第95話 フェーズ3
「——ッ戦技【死の天使】!!」
カエは右手に持った紫紺の槍を振りかぶり投擲の姿勢を取る。この時、カエが声を荒げると槍は怪しげな靄に包まれた。
「——ッせぇ〜〜のぉ〜〜!!」
そして、少しの助走後——
「——ッオリャぁあ!!」
右に手にした紫紺の槍を、バーミリオンによって骸と成り果てた仲間達を避けるように駆け出す魔狼達に向けて掛け声と共に放り投げる。
すると槍はネイビーな輝きを放つと次第に速度を上げて目的地点へと突き刺さる。
------ウェポン <weapon>
>>> 極夜-サリエル《over the limit》Lv.10
戦技【死の天使】
効果……槍を投擲し、着脱地点に属性値【闇】の爆発を起こす。そして、追加で3本の『紫紺の鎌』が出現。着脱地点付近に落下し自信の残存HPに準じる破裂を起こす。クールタイム60秒。『紫紺の鎌』出現消費EP20。
槍の輝きは草原に突き刺さると同時、放っていた輝きが一瞬にして広がりを見せると、周辺にいた魔狼含めて——爆発……ただ、それだけにとどまらず、爆炎の中には爆発とは別の怪しげな輝きを放つ3本の線が確認される。次の瞬間には爆心地からは更に3発の紫の爆炎が上がった。その煙の表層を紫電が伝い、狼は全身を焦がして周囲に吹き飛ぶ。紫紺の奔流に飲み込まれた。
………———シュルルルル——
——パシッ!
爆煙からはやがて、1本の紫紺の槍が飛び出し、回転しつつカエの手に引き寄せられる。カエは当然のようにこれをキャッチした。この一連の現象は彼女の手にする紫紺の槍【極夜-サリエル】の戦技によるもの、魔狼の群れに大きな打撃を一瞬のうちに与えて見せた。
だが……魔狼だって負けてはいない。
爆発現象を槍の投擲で発生させつつも、戦技の爆音に紛れ、左右を抜けてカエに迫っていた。そして、黄金の草原の影より、照らし合わせたかの連携で一斉にカエに飛びかかる。
が……
「——ダイヤモンドダスト……」
魔狼の鋭利な爪や牙は——その威力を発揮するべくカエの柔肌に突き立つか——といった瞬間、青い障壁によって阻まれる。わずか数センチの距離——少しでも動けば毛皮に触れてしまう。それほどまでの至近距離。
「ごめんね。狼さん……君たちの攻撃は通用しないんだ」
「グガァアアア——!!」
「まぁ……その悔しがる気持ちはわかるよ。俺もね、大人気ないと思ってるさ。こんなチートをぶら下げて蹂躙するのはさ。でも……守らなくちゃいけないものができちゃったからね。一撃ぐらいは受けて上げたいところだけど、事が周囲に知覚される前に方を付ける必要があるからね……」
「——ッグゥア!?」
カエは、すぐ目の前で必死に爪と牙をダイヤモンドダストの障壁に突き立てる一匹の魔狼に、まるで世間話をするかのように語る。ただ、そのさなかの魔狼がそんなカエの喋りを理解しているとは思えないが、その煽られるようなやり取りだけは受け取っているのか、ダイヤモンドダストにしがみつき突き立つ爪の刃の猛攻は激しくなる。だが、青の障壁に傷は一切つくことはない。却って爪や牙が削れてボロボロになるのは彼ら(魔狼)の方だった。
「——吹き飛べ——【反射障壁】……」
カエは片手を前に突き出し1言呟く。すると、ダイヤモンドダストに張り付いた魔狼は、ほんの一刹那で彼方に突き飛ばされた。
【反射障壁】
効果…システム【ダイヤモンドダスト】の特殊技の1つ。対象を激しく弾き飛ばす。必要EP50。クールタイム10秒。
魔狼は地面を転がり——別個体にぶつかり——天に打ち上げられて落下——あっという間に致命傷を負った。が……それでも、精々カエに飛びかかった数匹だけ……吹き飛ぶ仲間を避け、様子見に徹していた個体はカエに隙ができたと勘違いし、次から次へと襲いくる。
「——戦技【影縫い】……まぁ、そう慌てなさんなって……」
カエは片手に持った黒い刀を地面に突き刺す。
------ウェポン <weapon>
>>> 漆黒-鴉-試作零号《over the limit》Lv.10
戦技【影縫い】
効果……周囲に漆黒を広げ敵個体を拘束。その後時間差の斬撃を飛ばす。クールタイム60秒。
『——ッ!?』
魔狼は何が起こったか分からない。少女目掛け駆けていたはずが突然地面に——いや影に縫い付けられた。カエの影が刀が刺さる瞬間草原に黒い影が広がった。その影に侵入した魔狼は影から伸びる漆黒の糸に貫かれ動きを止める。魔狼は打つ手無しで空に止まる。そんな獣の瞳には——刀を腰に構え姿勢を低くする少女の姿を写し込む。
が……
「——漆黒に囚われ静寂に染まれ——抜刀——……なんつって……」
この時、魔狼の視界は目の前の少女の姿を含め二つに割れてしまった事だろう——違う……実際、斬られて割れたのは彼らの方……
「確か、ゲームのセリフってこんなだったよな? うん、厨二だな。ゲームの登場キャラって恥ずかしくないのかな? この場に誰かいたら絶対悶絶する自信が俺にはある……うん、自重しよう」
魔狼はカエの斬撃を喰らい。肉片と化して、一瞬にして周囲にいた個体は吹き飛び翳りの前に散った。
「——さて……じゃあ、次ィイ!」
そして、カエはその現象に微塵も罪悪を覚える素振りを見せず、すかさず体の重心を手前に傾ける。倒れてしまうよりも前に足を踏み出し急加速。手にした刀と槍を放り出すと、ついで近くに落ちていた別の2本の槍を手にとった。魔物の群へと飛び込んでいく。
カエが作戦立案に用意した“フェーズ3”の内容は、近接による蹂躙だ。フィーシアに2つの機関銃の操作権限を譲渡し、その間彼女にはインベントリ内の武器項目より、軽装の近接武器を適当に周辺にばら撒いてもらった。カエはこれを拾う事で、瞬時に武器を装備し、武器出しのタイムロスを防いだ。これもバーミリオンの弾補充裏技の応用である。しかし……この装備法にはもう一つの目的がある。
カエは迫り来る魔物に対し、拾い上げた槍と刀の『戦技』を発動させる事で、多数を一度に倒すことに成功した。『戦技』とは武器に備わる特殊な技だ。ただ振るうよりも強力な攻撃を繰り出す事ができるが……『戦技』の再使用にはクールタイムが発生する。これも当然、異世界だろうが再現されてしまっているのだが……これを一つ変わった方法で憂いを絶っていた。
------ウェポン <weapon>
>>> インフェルノ《over the limit》Lv.10
戦技【炎ノ刃】
効果…特殊戦技(この武器にクールタイムは存在しません)武器トリガーを引くことで、槍刃で爆発を発生させ、高速の属性値【炎】の回転斬りを繰り出す。ただし6回ごとに、武器カートリッジを交換する必要があり、リロードタイムを挟まなくてはいけない。
------ウェポン <weapon>
>>> 姫雷神グングニル
《over the limit》Lv.10
戦技【ドローン追撃—— 姫雷神】
効果…槍に付属するドローンと連動し、武器『強攻撃』を与えた時——空中に留まるドローン【雷姫】に雷神ポイントが貯まる。20ポイントを貯めることで任意で特殊戦技【姫雷神】を発動可能で、ドローンから繰り出す属性値【雷】の雷電を槍『グングニル』に落とす。クールタイム360秒。ただしクールタイム中の雷神ポイントの獲得は可能。
カエは、無骨で焦げ錆びたリボルバーと一体化したような槍——機械仕掛けの蒼の槍——それぞれ毛色の違う2本の槍を裏手で掴んでいる。
「——焼き斬れェエ!! 炎ノ刃ッ——!!」
そんな2本の槍を引っ提げ、魔物の隙間を縫って疾走している最中——焦げ錆びた槍【インフェルノ】を裏手から持ち替えて槍の柄に付いたトリガーを引く。すると……
「バァアーーン!!」——と、爆発音と炎を撒き散らし、カエは槍に振り回される勢いで回転。周囲の狼を切り刻みながら滑るように高速移動する。その姿はさながら、戦場で炎のフラッグを振り回す英雄。炎を纏った英雄は、2度、3度と……トリガーを引く度に赤い炎の螺旋を空中に描いて舞った。計6回——カエは炎の一振りで無数の狼を焼き斬った。
「——グングニル!! 落ちろカミナリッ——!!」
カエはインフェルノを放り投げ、次に蒼の槍を両手で握る。まだ【炎刃】の勢いが残る中、そのまま跳躍——一塊となった魔狼の集まりに放物線を描いて落下。蒼の槍【グングニル】を地面に突き立てる。そして青の稲妻を解き放ち、周囲の魔狼を痺れ焦がし、まるでスローモーションかのように雷を纏って弾かれる。
「——ッッッ強撃!!」
すると、勢いで弾けた魔狼の1匹1匹を素早い槍捌きで切り落とす。それを20回——その時……
>>>full charge<<<
グングニルに青い文字が浮かぶ。
槍からは敵を斬る度に青い光線が飛んでいた。その光は、カエの真上——空中に浮いた球体の装置に吸収され、ビリッ——と雷光を放っている。これは戦技の準備が整う合図——カエの瞳が“full charge”の文字を捉えると、一旦魔狼から距離を取り……すかさず、跳躍——ザッと10メートル。人ではあり得ない跳躍力を披露し、周辺にいた魔狼は戦場に天高く飛び上がった少女を目でおった。
「準備完了——来い【雷姫】!!」
カエもコレに一瞥することで答え——声を張り上げた。すると……カエの隣には、先程光線を吸収し雷光を解き放っていた機械球が躍り出る。そして……
「爆ぜろ!!」
手にしたグングニルを思いっきり地面に投げる。一瞬にして黄金の絨毯に槍が刺さる。
「——ッ姫雷神!! ——ッ弾け飛べぇえええ!!」
カエは、槍が刺さるのを確認すると声高々と戦技の技名を唱える。その声に反応するのは彼女の隣に浮いた機械球【雷姫】。表面を伝う青い稲妻が激しく揺れ動き、僅か数秒後——
——ズドォオオオーーン゙!!!!
と、けたたましい雷音と発光を放つ。グングニルめがけて稲妻が落ちる。
これはほんの一瞬で引き起こる事象——光ったと思った次の瞬間には全ての事が終わっている。
黄金の大地を砕き。槍の周囲に集まった魔狼は光ったと共に炭化。広範囲に衝撃を放った。
「…………ッとっとっと〜〜……ん? ああ……えっと〜〜やり過ぎたかな……コレ??」
そして衝撃の爆心地。灰色の大地となってしまった黄金の絨毯をカエは踏み締め、周囲を見渡して言葉を呟く。何故なら、カエが解き放った“戦技の連撃”は1000体もの狼の群れを阿鼻叫喚、死屍累々の状況を突き付けてしまったからだ。
現在、カエの周囲に生き残る魔狼の姿はなく、その殆どが【姫雷神】によって消し炭となっている。少し離れた位置には、足を引きずる生き残りも伺えたが……あの調子ではもう長くはない。
「——ははは……オーバーキルだったなぁ……」
この一通りの蹂躙劇に用いた戦技クールタイムの抜け道——それは瞬間での武器の切り替えである。ゲーム(アビスギア)では元々、装備を一瞬で切り替える機能は存在しない。だが……現実では、戦場に散らばる武器を拾うだけで装備が完了してしまう。これはゲームバランスゲシュタルト崩壊だ。武器一つ二つに固執しなくたって、クールタイムに入った武器を捨てて新たな武器に持ち替えれば、その武器の強力な戦技を即使える。これを何度となく繰り返せば、瞬間殺戮舞踏の始まりだ。
で、結果は……




