第99話 ゲーム設定ヌルッヌル
「——ッキュラララ!!」
「——だオラァア!!」
双方の叫びがこだまする。
カエは突如として、落ちた雷の一撃を手に持った青い刃を一振り……雷光を切り裂くように薙ぐ。
通常、雷は刀剣の類で切り裂くことはできないが、カエの一刀を伝う青い光の光線は紫に染まった紫電を巻き込み——2色の光の奔流は混ざることなく軌道が逸れて見せる。
そして……
「——ッハハ——ッ足元がガラ空きだぁあ!!」
「——ッッッキュア!!??」
振り切った状態で、刃を止めると——カエは刀の柄を捻り刃を裏返す。その状態から、力任せに紫電を召喚した元凶。淡藤に輝く毛皮を持った獣の両前足を狙って刀を振るった。刀の刃は先ほど切り裂いた紫電を纏わせ、青い光の一閃と共に2本の前足を切り裂いた——
かに思えたが……
「——ッチ! ダメか」
カエの振るう刀は一切の手ごたえを感じない。これに、思わずカエは舌を打って表情を歪ませる。
まるで、虚像でも切ったかのように空を切る。獣の足が霧でできているのではないか——そんな冗談のような現実がカエに突きつけられる。と言うのは、切られた足先は、煙を散らすように空気に溶け、切られた断面は揺らめき音もなく瞬間で足が生え変わる。いや……「生える」と表現するより、空気に溶けた見えない足の一部が、再び足に集約するような感覚に近い。
“BOSS戦”に突入してから数分——
カエは、おそらく獣が発生させてるだろう稲妻を、手にした刀で薙いで軌道を逸らし——攻撃のタイミングの硬直を狙って、今のように獣の皮膚へと刃を突き立てる。この行為を繰り返している。
だが……お察しの通り——その一刀は、靄を薙ぐだけで獣に対して全くのダメージを与えているようには見えなかった。
彼女の表情が優れないのはこの為である。
そして、カエの手にする武器は、両剣ロイロから切り替え、彼女の愛刀——刃の青い機械仕掛けの刀と持ち替えられ戦闘は継続しているのだ。
------ウェポン <weapon>
>>>帝国版-拾弐型戦刀 蒼氷月華《over the limit》Lv.10
戦技【氷華結乱舞 《ゲージ》】
効果…クールタイム、消費EPは存在しない特殊戦技。攻撃がヒットする度『蒼月ゲージ』に“氷の花弁ポイント”が蓄積される(攻撃によるポイントの上昇率は威力に付随する)。強攻撃使用時、攻撃は特殊攻撃に変化する。一定ゲージを消費し属性値【氷】の斬撃を放つ。
「——ッキュラララ!!」
カエは刀を振り切った状態で獣の擦れた叫びを聞いた。
「——ッ!?」
これに、身体をピクッ——と反応したカエ。すると、獣声の出どころに視線を傾ければ、再生した足を振り上げ今にもカエを踏みつけようとしている獣の姿が直ぐ目の前に——足先には紫の雷を収束させ、このまま踏みつけにされれば、ただじゃ済まないことは容易に想像できそうだ。
「——ッッッ——ッ氷刃!!」
だが、カエはこの危機的状況に、振り切った刀の勢いを殺す事なく身体を一回転させる。カエは一瞬獣の姿を見失いはしたが、僅かコンマ数秒後には再び獣の姿が瞳に飛び込んでくる。すると、これを合図にカエは地面に刀の切っ先を突き刺し叫ぶ。
すると……
「——ッッッ!?」
地面が青く輝く霜が降りたかと思えば、一瞬にして氷の刃が出現する。無数の氷柱が地面から高速で伸び、獣の足を巻き込んで凍る。突然、氷で出来た花が草原の真ん中で咲いたような光景を作り出す。この現象を引き起こすのはカエの握る刀の戦技だ。
カエはこの隙に、一旦獣から距離を置く。すると、数秒後『パリンッ』と花弁が砕け散り、周辺には紫電が光線となって飛び散った。
すると、砕けた花弁の残骸を、無残に踏みつける獣の姿。
足が凍っていた事実は端から存在していなかったかのように、無傷で綺麗な毛皮が風になびいている。
「「…………」」
そして、静寂——
お互いを睨み合い、呼吸を整える。
獣とカエの戦闘は、攻防を繰り返すだけの均衡状態。互いに無傷で戦闘開始当初から互いの状態に変化は生じていなかった。
だが……それも、互いの身体は——の話である。周囲の大地は紫電に焦がされ、砕けた氷の残骸は無造作に散らかる。
阿鼻叫喚。そう、黄金の絨毯は大きく引き裂かれてしまっていた。
「……これも無傷……か……はぁぁ、さっきからずっとこの調子なんだよな。なんだよコイツ? 」
ただ……カエは至って冷静だった。周囲は焼け野原だというのに、それに目をくれず獣だけを視界に捉え観察に注力する。
カエの異世界パワーをもってしても、獣に一切のダメージを与えられない。この事実に焦ってはいるものの、カエ自身——獣の攻撃を食らう気配を感じさせない為、気持ちの話では楽観的であった。
というのも……
「——ッキュア!!」
「——ッコイツの攻撃って、結構ゆっくりなんだよ——ッな! ッと……」
「——ッ!? キュルル〜……」
再び、獣はカエに雷を浴びせようと接近するも、カエはその攻撃を観察し語れる程に余裕を見せる。再び紫電を纏う前足を刀で切り落とした。
これに、獣は唸る重低音を喉で奏で、たまらず距離を取った。脅威……とまでは思ってなくとも、攻撃が当たらない現状に苛立っているみたいだ。
カエがここまで獣の攻撃に楽観的なのは、その動きが非常にゆっくりだからだ。獣は攻撃の直前、紫電を体に纏わす。もしくは口元に雷電を球体に形成し打ち出す。これらの現象が確認できるのだが、これには一定の膠着時間が存在した。
カエには転生特典と題して、人間離れした身体能力が備わっている。そして、常日頃からアクションゲームや音ゲーでもって反射神経を研ぎ澄ませた彼女にとって、ゆっくりとした予備動作は、ヌルゲーも良いところ。
もはや……
ゲーム設定を練り直しては——?
と、思うぐらいに攻撃モーションはヌルッヌルな設定だった。と言っても、ゲームでなく現実の話でだ。
彼女は楽観視しているが、もう少し気を引き締めるべきである。
ただ……それでも、この状況はカエにとっては芳しくない。いくら、カエは現実離れした身体能力を手にしていても、ここはゲームの世界ではないのだ。現実では当然体力は有限とはいかない。
カエは、疲れ知らずなオバケ体力な自身の体にドン引きであるのだが……それでも多少疲労感が漂い始めているのに焦り始めていた。
と——その時……
『……ま、す………』
「……ッん?」
『……ッマスター!』
「——ッ!? フィーシア!?」
突然、『マスター』と呼ぶ声が……
いつの間にか、カエの隣にはフィーシアの顔……つまりは通信画面が浮いていた。
「フィーシア! 今までどうしてたの? さっきから通信繋がらなかったけど……」
『申し訳ありません。マスター。少しトラブルに見舞われまして……』
「——ッ!? トラブル??」
『けど、ご安心ください。無事対処いたしましたので……』
「……そう? 大丈夫だったの?」
『ええ……何事もなく、問題ありません』
「…………フィーがそう言うのなら大丈夫か?」
先ほどは、目の前の獣についてフィーシア相談しようとするが……急に鳴りを顰め音信不通となってしまったフィーシア。だが、ここへきて彼女からの返答が入ると、カエがこの事を言及する。
別にフィーシアを責めたいと思っているわけではなかった。ただ、心配だったのだ。
彼女ならよほどのことが無ければ無事な事は分かっているが、フィーシアの口にした“トラブル”の単語には少なからずカエに動揺が走る。
それでも、フィーシアが「問題ない」と言うのなら、これ以上、四の五の言うつもりはカエにはない。それでも心配ではあるのだが。
ただ、今はそれよりも——
「——ッキュア!!」
「——ック!?」
『マスター!?』
目の前の雷を振り撒く獣が優先だ。
「フィーシア……ごめん……今、余裕なくて……今、俺が戦ってるコイツは見えてる?」
『はい……肉眼、画面……両方で捉えています』
「なら……話は早い……コイツ、切っても再生するんだ」
『……再生? それは、この世界特有の力……と言う事ですか?』
「……おそらくは……打開策を考えてるんだけど……フィーシア、何か考えはあるかな? なんでもいいんだ気づく事はあるかな?」
『……そうですね……ふむ……』
先ほどから、獣と対峙しているのはカエだ。どちらかと言えば、獣の弱点のようなものがあるとすれば、気づき思い至れるのはカエの方であると思うが……彼女は、全くと言っていいほど攻略法を思い至れない。ただ、ここはフィーシアの意見、別アングルからの見解があれば、有効打を見つける事ができるのではないだろうか。希薄な望みではあるがカエはフィーシアに質問をした。
すると……画面からは彼女の唸る声……いくらフィーシアでも、無理を言ってしまったか——と、カエが諦めかけた。
その時……
『ちょっと……居る……は……か、え……』
『……!? なんですか、今は……』
「……ッ? フィーシア??」
フィーシアとの通信画面に、おかしな雑音が混在する。コレに疑問を思ったカエは画面に耳を傾け、気になる雑音を拾おうとする。
すると……
『……ッあ、ちょっと……』
『……ッ——か、カエちゃぁあああん!!』
「——ッ!? う……るさ……」
画面からカエを呼ぶ発狂が飛んだ。気づくとフィーシアの顔があった筈の画面には男の顔がデカデカと映し出されている。
『ちょっと……アナタ! 通信装置に何するのですか!』
そして、発狂の後ろからはフィーシアの声……男の正体——アインはフィーシアを押し除けて通信装置を無理矢理覗き込んでいるようだ。
『君は、もしかしてミストと戦っているのかい!?』
「ぁあ? み……みすと? みすと——って……」
『淡藤の毛皮を持つ幻獣のことだよ! 誤魔化しても無駄さ。ここからでも見えている。落雷の落ちているところに君は居るんだろ? この……“つうしんそうち?”……っていうのか?? これからも、雷の音が聞こえてる。君がミストと戦っている事は間違いないはずだ!』
「ああ……コイツのことか——って、ミスト?? ネーミングセンス……雷纏ってるんだから、どちらかといえばプラズマだろうがよ……」
カエがアインの声に、全くの不理解を漂わせると、彼は目の前の獣——いや、幻獣の正体を語った。アインが言うには、この魔物は【ミスト】と言うらしい。
「——まぁ……ちょうどいい。で……変た……いや、アインはこの魔物について詳しいの? 知ってるような物言いだけど……」
ただ……降ってわいた変態に、フィーシアの邪魔をするなよと苦言を挟みたいところのカエだったが……この魔物をアインが知っているのであれば、コレは願ってもないことだ。カエは気を切り替えて迷わず画面に問う。それも戦闘を継続しつつだ。意識の半分では今もミストの攻撃を捌いている。
『詳しいって……ほどでは…………て——ッえ? ちょっと待って……!?』
「——ッ?」
『カエちゃん! 今、僕のこと“アイン”って呼んでくれたぁあ!? うっはぁ〜〜!』
だと言うのに、カエがうっかり『アイン』と口にしたことで、彼の意識は宙ぶらりんで大喜び。こちらは必死だと言うのに、とても嬉しそうな様子が声音だけでも通信画面を通して伝わってくる。
「——ッオイ!! 今、それどころじゃないんだよ! 知ってるのか、どうなんだ! 早く答え……」
「——ッキュラララ!!」
「——ッッッダァあ!!??」
『——ッ!? カエちゃん!!』
「はぁぁ〜〜……ぁぶね……ッ——オイ——ッへ・ん・た・い——ッ早く“言え”——」
『わ……わかったよ……カエちゃん……』
カエのドスの聞いた『言え』との言葉に、震えるアインの返答。
そう……今は状況が悪いのだ。
カエの中のアインの印象がまた一つ下がった。
そして、アインは幻獣【ミスト】について説明を口にする。




