五、必須物質
そこは、ぐるり360度、見渡す限り緑一色のつくしが息づく、広大な草原だった。 「綺麗だね〜! あたしゃ、こんなにだだっ広い土地は生まれて初めてだよ〜」 「全くじゃ。某とて、今迄に目にした事なき程大きな平。じゃが、如何なる訳か、何か懐かしゅう気もするのう•••」 「何だ、お前もか。実ぁ今、俺もそう思ってたとこなんだ〜。なんでだ?」 大小二人の男達には、それぞれ想うところがある様だった。 「そんな事より、皆さん。『光るつくし』を探して下さい」 「『光るつくし』? 何だそりゃ?」 「詳しくはこれを•••」 フェリペは以前より使い勝手が向上したキースで、各々の母国語に翻訳された解説文を三人同時に見せた。 『グルデン•••世界随一の面積を誇る、180万㎢のセグン平野にのみ自生する幻のつくし。群生しているグルン数億本の中に一本の割合でしか存在せず、その違いを外観で判別するのは極めて困難。稀に発光する事がある』 「見た目で判ずは難儀至極で、たまに光る事もあるとな••• 何処ぞで聞きし話かと思えば、まるで竹取物語。これでは、藁の中の針を探す様なものぞ?」 「それでも、見つけなくてはならないのです」 「して、その様な物を如何致すつもりか? よもや、でんぐり返す訳でもあるまいに?」 「ご冗談を••• いいですか、皆さん。我々に必要なのはつくしの胞子の中に含まれる物質、『グルデンギチュレン』です! ですから、もしグルデンを見つけても、くれぐれも頭部には傷を付けない様、気を付けて下さい」 「そんな事言うけど、あんた、こんなに密集した状態じゃ、動き回る事もできゃしない。これで一体、どうしろってんだい?」 アルベルティーヌの指摘は尤もだった。 川を挟んだ土手の南に後続する、足の踏み場もない程に生え揃った小さな緑の大軍団に、一歩足を踏み入れると言う事は、2、30本からなる小隊を一つ丸ごと踏み潰す事に等しかったからだ。 「確かに、この状況は想定してませんでしたね〜」 非破壊的移動手段の必要性から、フェリペはかつて『玉』のラビステーションで見かけた、一人乗りの乗り物か、一人掛けのルパカンタを切望し、それらのレンタルを考えた。が、前者はラビステーション専用で、後者は最小でも四人掛けしかなく、いずれも期待にそぐいそうにはなかった。 (弱ったな。何か良い方法はないだろうか•••) 多少の時間を費やしたものの、結局フェリペは、つくしの上を飛び廻るよりも合理的、且つ、効率的な作業法を考案できず、 「皆さん。今から私は、必要物資を調達しに行ってきますんで、暫くここで待機してて下さい」 と言い残すと、一人で別行動をとるのだった。 待ち時間の暇つぶしに、マシューは小さな箱から諸々の小道具を取り出した。 「おっ! お主は煙草を喫みおるか〜」 「へぇ〜、ジパングにもあんだな」 「勿論じゃとも。ぽるとがるなる国の連中が舶来品として堺に齎した産物じゃ。前に、懇意にしておった舶来商人から譲り受けた事も御座る」 「ふ〜ん、そうか••• ほんじゃ、お前もやるか?」 マシューの嬉し気な表情に誘われ、元宗も喜色満面で答えた。 「折角の機会を棒に振る事もあるまいて。有難く頂戴しようぞ」 土手の上に胡座を組んだ体格差著しい二人の船乗り達は、カチッという音を響かせ、火打金から飛び出た火花に白く棚引く世界へと導かれると、一つのパイプを交互に回し合いながら、前にも増して打ち解けていった。 「それにしてもここぁ、本当におかしな所だぜ〜。空は紫だし、太陽は三つもある」 「しかも二つは色付きじゃ。一つは瑠璃で、一つは紅緋••• 拙者、連れ出されて以来ずっとあそこに居った故、外界の事は知りもせなんだが、今此処に思うに、動く物も動かざる物も異な物ばかりに御座る」 そう言うと元宗は、高い上空を飛び行く、三対の翼を持つ生物の群れを指差した。 「何だ、ありゃ? 蜻蛉だって羽根は四つ迄だ。六つもある鳥は見た事ねーぜ」 「ふふふっ。あれを難無く見分けるとは、流石は海の男よな」 「そりゃそうよ! 我が軍では、星の動きから時の流れと船の向きを把握できねー奴ぁ、大尉に成れねー。昇格は眼の善し悪しに左右されるのさ」 「成程のう。刻と処を正確に捉えられぬ者は、一船を率いるに足らんとされるか。じゃが、お主等舶来人には時を計る物と方位を示す物があるではないか?」 「確かにその二つぁ航海に欠かせねー道具だが、それ等を所持するだけで簡単に外洋を渡れると認識するのぁ、はっきり言って危険だ。だから軍は、基本的な航海術として、尉官達に空の移ろいを教えるんだ」 「まあ、海にては天を見切るは絶対じゃからのう。増してや将たるが読み損ずれば、多くの兵の命を失う事にも成り兼ねぬ」 「そうだ。だから、どんなに優秀な者、あるいは良いとこの生まれの奴でも、船長に成れなかった人間は大勢いる。その反対に、俺の様に正規の軍人じゃなくとも肩書きは大尉として、敵国船への海賊行為を許可された輩もいるって訳よ〜」 「人の道を反れる様なら事じゃが、然もなくば然して問題ではあるまい。戦国の世に敵船を打ったとて、それは罪には問われぬからのう。然りとて、お主の国もまた乱世よのう••• いずれにせよ、真の実力を有す者だけが立身出世できるは、誠によくできた掟也」 正しい秩序を保つ軍は、正しい序列を持つ。これは、戦闘時の隊の統制に於いて、大変重要な意味があった。兵が指揮を執る者の下に一致団結できるか否かは、戦の勝敗に直結する事だからだ。 「まあ、お前の眼なら問題ねーだろうがな」 「お主からお墨付きを貰うてものう」 元宗はイングランド海軍の昇級試験には興味なかった。 「あれを見ろ」 マシューは遠方を指差して言った。 「普段海に見る一筋の線を陸で見るのぁ初めてだ。遠くを眺めれば眺める程、ここが海に思えてくら〜」 「相違なし。風が穂を駆けゆく様は、正に波の如し! 見ていて気持ちよく、一泳ぎしとうなる」 「ヘヘッ、その発想はなかなかだな」 「某の邦許では、秋が来れば毎年、稲穂が頭を垂れおった。そして、それに風が吹きつける度に某は、撓わに実った黄金の海を泳ぐ事叶えば、さぞ心地よかろうて••• と思ったもんじゃった」 「黄金の海か〜、そりゃー良い! それなら、一日中でも泳いでられるぜ〜」 マシューは黄金が好きだった。例えそれが稲の海でも、金色に煌めくなら、只それだけで愛する対象になった。一方の元宗は、黄色に輝く物に惹かれ、魅せられる傾向にあった。 「然りとてその海、如何に美しけれど、魚は一匹たりともおらぬ故、銛を持つは要らぬ事也」 「そりゃ〜ちょいと寂しいな〜。綺麗な海じゃ、彩り鮮やかな魚達が、色取り取りに群れを成すのが相場だからな〜」 マシューはかつて見た珊瑚礁の事を思い浮かべていた。 「俺が今迄に釣った魚の中で一番カラフルだったのぁ、平たい三角の体に三角の尾を持つ、黒にも見える深い青に幾つもの水色の線が入った奴で、口と尾鰭、それに胸鰭から腹鰭に掛けて、黄色に染まっていた」 「それは面白い! 左様な魚は知らぬ」 「だろっ! 俺だって獲ったのぁ、後にも先にもあの一匹だけだったからな〜」 それは現在に於いて『カリブ海の女王』と称される、クイーンエンジェルフィッシュの幼魚だった。 「お前のは、どうだ?」 「某の釣りしは華蓑笠子じゃわい。両眼の上に角を持ち、背鰭と胸鰭が棘となり尖りて、透けた尾鰭と臀鰭に斑点が入りおる、赤とも黒とも言える色と白の縞を帯びた魚じゃ」 「へぇ〜、そんな魚もいるのか〜。で、刺されるといてーのか?」 「それはもう! なんせ彼奴等の棘ときたら、毒針じゃからのう」 「ケッ、マジかよ。そりゃ効くぜ〜」 マシューの顔は想像しただけで簡単に歪むのだった。 口に含んだ煙を一度肺に通し、鼻の穴から排してから、元宗は言った。 「時に、ワトソン••• 拙者、先刻此処に懐かしさを覚えると申したが、何を隠さんやそれは別に、此処だけに限りし事では御座らんのじゃ」 「ああ、何となく言いてー事ぁ解るぜ。俺も何故だかお前にゃ、初対面の時から旧知の仲って感覚があった••• 親指と人差し指で髭をしごくお前の癖を見た時、俺ぁ決してデジャヴュなんかじゃねー何かを感じた。面識のねー奴の馴染みのねー仕草が、妙に懐かしく思えたんだ〜」 「左様であったか、初耳よのう。じゃが道理でお主とは、初見よりやけに慣れ親しんだ感じが止まぬ筈•••」 二人は神妙な面持ちで、互いの顔を見合わせていた。 「ところで、一つ聞きてーんだが、何故お前は故郷を捨てて迄、死んだ戦友を助けてーんだ?」 それは、元宗の話を聞いて以来、マシューがずっと気になっていた事だった。 「拙者は昔、戦で十兵衛に命を救われた事が御座る。その恩一つ返せずして、己だけぬくぬくと生き長らえたいとは思わぬ」 (こいつっ、本気か!?) マシューは正気じゃないと思ったが、元宗の真剣そのものの両眼は、とても嘘を吐いている様には見えなかった。 初めアルベルティーヌは、何気なく二人の会話を耳にしていたが、内容が既視感に觝触した途端、その穏やかな表情は急変し、眼の色は激変していた。そして、二人の背の奥に浮かび上がる、それぞれの時の流れを霊視し、何かに納得すると、土手に体を横たえ、また深い眠りに入るのだった。 同じ頃、メチョッテ波動学研究所では、アルベルティーヌの生命反応の変化が注目の的になっていた。 「大変です、メアル学部長!」 「どうした?」 「個体アの脳波が瞬時に高数域(36㎐)まで急騰し、少ししてから今度は一気に低数域(4㎐)まで暴落しました! これは地球人にとって、日常的なものなんでしょうか?」 「いや、それはない。詳しくは過去の資料を参照しないと解らないが••• 他の者達のはどうなってる?」 「それぞれ中数域(15〜17㎐)にいます」 「場所は『平』か••• 一人だけセグン平野にはいない様だが、異常を示した者と一緒にいる二人が正常と言う事は、そこで何かが起きている訳ではなさそうだ」 「不思議なのは意識反応です。脳波と脈拍から、彼女は睡眠に入ったものと推測されますが、夢を見ている時に見られるものとは違い、まるで起きている時の様な振動が見受けられます」 「う〜む••• この件を特筆し、記録しといてくれ」 メアルは早くも現れた目を見張る結果に、思わぬ拾いものをした気分だった。 一時間後、手に銀色の物体を持って、フェリペが三人の許に帰ってきた。 「よう、戻ったのか?」 最初に気付いたのはマシューだった。 「はい、只今」 「して、事は首尾よう?」 「ええ、順調に」 「じゃあ、早速仕事に取り掛かるか?」 「そうですね。先ずは道具作りからです」 そう言うとフェリペは、粒子機を使って、四人の背丈に合わせた厚さ1㎝程度の楕円形の板を作り出した。 「何だ? 浮いてやがる!」 マシューは驚いて声を大きくし、元宗は、 「また、変な物を見た•••」 と、静かに呟いて呆れ顔を見せた。 出来上がった板に銀色の物体を固定し、フェリペの理想の道具は完成した。 「これで良しと!」 フェリペは地上50㎝の所を浮く、生まれたての道具の上にうつ伏せに寝そべり、最後尾に設置した銀色の物体を軽く蹴った。すると道具は、プシュッと小さな音を出し、少し前進するのだった。 「推進力に問題はなさそうだ」 道具の仕上がりに及第点がつくと、いよいよ本格的に幻のつくし探しに乗り出せそうだった。 マシューと元宗はフェリペの行動を見て、眉唾物と判断した道具への評価を一変させた。 「なかなか面白そうじゃねーか」 「某のはこっちかのう?」 二人はそれぞれの身の丈に合った物に寝転がり、動力源を蹴ってはその結果を楽しんでいた。 「やはり某、浮き進む物が好きじゃ」 「解るぜ〜、その気持ち。俺も、何とも言えねーこの感覚が堪らねー」 歳甲斐もなくはしゃぐ中年達の喧しさに、眠っていた老婆が目を覚ました。 「全く、煩い奴等だね〜」 アルベルティーヌの声にフェリペは振り向いた。 「お婆さん、私は便利な物を•••」 「解ってるよ。視てたからね〜」 フェリペは今更アルベルティーヌの発言を妙に思う事はなかった。彼女はいつでも、当然かの様に話が早かったからだ。 「昨日、あたし等の体を止めた、洞窟の地下にあった石を使ったんだろ?」 「はい、斥性素粒子ルビリトンって言います」 「そうかい••• あんたがどっかに行ってる間、一応調べといたんだがね、微かではあるが確かに何度か、他と少し違う波調を感じた時があった。只、光ってなかったから断定は出来なかったがね」 「どの辺か解りますか?」 「ここよりも西さね〜」 それを聞いてフェリペは、西側から探索を開始する事にし、今や遊びに夢中になっている二人にそう告げると、全員揃って西へ西へと移動するのだった。 「ここら辺さね」 アルベルティーヌが言うには、今も異質なエネルギーを感じるとの事だったが、キースが表示した通り、見た目ではとても見分けが付かなかった。 「のう、思うたんじゃが、婆殿の云う別異なる力を発すつくしは、誠に我等が探し物と同じなのかのう?」 「言われてみりゃ〜、そうだ。それがグルデンとは限らねー」 フェリペはアルベルティーヌを信頼するあまり、二つが同一の物である事を疑いもしなかったが、客観的な意見として、根本的なところを問われると、確たる証拠を明示できなかった。 「実のところそれは、確かめ様がありません」 「断定できねーなら、意味ねーじゃねーか」 「そうじゃのう。なればやはり、光る方を探すが得策か•••」 フェリペは無言でアルベルティーヌに眼をやった。 「仕様がないね。あたしにだって、それ等が一緒かどうか迄は解らない」 本人からそう言われると、もう諦めるしかなかった。 四人は間隔を空けて横一列に並び、少しずつ進みながら、黙々とグルデンを探し続けた。が、一時間が過ぎ、二時間が過ぎても、幻のつくしの光を目にする事は出来ず、三時間が過ぎる頃には、疲労はピークに達していた。 「疲れたぜ。もうこれ以上は勘弁してくれ〜」 「全くじゃ、拙者も御免被るわい」 日暮れ迄はもう少し時間がありそうだったが、明日の事も考え、フェリペはこの日の作業はそこ迄にする事を決めるのだった。 翌日、前日とは別の地点を探索する事にした四人は、昨日の場所より遥か東に位置する土地に向かった。 「どこ行っても、変わらねー景色だな」 「ええ。何と言っても、この星最大の平野ですから」 「それにしても、木や他の草が全く生えてないのは、どうしてだろうね?」 「うむ。今日もつくしの独壇場じゃ」 「それは私も知りませんが、その方が私達には好都合ですよ」 フェリペは昨日と同様、対つくし用サーフボードを製作し、それを皆に配布すると、右から順に、アルベルティーヌ、フェリペ、元宗、マシューの並びで陣形を整え、昨日の要領で作業を開始するのだった。 暫く四人は、談笑を交えて仕事に打ち込んでいた。 「我が日の本では、つくしが生える頃には桜が咲いてのう。これがまた絵にも描けぬ美しさで、御上から下々(しもじも)に至る迄、皆々花見をせんと酒を持ち寄り、朝から晩までそれを愛でるのじゃ〜」 「サクラ? どんな色なんだい?」 「ピンクですよ」 「そりゃ良いね〜、あたしも見たいよ」 「女は大概、ピンクが好きだからな〜。でも、婆様も好きなんだな。黒着てる割に•••」 「服の色とは関係ないさね」 「しかし、日本人の桜好きは本当に昔からのものなんですね〜」 「では、お主の居った時代もか?」 「勿論ですよ。『桜と言えば、日本』というイメージは、何も私だけではない筈。今では世界中で常識になっていってるのではないでしょうか」 「で、あるか•••」 素っ気ない返事とは裏腹に、元宗は自分の愛する樹木が後の時代に幅広い地域で評価されている事が嬉しく、誇らしかった。 暖かい春の陽が差し、涼しい風が吹き抜ける中、四人は一時間置きに小休止しながら、根気よくグルデンを探し続けていた。そして、西を向いていた影が北に向かう頃に大休憩をとった。 「皆さん、そろそろお昼にしましょう」 「おっ、やっとか〜。俺ぁ腹ペコだぜ〜」 「うむ、飯時也」 「頃合いだね」 フェリペは粒子機で人数分の昼食の用意をし、それを皆に配った。 「何だい、こりゃ〜? 黒いじゃないか?」 「こんな得体の知れねー四角いもんが、食いもんな訳ねーだろ!」 「とても尋常とは思えぬ。ふざけおるなら言語道断! 堪忍袋の緒も切れるぞい!」 与えられた見目の悪い物体に、流石に三人とも非難囂々(ごうごう)だった。 「待って下さい、皆さん! 初めて見た時は私も、食物である事を疑いましたが、見て呉れに騙されてはいけません。味は私が保証しますから!」 そう言うとフェリペは、フォークで削った物体をこれ見よがしに大口を開けて食べて見せ、 「う〜ん、旨いっ!」 と、故意に声を張って言った。 「わざとらしい演技だぜ〜」 「全くじゃ。左様な三文芝居に落ちる某では御座らん!」 マシューと元宗は相変わらず酷評だったが、フェリペの顔に繕いはないと見たアルベルティーヌは、フォークで物体を二つに割くと、その中身を抉り出し、露呈した色の粒ごと口の中に放り込んだ。 「パクパク、ゴクンッ••• へぇ〜、世の中にぁ、こんな食べモンもあるんだね〜。 イェ〜ッ、ヘェッ、ヘェッ•••」 アルベルティーヌが粒子機をコックとして受け入れた一方、残った二人は一度互いの顔を見合わせただけで怪訝な表情を解く事はなく、食の進む二人を只々傍観していた。 「いつまで黙って見てるんだい! 早く食べなきゃ、冷めちまうよ!」 「申し訳ありませんが、昼は街に戻る気はありませんよ」 そう言われたところで、二人の心は変わらなかった。 やがて、一陣の風が吹いた。 風に運ばれ、フェリペとアルベルティーヌの崩れた物体から出ていた湯気が、マシューと元宗の鼻をくすぐった。 「まあ、匂いは悪かねーな••• ここは一つ、試してみるか〜」 風の勧めに乗ったのはマシューだった。 粉々に砕いた物体を一口頬張って、マシューは言った。 「モグモグ••• へえ〜、ほんとにうめーや。おい、ゴロ〜ザ。お前も喰ってみろよ」 マシューの誘いも虚しく、元宗は眉を顰めて、口をへの字に強張らせた儘、物体に手を付け様とはしなかった。 「そう意地張んなって。喰った事ねー味してやがるが、毒じゃねーのぁ確かだからよ」 「お主の心変わりには、早過ぎて着いてゆけぬ!」 「強情なヤローだな! 食いもんなんざ、旨けりゃ何だって良いじゃねーか?」 元宗は一途な頑固者だった。それに対して、マシューは合理主義者だった。 「やれやれ、困った奴だね〜、全く••• サムライってのは食事も満足に出来ないのかい? それじゃ、年端もいかない子供と同じさね」 そう言われると、元宗も癪だった。 「あいや暫く! 聞けば、癇に障る申し様。喰えぬのではなく、喰わぬのじゃ」 「物が残るなら、一緒の事さね〜。食べれるってんなら、きっちりそれを証明して見せな。でなきゃあんたは子供だって事さね」 「何とっ!」 ここまで言われると元宗も、この遠回しな無理強いを避けて通る訳にはいかなかった。 (ここで逃げるは漢に非ず! 舶来が女人の口にし得る物を、某だけが拒んだとあらば、誇り高き武士の名折れ••• 末代迄の恥!) 「これっ、エンリケや。すまぬが、箸を一膳出してくれい」 そう頼むと元宗は、 「なれば婆殿、とくと御覧あれ〜!」 と、大音量の声を上げ、手付かずだった物体を一気呵成に平らげるのだった。 「やりゃ〜出来るじゃないか、サムライ。 イェ〜ッ、ヘェッ、ヘェッ•••」 アルベルティーヌは笑ってフェリペに目をやるのだった。 午後からはまた、退屈な作業の続きだった。 二回の休憩の後、川に突き当たった四人は、そこで二手に分かれて、今いる土手と対岸の土手をそれぞれ探索する事にした。 「行くぞっ! 大きな子供」 マシューはサイドスローで投げた丸くて平らな石を水面に走らせて言った。 「何じゃと? お主、拙者がきちんと喰いきったを見なんだか!」 元宗も石を水上に撥ねさせて答えた。 「喰おうが喰まいが、お前は意地っ張りなガキだってんだ」 「ち〜いっ、馬鹿にしおって!」 二人は反目し合って、川を渡って行った。 「あの二人、大丈夫ですかね?」 心配性なフェリペはアルベルティーヌに訊ねた。 「問題ないよ。仲が良いから言い合ってるのさ〜」 「仲が良い? 私にはその逆に見えるのですが•••」 「表面上はそう見えるがね、彼等には前世からの繋がりがある•••」 そう言うとアルベルティーヌは、眼を細めて続けた。 「これは、絶対に彼等に話すんじゃ〜ないよ。いいかい? 解ったね! 実は昨日、あんたが居ない間•••」 アルベルティーヌはフェリペ不在の時間にあった男達の会話を伝えると、その後、自身が霊視して知った事を余すところなく語り始めた。 「先ず、あたしの眼に飛び込んで来たのは、ここみたいに広い大平原だったよ。そして、武装した大勢の騎馬の中に彼等の姿があった••• かつての彼等は優秀な騎馬民族の戦士だったんだよ。同じ時、同じ土地に生まれ、互いをよく知る幼馴染だったが、軍の編成でそれぞれ違う部隊に配属され、一人は東へ、もう一人は西へ向かう事となった。別れに際して彼等は再会を誓っていた。が、二人とも命を落とし、それは実現しなかった••• 東へ行ったモンは島国攻めで海を渡る最中、大嵐に遭い、船諸共海の底へ沈んでいった。西へ行ったモンはブルガリアの城攻めで矢を射込まれ、馬上で敢え無い最期を遂げた•••」 「つまり彼等は、13世紀に世界を席巻した、モンゴル帝国の軍人だったんですね!」 「んな事まであたしゃ知らないさね。只、馬を操る事に長けた遊牧民の出だ••• 親友同士だった彼等は約束を果たす為に生まれ変わった。但し、今度は別々の土地からスタートし、見知らぬ場所で出会う事を望んで••• ホントは航海者達が口にする、新大陸って所で顔を合わせたかったんだろうが、サムライの国の情勢がそうさせなかった。強い求心力を持つモンが重臣から謀反を受け、時代が大きく変わる事になるからだ。跡を継ぐモンは西へは出るが、大きな船を造ってまで東の広い海を越える気はなく。更にその跡を継ぐモンは一度だけ大船を東に遣わすが、後が続かず、その子孫は国を封鎖してしまう•••」 「成程••• だから彼等はここへ来たと?」 「そうさね。その繋がりが宿命なら、ここへ来たのは運命さ。彼等は只、世の流れに導かれただけ。そして、競い合って成長する定を全うしているだけなのさ〜」 フェリペは探索を忘れる程、話に聞き入っていた。 「下手な心配は余計なお世話でしたか」 「その心遣いは良い事だが、とかく彼等には必要ないよ」 「解りました。お話が聞けて良かったです。ところで•••」 「あたしにゃね、流れて視えるのさ。時の流れが、丁度そこにある川の流れの様にね」 「では、来世も視えたんですか?」 「当然さね」 フェリペはそれ以上何も聞かなかったが、その眼は明らかに続きを待っていた。 「絶対に、喋るんじゃないよ•••」 アルベルティーヌは再度前置きをしてから続けた。 「あたしに視えたのは、彼等の次と、その次の命までだよ。さっき、彼等が釣った魚の話をしたろ? 彼等の次の人生はその魚達とそっくりさね」 「ええ〜っ!? じゃあ、彼等は来世で魚になるんですか!?」 「お馬鹿! そうは言ってないだろ? よくお聞き」 フェリペは早とちりした自分が少々恥ずかしかった。 「西の島国の坊やは青と黒の縞模様の背に10と書かれた服を着て、同じ服のモンに檄を飛ばして、時折華麗な動きを見せ、東の島国の坊やは赤と黒の縞模様の背に9と書かれた服を着て、何やら頭位の大きさの球を激しい一撃の下に蹴り飛ばすんだ」 「それはサッカーですよ! 私の居た時代では世界的な競技なんです!」 「あんたより先に生まれるか後なのかは解らないが、服の感じは似てたよ。近い時代なのは確かだね〜」 「場所はどこだか、解りますか?」 「それがね、何とも言えないんだよ〜。彼等の熾烈な争いを観ている大群衆がデルビー、デルビーって言っててね。あたしゃ、そんな地名聞いた事ないしね〜。多分、ミラノだと思うんだけど•••」 (インテル・ミラノとACミランだ!) それは、スペイン出身のサッカー好き考古学者には充分過ぎる情報だった。 「お婆さん、そこは間違いなく、イタリアのミラノですよ! ダービーマッチと言うのは、一地域を代表する二チームがお互いの威信をかけて激突する試合の事なんです!」 「やっぱりミラノだったかい! 群衆の訛りがイタリア語にしか聞こえなかったんだ〜。だけど、彼等自身はあんたと同じスペイン語を話してたよ••• それに、大きい方の坊やは晩年、7と書かれた黄色い服を着て球を転がす為に、ビジャレアルって街に住む」 「じゃあ、スペイン人なんですか!?」 「いや、どうも違う気がするね••• 多分、新大陸ってとこのどこかさね」 中南米でスペイン語を公用語としている国は多く、それだけで国籍を特定するのは容易じゃなかった。 「もう少し、情報はないですかね?」 「あるよ。彼等が同じ服を着て、同じ軍団として戦ってるのも視えた••• 10を背負った船長の坊やがフワリと舞って相手を躱すと、11を背負ったサムライの坊やが自軍の最前線に突っ走り、船長の坊やから蹴り出された球を受け取るや否や、大きな網を目掛けて、それをもの凄く強く蹴ったのさ。その時、網の前に立っていた大男が横っ飛びし、球を止めようとしたが、スピードが速過ぎて手が届かず、球はその儘、網の中に吸い込まれていった•••」 「何だか興奮しますね! その試合、是非私も観たかったな〜。それで、その時の服の色はどうでした?」 「水色と白の縞模様さね。こっちの方は旗も視えたよ。その色の組み合わせの真ん中に、顔付きの太陽が描かれたモンだったね」 「アルゼンチン代表だ! 彼等は国の英雄にして、名門チームのスター選手になるんですね。それは名誉と栄光に満ちた人生でしょう。魚と違って••• その次の命でも、栄えある道を歩むんでしょうか?」 「いや、そうでもないよ••• でも、本人達は満足する」 「どんな人生を送るんです?」 「羊飼いさ」 「! 以外ですね••• でも何故?」 「戦いや競い等といった争い事に飽きるのさ••• 夢の様な日々を終えた後、比較的短い時間で、彼等の魂は小さくとも大自然を持つ、南の島国に生まれ変わる」 「ニュージーランドですか」 「彼等は互いに商売敵ではあるが、協力し合って穏やかな時間を過ごす。その頃には調和する事を学びたがってるんだよ〜。人は一歩ずつ向上する為に生まれてくる••• あんたもその事だけは、決して忘れちゃいけないよ〜」 その言葉を最後に、アルベルティーヌは口を噤むのだった。 3時間程作業を継続した後、川の向こう岸にいる二人が大声で呼び掛けてきた。 「ほ〜いっ、エンリケや〜! 今日はこの辺で御開きにせぬか? 某、もはや内心、辟易しよるわい」 「同感だ! 俺だって、一向に成果の上がらねーこの仕事に、もう飽き飽きしてらー」 この打診にフェリペは引き上げを決め、結局この日も収穫は得られなかった。 翌日、平野南部を作業場に選んだ四人が妥当な位置のラビから外へ出ると、雲一つない清々しい紫空が一行を出迎えた。 「快晴だぜ〜!」 「そうですね。天気はよく晴れ、大気はとても澄んでます」 フェリペの指の先には、北に位置するインコッヘ山脈が顔を出していた。 「ほ〜うっ! あんな所に連山があろうとは、某、露とも知らなんだ」 「息が軽いね••• 良い兆しだ」 吸い込む空気が新鮮な事は仕事の能率を上げる重要な要素だ。 横並びになって、四人はまた、お目当ての物を探し始めた。しかし、この日も簡単には成果を上げられなかった。 昼食後、暫く寝ていたアルベルティーヌは、起きるとすぐに微かな声でフェリペに耳打ちした。 「もう少し南に下ったとこに大河があるんだがね、どうもそこにある中洲が怪しいよ。強い波動を感じてならないんだ•••」 アルベルティーヌの眼は鋭かった。 休憩を終え、四人は南に進路をとった。 「とりあえず、この辺の探索は抜きにして、もっと南下しましょう」 そう言うとフェリペは、身近なつくしには目もくれずに、立ったままボードの動力源を押し続け、皆を中洲へと誘導するのだった。 程無く四人は河に行き着き、遠くに広がる風景に、元宗は感嘆の声を上げた。 「ややっ、げに凛々(りり)しき川島かな〜!」 そこには、周囲12、3㎞はあろうかと思われる細長い洲が、河の中に堂々と島を構えていた。 「なかなかでけーな」 「ええ。あそこまで行ってみましょう」 「正気かよ? 橋もねーのに?」 「平気ですよ。昨日だって、渡河できたじゃないですか」 「バカ言え。昨日とは距離が違う」 「同意じゃ。昨日のは落ちども泳げば済んだが、今日のを泳ぎきるは骨が折れるわい」 「落ちなければ良いんですよ」 いつもは慎重なフェリペの、いつになく強気な発言に、マシューと元宗は勘繰らずにはいられなかった。 「俺達ぁ海を知る者。だから、ぜってーに水を侮らねー。それはここが河でも変わらねーが、今日のお前はやけに無茶をしたがる。何でそんなにあそこに拘るんだ?」 「うむ。何か裏付けでも御座るのか?」 前の事からフェリペは、アルベルティーヌの助言と言うのは避け、あながち間違ってない尤もらしい嘘を、方便として答えた。 「特別な物というのは、得てして特殊な環境に存在するもの••• あそこに見えるのは上流からの土砂が堆積して出来た土地。拠って、セグン平野の地質とは全く異なる可能性を秘めています。つまり、他と違う養分を保有しているかも知れないんです。正直私は、平地と土手に固執するより、新たな希望に賭けてみたい! それともお二人は、今迄通りの地形に尽力したいですか?」 「新たな土地に希望を、か•••」 その響きに胸を打たれ、マシューは笑みを零して呟いた。他方、元宗も、 「その意気や良し! どうやら、お主の心は既に決しておる様じゃ。半畳を入れて、すまなんだのう」 と、フェリペの弁舌に熱意を感じた様だった。 一応の救命具として浮き輪を二つ用意し、一行は島までの距離が一番短い流域を渡って行った。キースの情報では1・6㎞だった河幅は、気が張っていたせいか、もっと長く感じられたが、それでも四人は一人も落水せず、無事に中洲まで辿り着いた。 「ふ〜っ、何とか来れたね。まずまずだよ〜」 真の発起人ではあるものの、実は泳ぐ事に最も抵抗があったアルベルティーヌは、河を渡りきるなり安堵の表情を浮かべた。 春とは言え正午過ぎは暑く、熱せられた地面近くの空気は揺らいでいた。 「見よ、ワトソン。陽炎じゃわい」 「だろうな。なんせ、この暑さだ•••」 マシューは額の汗を拭って答えた。 暫く四人は、目を皿の様にして探索に集中し、誰一人としてつくしから視線を逸らす事はなかった。しかし、フワッと風向きが変わった瞬間、ふとアルベルティーヌが顔を上げると、そこには、揺れ動く大気の層を境に、緑の大地が天空に映し出される光景があった。 「何だい、こりゃ〜!?」 アルベルティーヌの驚嘆の声に、三人もその自然現象に気付いた。 「参ったぜ〜。段になってやがる!」 「これぞ正に、驚天動地也!」 「素晴らしい! こんなのは初めてです」 それは世にも見事な蜃気楼だった。 対岸の緑と空の薄紫の上に、更に二つの緑と薄紫が交互に重なり、何とも壮大な縞模様を構成していたのだ。 「おいっ、フェリペ。こんな時に呑まねーのは損だぜ!」 「おお〜っ、よう云うた! 拙者、酒と肴を所望致す」 「あたしゃ、日除けも欲しいね〜」 三人はもう既に、酒盛りする気満々だった。 「解りました。休憩改め、酒宴にしましょう。皆さん、何にします? どんな高級酒でも瞬時に手に入りますよ?」 「何とっ、値打ち物も厭わずか〜。それは有難い! なれば某、大和多武峯酒が呑みとう御座る。それに鯣と梅干しも少々頂けるかのう?」 「何だお前。昨日はあれ程嫌ったのに、今日は昼飯の時といい、やたら素直じゃねーか?」 「如何にも。拙者、喰ろうて解うたのじゃ。あの奇異なる道具が作りし物は、存外に旨いと••• 何と云ったかのう? 昨日のあれは?」 「ハンバーグですよ」 「で、あるか•••」 元宗は品名を覚える気は全くなかったが、もう、粒子機が作る食物を懐疑する事もなかった。 「俺ぁラムがいい。あと、干し葡萄をくれ」 「あたしゃ断然、ワインとチーズさね〜」 皆のオーダーにビールとピスタチオを加え、フェリペは大きなシートも準備した。 「乾杯〜!」 宴が始まると、元宗の興味はフェリペの持つジョッキの中に注がれていた。 「お主の物は誠に酒か? 色は良いが、泡立つが気に食わぬ。まるで、小便の様に見えてのう」 「とんでもない! これはビールと言って、歴としたアルコールですよ。少し呑んでみます?」 元宗は一口ビールを呑んだ。 「ゴクッ••• うむ、喉越しは悪くないのう。何やらシュワシュワしよる」 「お味の方は?」 「何ともほろ苦い••• が、嫌いではないのう」 「酒か? ってんなら、お前の方こそ、水みてーじゃねーか」 「抜かせっ。これは、清き物程良き物とされる、天下一品の諸白の一つ。日の本では、色を残す濁酒こそ、安酒なのじゃ」 「そうかよ。じゃ、俺にもちょっと呑ませろよ」 マシューは元宗から御猪口を受け取った。 「グイッ••• ふ〜ん、辛めの酒だな」 「こりゃ、ボサッとしとらんで、お主のをこっちに寄越さんか」 マシューから瓶が廻ると、元宗は今度はラム酒に挑戦した。 「ゴクッ••• カッ! 何じゃこれは? 香りは緩いが、味はえらくきつい! お主、常にこれを呑みおるのか?」 「まーな。長く海に居ると、水は腐っちまうんでな〜」 「う〜む、甚だ剛胆な奴。なかなかの酒豪と見受けたり」 元宗は御猪口に酒を酌み、それをアルベルティーヌに差し出した。 「婆殿の口に合うかは存ぜぬが、まあ、一献」 「フフフッ、遠い東の国の酒を味わうなんて、王侯貴族でもない限り、滅多にあるモンじゃあないからね〜」 アルベルティーヌは手にしていたワイングラスをボードの上に置いた。 「クイッ••• ヘぇ〜、斬新な味だね〜。悪くないよ。チーズが当てでもいけるね〜」 アルベルティーヌは御猪口を服の袖口で拭き、それにワインを注いで元宗に返した。 「この紅き醤油の如き酒は堺で目にした事はあるが、口にするは初めてじゃ。どれ、グイッ••• 成程のう。少し酸いが呑み易し。梅を交えて呑むに似ておるかものう。今試した舶来酒の中では、一番好みじゃ」 こうして四人は、それぞれの嗜好品を分け合いながら、昼下がりの類稀なる絶景に心行くまで酔いしれるのだった。 西に傾くドンコが空を茜に染める頃、幻想的なショーはその幕を閉じた。 「幕引きか。楽しませて貰うたぞ」 役者を見送った元宗が天に掲げた御猪口の内を呑み干すと、三人も各々の杯と瓶を空に翳し、その中を空にした。 「宴も酣ですが、そろそろ帰り支度でもしますか?」 娯しいひと時の跡を粒子機にかけ、全ての物体を片付け終えた時には、赤いゴンコの姿は既になく、青いドンコが地に沈もうとしていた。 「皆見な。あれだけ蒼かった星が神秘のベールに包まれて、顔を朱らめてるよ」 「本当だぜ〜。夕焼けはここでも一緒なんだな」 「良きかな〜。日の入りは常に拙者の心を打つ•••」 暫く四人は、ゆっくりと身を隠してゆく明るい珠に見惚れていた。そんな折り、日没の間際にそれは起きた。 地平線の下に落ちる瞬間、リクリンダ系最大の恒星が優美な緑の閃光を放ったのだ。 「グリーンフラッシュだ!」 「あらまっ、素敵だね〜!」 「これは、これは、お久しゅう!」 「今日はなんて良い日なんでしょう!」 その儚い燿きは、朝より続く幸運の有終の美を飾るのに相応しかった。そして、黄昏の中で四人が今は無き夕陽の余韻に浸っていると、とうの昔に消えた緑光の跡を追うかの様に、地に生えている植物から微かな緑の光が煌めき出した。 「ああ〜っ!」 「これさねっ!」 「何とっ!」 「出た〜!」 遂に四人は、幻のつくしグルデンの輝きを捉えた。 「 浮きしまに つくし美し 埋め尽くし 緑果てなし 果てが緑に (蜃気楼の中で、つくしが綺麗に充ち満ちて、地平線に輝く緑閃光に、その緑が絶える事はない)」 元宗は朗々(ろうろう)と吟じた。 採取したグルデンをすかさず粒子機にかけ、フェリペは、分離、抽出したグルデンギチュレンを保態箱の中に収めた。 「やったね〜。これで一つ目は完了さね」 「いいえ、まだです。まだ指定された量に達してない•••」 「何だと!? じゃまた、グリーンフラッシュを待たなきゃならんのか?」 「いいえ。もう、その必要はありませんよ。第一あれは極めて出現率が低い。私は初めて観た位ですから」 「じゃあ、どうするんだい?」 「あの波長を発する光源を買えば良いんですよ」 「そんなもん売ってんのかよ?」 「ええ。この星なら、そこら中に•••」 最後になって、思わぬ決め手を受け取ったフェリペには、もはや障害となる物は何も残されていなかった。 二つの巨大な兄弟星が行った後の空を、一つの矮小な姉星が受け継ぎ、三つの極細な子星と孫星達がその輝きを増し始める頃には、ひっそりとつくし野原に夜の帳が下りるのだった。 次の日、空が明るむ時間になっても、四人の姿は平野のどこにも見られなかった。 グルデンの光の脆弱さから、昼にその所在を認識するのは賢明でないと判断した四人は、昨晩の夕食で、夕方から行動する事を決議していたのだ。 「皆さん、明日の作業は夕からにしましょう」 「確かにあれじゃあ、昼だと見落とすよな」 「うむ。駄目を承知で無理押すは、愚の骨頂じゃからのう」 「じゃあ、日が昇ってから寝たが良いかい?」 「そうですね。どうしても眠たくなったら、一度中途半端に寝ておいて、昼にまた仮眠をとって下さい。ですが、渡河だけは陽がある内に完遂したいので、そのおつもりで」 協議に従い、フェリペ以外の三人は日中の8分の7が過去となるまで床に就いていた。一方、フェリペは一足先に活動を開始し、光晶石を購入して、主星の影響力が衰える時間帯を待っていた。 お決まりの集合場所に一番乗りしたのは、アルベルティーヌだった。少し開いてからマシューが現れ、それからすぐに元宗が来ると、いつも通りのユニットの完成だった。 「これで全員揃いましたね。じゃあ、今日も張り切って参りますか〜」 四人は前日の中洲を目指すのだった。 中洲上陸で一息入れた後は、辺りはすっかり真っ暗だった。 フェリペがいつもの道具に照明器具を取り付けて回ると、 「ほ〜う、凄いのう。ちょこちょこ見掛けるこれは緑まで発すのか〜」 と、元宗は色の変化に感心していた。 「そうなんです。私も最初に教わった時は驚きましたよ〜。なんでも、数万という色が出せるみたいで••• 私が居た時代ではあなたのお国の三名の学者が、青を放つ光を作り出した事で世界的に栄誉な賞を授与されてました。光は赤と緑と青を混ぜ合わせる事で、初めて白色を生む。 その内の二つ迄は既存でしたが、最後の一つが難関だった。それを彼等は、長い研究と弛まぬ努力の末に成し遂げたんです」 「ほうっ! 左様な者が現るなら、日の本が先は明るいのう」 祖国の未来の話に元宗の顔も緩んでいた。 「そんな物語はもういいから、とっとと始めようぜ〜」 マシューは自分の将来の方が明るくしたい様だった。 フェリペの視線にアルベルティーヌは、素早く二回、頭を下流の方へ振った。 (解りました。南西ですね?) アルベルティーヌは無言で頷いた。 四人が長い中洲の端に着くと、その数分後、暗がりに広がる小さな筆達の帽子の中に蓄えられた胞子が、光の群がりを作り始めた。 「蛍みたいだね〜。採ってしまうのが勿体無い位だよ」 「凄い数に一本って割にゃあ、随分と多いじゃねーか」 「うむ。揃い踏みにて出て来おったわ」 「条件さえ整えば、こんなにも簡単に見つけれるもんなんですね」 四人は必要量のつくしを集めて、目標物質を保態箱に確保し終えると、早々にその場から引き上げるのだった。 宿に帰ってみたところで、昼間たっぷりと睡眠をとった三人は、活力に溢れていた。 「こんな事なら、昼寝すんじゃなかったぜ〜」 「すみません。意外な程早く、作業が終わったものですから」 「いや、お前が謝る事じゃねー。俺の読みが甘かっただけよ」 「しかして、如何致す? 夜は長し」 「問題はそこだ。暇を持て余しちまう」 「確かに、今夜眠くなるのはだいぶ先だろうね〜」 皆の意見にフェリペは、ちょっとしたレクリエーションをする事にし、粒子機で54本の直方体の棒を作り出すと、それを3本ずつ縦横互い違いに組み上げていった。 「? 解せぬな••• 左様に棒を積み、一体何とすのじゃ?」 元宗はフェリペの意図を察しかね逸ったが、マシューは何が始まるのかを予想し、アルベルティーヌは只々黙って見ていた。 やがて、18段目の棒を置き終えると、フェリペは、かの有名な卓上遊戯のルール説明をし始めた。 「これは私の居た時代に世界中で楽しまれている、初心者でも簡単に遊べるゲームです。片手で引き抜いた棒を一番上に積む。これを順番に行い、倒した人が負け。但し、最上段が三つ揃わないのに、そのすぐ下の段の物を取るのは無しです••• どうです? 至って単純でしょ?」 「成程。面白そうだ」 「よかろう。拙者、勝負事は好きな質でのう」 「集中力と慎重さ。それに、バランス感覚も問われそうだね〜」 三人の喰いつきは上々だった。 ゲームが始まった。一番手は勿論、言い出しっぺのフェリペだった。 フェリペは中程にある横棒を抜き、上に積んだ。二番手の元宗はその3段上の横棒を選び、同じく上に積んだ。三番手のマシューは下から5段目の、前の二人とは逆側の横棒を取り、新しく最上段を完成させた。最後のアルベルティーヌは、今出来上がったばかりの段のすぐ下の真ん中の棒を突いて引き抜き、上に乗せた。 「そこへいくとは思わなかったな」 「奇抜じゃの〜。婆殿は」 序盤は皆、どこをやっても危な気はなかった。しかし中盤に入ると、左右の重みの均衡を無視できなくなり、終盤に突入する頃には危険な状況が何度も訪れた。 「まずいね〜。すぐに揺れが激しくなるよ」 何度目かのアルベルティーヌの番で、高く積み上げられた塔は大きくぐらついた。が、誰もが倒壊すると思った瞬間、塔は不思議な事に何故か持ち堪え、何事もなかったかの様に静寂を取り戻した。 (んっ!? 妙だ•••) その時、マシューだけが密かに眉を顰めていた。しかし、謎解きも出来てない状態でそれを咎める事までは出来なかった。 手をつけられる棒は残り僅かだ。 慎重なフェリペは半分程引いた棒を一気には取らず、一度振動が鎮静化するのを待ってから、後々そ〜っと抜いた。 「ち〜いっ、やりおるわい!」 息を潜め、ワクワクしながら塔の瓦解を待ち望んでいた元宗は、がっかりすると同時に、次は自分がハラハラする番だった。 少し触れただけですぐに震える様になった塔に、元宗は苦しんだ。 「これを攻略すは難儀也。と云うて、こっちに手を掛けるも、如何なものか•••」 暫く考えた末、元宗は荒業に出た。それは、真ん中の一本が3段重ねになっている部分の2段目を、綺麗に伸ばした右腕の手刀で、眼にも留らぬ速さの基に弾き飛ばしたのだ。 「!」 まるで達磨落としの様にストンッと落ちた上段の棒は、下段の物と交互にこそならないものの、その安定感は抜群だった。 「おいっ、あんなの有りかよ!?」 流石に今回はマシューも黙ってなかった。 「いいえ••• 初めて見ました。とても初心者のする事ではありません」 「しかして某、掟は一つも破りておらぬ!」 「確かにね•••」 何故かアルベルティーヌは、元宗の肩をもった。 評議の結果は試合続行だった。理由は、禁止事項として、事前にその説明がなされていなかったからだったが、特例は今回のみとされた。 思いも寄らない事態に、フェリペは自身の説明不足にも責任はあると、あっさり異議を認めたが、納得がいかないのはマシューだった。マシューはペナルティーを主張し、もう一度元宗がやるべきと、自分の見解を述べた。が、結局それは、受け入れられなかった。 「チェッ、すっきりしねーぜ〜」 そんなマシューがすぐ次の番で塔を崩壊させた。 「畜生〜!」 マシューは固めた両拳で机を叩いた。 「 それ見たか! ずれる崩れる その積み木 ぶれて潰れて 生み落とすうみ (ほら見た事か! その積み木は、ずれるし崩れるのだ。ぶれて潰れて、うみを生じる)」 元宗はしたり顔で吟じた。 「出やがったな〜。お前のその変なリズムの韻詩」 「何がおかしな調子じゃ。和歌と云うたであろう、馬鹿者め〜」 「ケッ、口の減らねーヤローだぜ」 「抜かせっ!」 「おいっ、もう一勝負だ!」 「望むところよ〜」 二人は共に白熱し始めた。 「それにしても、速かったですね〜。さっきの•••」 「だわね〜。只モンじゃないね、あんた?」 アルベルティーヌの横目での質問に、元宗は答えた。 「拙者は居合いを修めし者。抜刀が速さは当世一と謳われたもんじゃったからのう•••」 「そんなもん、銃の速さには勝てねーよ」 「左様。雑賀や根来の衆が力を付け、日の本が戦も、今や大きく変わろうとしておる•••」 元宗は顎髭をしごいて言うのだった。 次のゲームに入る前に、マシューは一つ断りを入れた。 「おいっ、婆様よ。今度はさっきみてーな魔法は無しだぜ!」 「何だい、あんた。気付いてたのかい?」 「当たり前だろ。どう考えたって、あれは倒れてた。次やったら告発するからな」 「解ったよ〜。今回は真剣勝負さね」 フェリペと元宗はキョトンとした顔で互いを見た。 二回戦の敗者は元宗だった。敗因は、元宗の前の順番だったマシューがいち早くコツに気付き、抜き取るのにより難しい状況を作り続けた事にあった。 「これはしたり! 否、してやられたり〜!」 「ヘヘッ、こいつぁ頭脳戦なんだ。巧くリスクを乗り切りゃ〜、後を受ける奴ぁ更に苦しむ事になる。お前は安全な中棒だけに狙いを定め、勝機を逸したんだ」 マシューは高らかに言い放った。 「ち〜いっ、抜かったわ〜! おのれ〜っ、もう一番じゃ」 元宗は再戦を願い出たが、フェリペは明日の行動計画を立てたかったので参加せず、アルベルティーヌも早くも飽きたのか、身を引いた。 「ならば、差しでやろうぞ。不服でも?」 「上等だ」 こうして二人は、夜も更けるまで積み木崩しに興じるのだった。