第97話 やってくれたなぁあ! 爆破犯!!
——カエが“BOSS戦”に突入するよりも前——
城壁上
「一体……あそこで何が……」
アインは城壁の外を眺め——1人、茫然自失としていた。
というのも、先ほどから——
——ッッッズゥッッドォーーーーーーン!!!!!!
黄金の草原のど真ん中で、大きな爆発が幾度となく発生しているからだ。それも、魔法がどうとか……とても、そう言ったレベルで片付く規模ではない。
街と、遠く離れた森——その丁度中間であろう場所に無数の黒い点の群がり——いや、あれは点の一粒一粒が魔物で、黒く波打つように動く様は群れを表している。これがスタンピートなのだとアインは当然理解している。
そこで魔物の群れを観察する上で、その動きの流れには二通り存在することが分かった。
1つは、ある一点を目指して点が集まる地点があること——
そして、もう1つは……最初に挙げた地点を避けるように左右を抜けて来る点の流れがあること——
ここで注目したいのは前者。アインが呆気に取られた最大の理由は群れの中心だ。
黒い点は一箇所に集まる。それは何かを目指す——よりは“狙って”いるように——黒い点の集まりは、やがて黄金の絨毯に深く黒いシミを作った。
しかし……
——ッッッズゥッッドォーーーーーーン!!!!!!
ここで発生したのが、アインの頭を真っ白にした謎の爆発だ。今上がったのは、紫の炎がドーム上に膨れ上がり、やがて、黒い爆煙を巻き上げる。だが、衝撃の破裂はこれだけに留まらず、煙の中に3本の紫紺の輝きを見たと思えば、更に——
——ッズゥッドォッ——ドォッ——ドォーーーーーン!!!!!!
光の数と同じだけの破裂が追撃を加えた。
「——クッ!?」
爆音が鼓膜をゆらし、焦げた匂いの乗った爆風が肌を引っ掻く——アインは衝撃で目を開けていられない。
「——ッうわぁあああ!!??」
「——ッキャァァアア!!??」
「——ッイヤァアアア!!??」
そして、爆発音に混じる冒険者の悲鳴は——この時の爆発による衝撃の現れに等しい。
爆煙が晴れると、そこには群れのシミ以上の黒ずんだ汚れを絨毯に刻んだ。否——地面が抉れ、剥き出しになっているのがアインの居るこの場からでも分かる。絨毯にできたのは汚れではない。穴が空いているのだろう。それは突如として発生した爆発の威力を無惨に示していた。
肝心の——爆発の正体だが……
「マスター大型の反応——正面来ます…………撃破数——おおよそ800、計2000体の敵生命体の撃破完了…………既にピックアップは完了…………開始します。マスターはその場を動かないでください」
アインのすぐ隣には宙に浮いた長方形のガラス板を注視し、この場には居ない誰かに何かを語る白い少女の姿。聞こえて来る単語は、今まさに戦場のど真ん中で頼れる相棒に背中を預けて戦う戦士かのようだ。
まず間違いなく、爆発を起こした犯人は彼女……いや、彼女の主人によるものだろう。そんな事——アインには当然、予想がついていた。
そんな少女に、「なにが起こっているんだ?」と聞きそびれていた。聞きたい衝動はあれど……邪魔していいのかよく分からない状況が、彼を大いに戸惑わせる。
白い少女——フィーシアは先ほどから、戦況を告げつつガラスの板に触れ——規則的に並んだブロックを高速で指で弾き——空中に腕を突き出すと『ズダッダッダ——!!』と発破音が板から飛んだ。ここは戦場ではないが、彼女もまた戦っていることだけは自ずと分かってしまう。
そして、水面下で何か重要な事が巻き起こっているのにも関わらず、アインは頭を混乱させることしかできなかった。
だが、ここで……
『〜〜〜ッッ……あ……あ、アイン!! 聞こえるっスか!!』
「——ッ!?」
アインは、周辺に木霊する重苦しい空気感に混じった“1人の青年”の声を拾った。アインの腰についた小さなポシェット——そこから声が聞こえている。
「——シュレイン君か!? どうしたんだい?!」
『——ッ!? やっと通じた!!』
アインはポシェットの留め金を外すと、中から赤と青の小さなクリスタルを取り出す。その内、赤いクリスタルにアインは声を吹き込んだ。
『アインッッ——どうしたじゃないっスよ! 君、今どこに居るっスかぁあ!!』
ただ、次の瞬間に青いクリスタルからはシュレインの怒声が飛んだ。このクリスタルの正体は通信を可能とする魔道具。本来青のクリスタルは耳に当てて使うのが正しい使用方法だが……シュレインの怒れる声は、耳から離した状態でも煩く、アインはクリスタルを遠ざけた状態でも容易に声を拾っていた。
「ああ……とぉ〜……すまない。今、俺は城壁の上にいるんだ」
『はぁあ? 城壁の上!? テントに来ないと思ったら……なんでまたそんなところに?!』
「まぁ……話せば長くなるだが……」
『……そんなこと——聞いてる余裕があると??』
「…………」
『まぁ……いいっス!! 城壁の上にいるなら話は早い。何が起きているかは——当然わかってるっスよね?』
「——ッ……ああ……」
シュレインはアインに言いたい苦言を多数抱えていそうだが……今、それどころではない状況下なのは、尚も鳴り響き続ける爆音が語っている。シュレインはおそらく南門脇に設えた遊撃隊の集会テントにいるのだろうが……青のクリスタルからも、時間差で爆発音が響いてくる。彼もまた、事態を認識してはいるだろう事は馬鹿でも察せる。
「シュレイン君——おそらくだが、あの爆発は……」
ここで、アインは爆発の正体をシュレインに伝えようとする。
アインの隣には、爆発と呼応するかのように必死に作業に勤しむフィーシアの姿。彼女を観察するだけでも、アインにとって事の経緯は大凡予想はついていた。だから、彼 (アイン)は彼女 (爆発犯)を擁護する意味でも、分かっている範囲でシュレインに事を伝えようとする。
しかし……
『ああ……分かってるっスよアイン。あの爆発の犯人はカエちゃんたち……っスよね?』
「——ッ!? シュレイン君は知っていたのかい?」
『いや……知らないっスよ。でも……推理できるだけの情報は既に揃っているっス——まったく、ナニが「事はうまくいく♪」っスか? クソ、“リー姐”め! カエちゃんが出てくるのは予想できたっスけど、ここまで被害が拡大するとは思わなかったっスよっぉおお!! 人的被害は出てなくとも……情報操作に……後始末……ぁぁあああ——ッもぉお!! 面倒臭い!! 誰が、報告まとめて根回しすると思ってるっスか?!』
「…………」
シュレインは既に答えに行き着いていた。この時、アインの発言が着火剤となったのか、クリスタルからは、再び怒声が飛ぶ。だが……彼の怒りの矛先はどうもカエに向いているのではなく、別の人物を指しているようだ。少なからず爆破犯にも思うところはあるのだろうが……“リー姐”と——彼の口から発言があったことから、主犯はその人物であるのか?
アインには“リー姐”との人物に全く心当たりはなかったが、同時にシュレインが溢した「事はうまくいく」——この発言には既視感を抱えた。どこかで聞いたことのある発言だが、一体どこで聞いたのか……アインは記憶を漁る。
しかし……
『——ッと、そんなことより……アイン!』
シュレインは怒りの矛先を一旦地面にでも突き刺し、意識を切り替えるようにアインの名を口にする。
『とにかく、カエちゃん達を探すっス! 城壁の上からなら例の場所(爆発現場)が見えてるっスよね? なんとしても彼女達とコンタクトをとって、今すぐ破壊行為をやめさせるっス! とりあえずの居場所はわかると思うから……姿を捉えて、攻撃の勢いの様子を見て……それで……』
「あの〜シュレイン君?」
『ん!? ああ、無理に近づく必要はないっス。僕だって君に死にに行けみたいな事を言うつもりは……』
「いや……そうじゃなくて?」
『——へ?!』
「今……俺の隣にフィーシアちゃんが居るんだが……」
シュレインは、今すぐカエ達を探してくれとアインに指示を出したが、そもそもアインの隣にはフィーシアが居る。アインは通信の最中、チラリと彼女に視線を向けると——煙に巻かれて消えてしまうこともなく、ちょっと距離を置いたところで、まだガラスの板に齧り付く少女の姿を捉えた。
『……フィー、シア……ちゃん? って〜〜言うと、白髪の子……っスよね? 飛竜の棲家でカエちゃんの隣に居た?』
「ああ……そうだよ。カエちゃんは居ないんだが——でも、なんか彼女、魔法か魔道具か俺にはよく分からないけど……カエちゃんと会話? してるみたいなんだ。戦況を伝えている? って言うのかな?」
『……アイン?』
「……ん? なんだいシュレイン君?」
『——ッでかしたっス!!』
「——うわ!?」
そして、アインがフィーシアの現情報を簡素に辿々しく口にするとクリスタルからはシュレインの発狂が飛んだ。アインはこれを瞬間で耳から遠ざけるが……一歩遅かった。耳鳴りがうるさく、鼓膜が破れてしまいそうな痛みを食う。
『つまり……カエちゃんは戦場(爆発現場)に居て、フィーシアちゃんは君の隣に——そこでなんらかな方法で会話をしている? そういうことでいいっスか?』
「……ん!? ああ……おそらくは……」
『なら! 早急に戦闘を中断させて、彼女たちには足早に本部にきてもらうっス! あんなに大太刀周りしてたっスから〜〜もう「力を隠したい♪」なんて言わせないっスよ〜〜クックック。被害を最小限に——盛大に手伝ってもらって……』
この時——すかさずシュレインは、彼女達の扱いについて語り出したが……アインはまだ耳鳴りが治らない中、彼 (シュレイン)の言葉を傾聴していた。
だが、突然……
——ドンッ——
「……ッ?」
アインはおかしな物音を耳にした。それは小さな破裂音のようなものだ。今でも戦場からは、爆発音についで雷に似た轟音が響いてきていたが、それとはまた違った破裂音。と、言うのも……その音が聞こえたのは、アインからそう遠くない。近場からだ。カエが引き起こした爆発に比べれば、子供の火遊びレベルに縮小した程度の物音だったが、新たな変数であると汲み取ったアインは、シュレインの会話そっちのけで音の出所へと視線を向ける。
すると……
『ん? アインさ〜〜ん? 聞いてるっスか〜〜? もしも〜〜し!』
「——ッごめんシュレイン君! 後で話すから一旦魔道具切るね!」
『——はぁあ!? ちょっと、まだ指示がぁ……!!』
——プツン——
アインは通信の魔道具を再びポシェットに乱暴に詰め込み——視界に捉えてしまった“問題”の現場へと駆けた。ポシェット内からはうるさく声が飛んでいた気もしたが……それ以前にアインが見てしまった問題とは大きなものだったのだ。
そして……
「やっと見つけたわよ〜〜黒外套女〜〜♪」
アインが駆けつけた現場では、冷淡な眼差しを向ける白い少女に……それを取り囲む女性冒険者の一団の蔑視の眼——
それぞれが睨みを利かせていた。




