、あなたはこの機械を、私が運搬できるサイズと重量で製造可能でしょうか?」

「勿論、出来ますとも」

「良かった!」

 驚く程簡単に難題を乗り越えられた事に、フェリペは拳を握りしめた。

「どれ位時間がかかりそうです?」

「そうですね••• 30ゲム(地球換算で約48分)と言ったところでしょうか」

「そんなに早く済むんですか!」

「古代の技術ですからね。見たところ、構造も至ってシンプルですし••• 但し、この対価は連盟が認可する一年間分のエネルギー使用量を超えています。ですので、今のあなたに充分な貯蓄がない場合、向こう二、三年、あなたは何らかの活動か労働に従事した後でなくば、これを造って差し上げられません」

(成程。地球でかかるであろう莫大な製造費を予想すれば、個人が所有する物としては、これ以上に贅沢な嗜好品はないと言える。今迄に入手してきた安価な物とは訳が違うんだ。そう言われるのも当然の事•••)

 男達三人で必要な労働期間を分割しても、一人当たり一年間働かなくてはならない条件に、フェリペは行き詰まった。

「費用を工面できるか、一度メアルに相談したいので、具体的な額面を教えて下さい」

「そうですね••• 全部合わせて26万デフリで良いです」

「解りました。では、後程•••」

 そう言ってフェリペは、店を出るのだった。

 事の次第を逐一メアルに報告し、フェリペはその返答を待った。

「それは困りましたね••• 実のところ、貴方達がある程度のエネルギーを必要とする時が来るのは解っていました。しかしそれは、旅の最後の行程である予定でした」

「封緘石の加工ですか?」

「その通りです。その作業の報酬価格の相場は凡そ15万デフリですので、それだけは用意していました。ですが、今回の事は流石に予期していなかった。非常に弱りましたよ」

「お言葉を返す様ですが、初めて私があなたとお会いした時、あなたは『この星で一生、贅沢に暮らしていけるだけの和解優遇証』を用意できる事を仄めかしていました。それであるならば、今回の件も何ら支障はない筈です」

「仰る通りですが、あの時と今では条件が違います」

「そこに異論はありませんが、その二つを比較すれば、今回の無心を含めても尚、あなたに利するところの方が大きい事をご承知でしょう? 多大な保証に対して全く得るものが無いのと、より少ない補償で想像もしなかった成果を得られるのは、天秤に掛けるまでもない事です」

「う〜ん••• 解りました。ご要望の額に少し色を付けて、30万デフリを融通しましょう。但し、手を貸すのは今回限り、次回、封緘石加工時に入り用な分は貴方達ご自身でご調達下さい。これでも本来の倍額を差し出す事を、是非ともお心にお留め頂きたく存じます」

「助かりました。ご英断に感謝します。それでは•••」

 こうして急場を凌いだフェリペは、ようやく眠れる魔女の目を醒ます緒を得るのだった。


 アルベルティーヌの起死回生の可能性を秘める装置を手にマシューと元宗の待つ地下室に帰還したフェリペは、早速会議を開いた。

「先に忠告しておきますが、この機械は非常に危険な物です。生身の人間が接触すれば、忽ち、感電死するのは間違いありません。従って、我々は少し距離を置く必要があります」

「感電死だぁ!? てこたぁこいつも前にメアルが持ってたもんみたいに雷を放つんだな? だが、透明な球が被さってねーな」

「ええ。だから、危険なんですよ」

「冗談じゃねー。落雷から救われてここに来たのに、ここへ来てまた喰らったんじゃ、たまったもんじゃねーよ」

「怖ろしや••• お主の世では稲妻を落とす様な、こげな物騒な物がそこら中に散らばりおるのか!?」

「いいえ。流石にそれでは危な過ぎる。本来の物はちゃんと安全性を考慮されてます。これは飽くまでも代替品ですよ。しかし、機能的には同等の筈です」

「ちょっとこえーな。これを使うのぁ、あんま乗り気しねーよ」

「勿論、先日の様にリモートコントロールしますので、何も心配は要りませんよ。只、何があっても直接触らない事をご理解、お約束して頂きたかっただけです」

「直に触れるなと申すなら、それに従うまでじゃ」

「見た目がおっかねーもんなら、猿だって近寄らねーよ」

 元宗はあっさり、マシューは止む無く、フェリペの注意を受け入れた。

「ところで、例のドラゴンの特定は出来ましたか?」

「ああ。そいつなら、もう目星は付けた。バッチリだぜ」

「どう識別したんです?」

「声だ。鳴き声が一緒だった」

「成程。では、そのヒキギリが居るトルネードの近くに、この装置を設置しましょう」

「そんじゃあお前ら、この俺について来い!」

 満面の笑みを零して、久々に船頭らしい号令を出せる事を喜ぶマシューが、フェリペと元宗の先頭に立って、部屋を出ようとした時だった。

 ピーピッ、ピーピッ! と、突然キースが警報を鳴らしたので、フェリペはすぐに展開し、付近に停滞する危険を立体的に図説してみた。

「ぬううっ、これは!?」

 元宗は直径400m級の大型トルネードを指差した。

「他の二つが消えて、残った一つが大きくなってやがる!」

 マシューはついさっきまで自身が眼にしていた風景に、変化が起きた事を指摘した。

「ええ、間違いありませんよ。私達がここに来た時に見た三つのトルネードは全て合体し、今や一つの、超巨大トルネードへと変貌を遂げてしまった様です!」

 フェリペはトルネードが互いに吸収し合って、肥大化する事実を指南した。

 マシューと元宗は急いで階段を昇り、フェリペは慌ててその後を追った。

「ううっ! なんて光景•••」

 地上に出た三人の目には、凄まじい勢いで周囲にある全ての物を飲み込んでいく、化け物渦巻きの像が映っていた。

「斯くも物々しき大竜巻なぞ見覚えが無い!」

「ちげーねー。見ろよ、下で吸い込んだ物を上で吐き出してやがる!」

 男達はトルネードに巻き込まれて空を舞う樹木や大岩が、外へ弾き出されて地面に降る様をまじまじと見ていた。

「あな怖ろしや••• あれぞ正に、天の所業。神の御業也」

「ああ。人じゃ作れねーよ」

「そうですね。少なからず、私の居た時代のテクノロジーでは無理な事です」

 圧倒的な自然現象はいつの時代に生まれた者にも等しく絶大だった。

「こりゃ急いだ方がいいぜ!」

 男達は互いの顔を見合わせて頷くのだった。

 大型トルネードの進行方向を避けて、近付ける限界地点まで疾走した三人は、そこにテスラコイルを固定し、その場から20m程離れた。

「テストしている暇はありません。今回はぶっつけ本番でいきますよ」

「事はより切羽詰まったでのう」

「人生なんて、いつでもそうだろ」

 フェリペが遠隔操作で装置を起動すると、バリバリと大気を引き割く大きな音が周囲に鳴り響くと同時に、煌々と空気の中を進む大きく屈折する稲光が四方八方に放たれた。

「うおおっ、メアルん時よりだいぶでけーな!」

「魂消たわ! 風神は呼べずも、雷神を呼び寄すとは••• 人も世を跨げば、神に近う寄るんじゃな。かつて見た九尾が如く」

「私もこれ程とは思いませんでしたよ。あんな小規模で軽いのに••• そんな事より、お二人はアルベルティーヌの何かを感じますか?」

「今のところ、特に何も•••」

「俺もだ」

「では、粒化室へ戻りましょう。副作用も気になります」

 男達は踵を返して、来た道を突っ走った。

 帰りの道中、更に風速を上げて成長し続ける大型トルネードから、遂に瓦礫以外の物が飛び出し始めた。

「んんっ? おいっ! ドラゴンがふっ飛ばされて出て来たぞ!」

 渦の外に在っても地に落ちる事なく空に留まるその姿形は、間違いなくヒキギリだった。

 三人は足を止め、その様子を見守った。

「あの竜、懸命に翼を羽ばたかせて竜巻の近くを保ち、尚、中を覗いておる様に見えるが、何故あそこを去らんのか?」

 それは他の二人にも答えられない質問だったが、すぐに解ける疑問でもあった。

 速過ぎる風に一頭、また一頭と、次々に追い出されていったヒキギリ達は、その場で出合った異性と一組の対に成って上空へ飛んで行くと、そこから互いに絡み合って(つが)いながら、くるくると回転して真っ逆さまに大地へ急降下し、激突寸前のところでフワッと離れた後に、それぞれ真逆の方向に別れて飛び去って行ったのだ。

「何たる奴等じゃ〜。この元宗、秘め事でもまた、負けを重ねたわい。敵ながら天晴れ。見事也!」

「参ったぜ〜。あいつ等スピンしながら交わりやがった! 俺だって、踊り子と一戦を交えた時もあそこまでのワルツは踏めなかった。俺もあんな風に恰好良く回し、回されてみて〜ぜ」

「あなたがダンサーと一線を越えた話はともかくとして、これで謎が解けましたよ。彼等は自身のパートナーをトルネードに選ばせているんですね。より長く渦に耐え切れる個体は、同等の力を宿す個体と交尾できる••• わざと過酷な環境に身を晒す事で、彼等は彼等自身を品定めしているんですよ!」

 春の『嵐』のトルネードの正体は、この星に於ける最強種の生物達の舞踏会場だった。

「!」

 紫のヒキギリが大型トルネードから弾き出された瞬間、元宗は凝り固まった。

「お前も感じたか?」

 無言でマシューに頷く元宗に、それがアルベルティーヌの意識を宿す標的である事をフェリペは悟った。

「先を急ぎましょう!」

 男達はまた走り出した。

 地下室に戻っても、アルベルティーヌの意識はまだ戻っていなかった。

「エンリケや。婆殿を上へ運ぼうぞ」

「そうだな。ここじゃ婆様は看れても、肝心のドラゴンが見えねー」

「妥当ですね」

 アルベルティーヌを伴って地上に出た後、元宗は生命エネルギーの流入を再開し、マシューは引き続きヒキギリの監視を、そしてフェリペは、いつでも装置を停止できる様、キースを展開して二人の合図を待った。

 暫くして、黄色のヒキギリが大型トルネードから出て来た時、標的である紫竜がそれに近寄っていった。

 二匹はまるで戯れ合うかの様に、輪をつくって互いに数回、廻った後に、天高く羽ばたいていった。

「彼奴等おっ始める気だぞ!」

「まさか、婆殿を憑けた儘で!?」

「そっ、そんな〜」

 遠巻きに三人の男共が覗き見る中、二匹の竜が交わった瞬間、アルベルティーヌの口から微かな声が漏れた。

「ううっ、うう〜ん•••」

 明らかに(うな)されているものとは異なる感じのアルベルティーヌの声色に、元宗とマシューは何かを感じ取った。

「ワトソン!」

「間違いねー! おい、フェリペ。今すぐあの雷を消せ!」

 すぐさまフェリペは、テスラコイルを遠隔操作で緊急停止した。

 ドクンッ! 

「はっ!?」

 元宗はアルベルティーヌの脈が強く波打つのを、はっきりと感じた。

「婆殿の気が充ちいきおる!」

「ああ。オーラが増えて視えるから、間違いなく、今はここに戻って来てるぜ!」

 マシューは確信していた。

「スゥーーーッ••• フゥ〜〜〜ッ•••」

 男達に見守られる中、一つ大きく吸った息を吐き、老婆は静かにゆっくりとその眼を開いた。

「アルベルティーヌ!」

 フェリペは詰め寄った。

 自分の顔を覗き込む様に迫り来る大きなフェリペの顔に、アルベルティーヌは笑顔で応えた。

「イェ〜ッ、ヘェッ、ヘェッ•••」

「どうなる事かと、心配しましたよ。

本当に良かった!」

「多分、坊や達のおかげで助かったのさね」

「よう還られた、婆殿! 仏の顔も三度までと云う。ならば、儂はもう二度と、婆殿に永き眠りが訪れぬ様祈ろうぞ」

「そりゃありがたいね。是非そうしとくれ」

「リクエストは全部入手したんだ。もうそんな珍事は起きねーよ」

「そう願うよ。

 イェ〜ッ、ヘェッ、ヘェッ•••」

 無事にアルベルティーヌが目を醒まし、再び四人で会話が出来る様になった今、一行のクエストはいよいよ大詰めを迎え、遂に仕上げを残すのみとなるのだった。

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