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第58話 勝利条件

 男の刃がアインに届くかとした直前——



「【パワー】エンチャント……【影響を支配する所有(ストレングス)権の増長(アップ)】」

 


 アインは何事か言葉を呟く——すると身体が一瞬、赤いオーラの様な発光が巻き付く。そして……



「——オッリャぁああ! 【盾の衝撃(シールドバッシュ)】!!」



 タイミングを合わせ、短刀を握ったままの左バックフィストでもって、レノの巨剣を横から殴りつける。すると……



「——ッッ!?」



 アインのガントレットと見違うライトシールが剣とぶつかると、宙で体勢を崩したレノ——一刀はアインの僅か数センチ。直ぐ隣へと落下した。その勢いは当初の予定より大きく削がれたモノとなり、衝撃等の発生は無い。勿論シュレインも無事である。命運を分ける一瞬の攻防でアインは敵の猛威を退けることに成功したのだ。



(——ッツ!! 何で……コレも捌くのかよぉお!!)



 この事象に、レノの感情には——怒りが込み上げた。思わず、横目でアインの顔を睨みつけたレノ——



(ふざけるなぁあ……! どういう事なんだ、“コレ”はァア——!?)



 同時に彼の思考には疑問も浮上する——だが、決して『何が起きたか?』と理解出来ていないわけではない。

 思惑通りになってないことなど、手に伝わる感覚——刹那の瞬間——瞬時に——理解がいっている。なんて言ったって、この事象を自分自身でもって体感したのだから……



(——ッ何で、この俺が……?!)



 だからこそ彼の思考は怒りに支配された。まるでそれは自問の様に脳裏をかき乱し……時間停止と錯覚する暇(隙)をつくりだした。


 そして……その一瞬で……



「エンチャントリリース“気流の刃(エアリアルブレード)”解放【擬似——熾烈な風の衝撃(ストームインパクト)】!!」



 アインは短刀の内包する残存魔力を解き放ち——



「——ックッソォガぁアアアアーー!!」



 レノを弾き飛ばす事で——彼の剣の間合いを遥かに遠ざけた。


 アインの『勝利条件』は足元に転がるシュレインを守りつつ、敵対者レノを無力化する事だ。

 その為、接敵を許してしまえばシュレインに危害が及ぶ可能性が高い。よって、武器のエンチャントを解くと同時——残りの魔力を周囲へと放つ。火炎の弾丸(フレイムバレット)が残した余波の爆煙と巨剣を叩き付けたレノ共々吹き飛ばし周辺状況をクリアにした。

 すると彼らの戦場 (フィールド)は、戦闘開始当初と何ら変わらない状況を形成——仕切り直しといった形で、レノとアインは再び睨み合いの状況となる。

 男は、まるでアインを視線で射殺すかの憤怒の形相を向けるが——双方、暫く沈黙に徹する。つい先刻まで、殺し合いの激しい戦闘があった事実がまるで冗談だったかのような静けさだ。


 だが……


 その沈黙の皮を破ったは——




「……ッ………ク……フフフ………アッハハハ——!!」



 唐突——レノの高らかな笑い声であった。

 コレは状況からするに明らかにおかしな反応だ。さっきまでの怒りに満ちた形相からは明らかな『怒り』を感じたが……この時のレノの態度からはそれを窺い知ることができない——

 思わず、アインは思案顔を滲ませ……男の出方を伺う。


 すると……



「あぁぁーーー分かったよ……お前は、お飾りなんかじゃない——疑うべくもなくA級の実力者だってことがよぉ〜」



 先程の攻防は——流石だと、アインを認める他なかった。コレには、レノも『僅か半年でA級冒険者になった』という、ながら冗談の様な話しも信憑性を帯び——彼 (アイン)の実力を遂に“認めた”のだ。


 だが……



「………でもなァァッッアア!! 俺の当初の予定——お前が負ける事実は変わらないんだよ!!」



 認めても尚——レノは己の勝利を疑ってはいなかった。

 


「直に俺の仲間が神官を倒してここへ加勢に来る。幾らお前が、鬼才の化け物冒険者だってなぁあー! 3対1で、お荷物 (シュレイン)を守りながらは……流石に勝てないよなぁあ〜……ク……ハハハ……!!」



『レノの勝利条件』それは、『アインを食い止める』事である。

 先の攻防——一見、2人の男は均衡した接戦を体現していた。寧ろ、技術においては、アインが一歩リードしていると言えよう。

 しかし……それでも状況は『近郊』なのだ。アインの足元にはシュレイン《守る対象》が居る。人を守りながらでは、幾らアインの戦闘技術や、魔法エンチャントの才能を有していようとも、こちらから打って出るには、幾らかの制限というのがどうしても付き纏う。

 つまり、この『近郊』はアインにとっては不味い状況下にあると取れなくもない。



「——ッ」



 この現実にアインは苦虫を噛み潰したかの表情を一瞬伺わせる。すると、それを機敏に感じ取ったのか、レノはすかさず……



「それじゃあ——もう少し、俺と遊んで居ようか? クハハ……【火炎の弾丸(フレイムバレット)】!!」



 一言、笑いを溢すと第二ラウンドと言わんばかりに、火の弾を再びアイン目掛け振り翳す。

 大凡、レノはこの『近郊』を維持する腹づもりなのだろう。おそらくバスターソードによる近接戦もこれ以上はない。アインが動けない状態にある以上、時間稼ぎなら無理して近づく必要性に駆られないからこその選択——相手の間合いに入らない。何ら間違った事じゃない。



「——ックソ……」



 そして、らしくも無い弱気を見せるアイン目掛け、今まさに炎の魔弾が着弾するかに思えた。



 その時だ——


 



 突如、アインの目前に光輝く障壁が差し込まれたのだ。





「——ッ……何で——お前がこっちにいるんだよぉお!? クソ神官がぁああ!!」



「——ふふふ……何で、でしょうね〜?」



「——ッリア!」



「お待たせ〜アイン! こっちは、終わったわよ!」



 【火炎の弾丸(フレイムバレット)】はアインを襲う事はなかった。その魔弾は、レリアーレの発生させた光魔法【光の守護(ホーリーウォール)】によって防がれたのだ。



「オイ!! 神官、テメーあの2人はどうした!?」


 

 レノはその目の前で起きた惨状に再度表情に怒りを滲ませ、突然の乱入者レリアーレに叫びを飛ばした。

 それもそのはず、彼は仲間の2人が駆けつける未来を、疑う事なく想像していた。にも関わらず、まさかその仲間が対処にあたっていた筈の人物が五体満足で姿を表しているのだ。

 必然として湧く感情であろう。しかし、内包する情は決して仲間の安否を心配したものでは無く、イレギュラーな彼女に向けての疑問と怒りを露わにするものであった。



「それって? 槍と弓の2人の事かしら? それなら、あっちで伸びてるわよ?」



 そして、その男の疑問に答えるレリアーレ。際ほど自信が戦闘を繰り広げた現場を指差し『はてぇ?』といった惚けた顔でレノに返事を返す。



「——あの2人が、魔法職のオマエに負けたのか?! 2体1で——? 顔に似合わず……どんな汚い手使いやがった!」


「——ッ?! き、汚い手なんて使って無いわよ! 正面から正々堂々とよ——! 私の事、近接が苦手だって思ってたみたいだけど……私だって、近接戦もそこそこなんだから! よくアインに教えてもらってるもの——えっへん!」


「——ッチ! “変態”神官かよ……」


「——ッ!! 変態って——!? な……な、何で、みんなして私の事“クソ”だとか“変態”って言うのよ! 女の子に対してそんな言葉——酷くない!?」


「——リア! ナイス“変態”だ!」


「……………アイン……あとで、殴る」


「——ッえ!? 褒めたつもりなのに?!」


「ぜん、ぜっっん——褒めてなーーーーーい!!」



 アインとレリアーレの戦闘スタイルは、それぞれ『近接』『魔法』の得意とする戦法に、それぞれが得意とする技、技術、魔法を——お互いが師事する事で完成させたモノである。

 両名は【シーフ】、【神官】と戦闘職を語って居るが……近接と魔法のハイブリッド——【魔剣士】と言っても遜色ない。それも、かなりの完成度を誇る技術力を持ち合わせた。



 A級冒険者【清竜の涙】 ——その肩書きは伊達では無い——



「——ッ……クソが……」



 その現実は、証明されるかの様にレノへと突き刺さる。

 彼も、一応ではあるが大剣 (バスターソード)と魔法(火炎の弾丸)を扱う【魔剣士】だ。しかし、その技術はアインに遠く及ばず——気絶した人を守りながらのアインを相手にして『近郊』なのだ。もし、アインが……なんの憂いもなく戦っていたら? 間違いなく、負けていたのは自分であったと思えてならない。 

 ここまで奮闘したのも、状況が味方しての事だった。


 だが……


 先程、レノの勝利条件は『アインを食い止める』事——と記したが、それはあくまで仲間の2人がレリアーレを降し、レノに加勢することが条件。

 それがまさか『神官レリアーレ』が2人を打ち負かすとは考えにも及ばなかった。


 そして現在、レリアーレがアインと合流し——



「とにかく! ねぇ、そこのアンタ! 私が来たからには、もう勝ち目は無いわよ!!」


「……あ、あーそうだ! リアの言う通り……悪いことは言わない。投降してくれないか? 俺達は、命までは奪わない。だから……」



 レノの勝利条件はこの時点で崩れ去った。




 筈だが……



「「——ッ?」」



 男 (レノ)の瞳には『敗北』の文字は感じられず——口元は微かに引き攣った笑みの様なモノを伺わせていた。

 それには、アインとレリアーレは警戒する。



 だが、その笑みの答えは男からもたらされる事はない——



 その『答え』は、突如として天空から舞い降りてきたのだ。






——グアァーーーーーゥゥウウ!!!!



「「——ッ!?」」



 突然、遥か上空より獣の咆哮が発生する。それは王者としての風格と畏怖を下等な者へ平等に響き渡る恐怖の旋律——

 

 アインとレリアーレは、瞬時に反応し「答え」を探す。それは目の前の敵対するレノから視線を外してまでも……

 ただ、それはそこまで慌てて探す必要なんて皆無——だって、それ(答え)は嫌でも直ぐ視界に飛び込んでくるほどに巨大な存在なのだから……



「——ッドラゴン!!??」



 最初に視界にソレを捉えたアインは、その正体を高々に口にする。その声音は引き攣り——震撼を隠せない。



 その正体は、生物の頂上たる王者——そう『ドラゴン』である。



 身体中が真紅の鱗で覆われ、その姿形は爬虫類を連想させる。身体中のあちこちには漆黒の牙や爪を具え——鋭利に尖を見せるそれらは狂気に満ちた脅威の権化。

 大きな2枚の翼を羽ばたかせ発生した風圧の勢いたるや、この個体の強大さを物語っている。



「——ッえ!? 何で……ドラゴンが?!」


 

 続け様に、レリアーレの口からも驚愕の声が漏れる。それも当然、彼女は強大なドラゴンの出現など予想だにしていなかったからだ。

 

 しかし……この場には唯一ドラゴンの出現を予見していた者が居た



「ハハハ……!! 遂に来たかぁあー! “飛竜種イグニス”!!」



 フルプレートの男——レノである。彼はドラゴンの姿を視界に捉えるや否や、ドラゴンの正式な個体名を強強と叫びを上げる。その態度は、ドラゴンの存在を彼が知っていた事が分かる。



「——アンタ!! コイツを知っているのか!?」

 


 思わずアインが疑問を投げ掛ける。これにレノは……



「ああ……知ってるさ。コイツは、エルダルート近郊に出没する飛竜——ここ【飛竜の住処】を根城とした大型個体の“ドラゴン”だよ!!」



 ドラゴンの情報をアインに対し投げ返した。飛竜種——個体名『イグニス』ここエル・ダルート近郊に出没し、【飛竜の棲家】の最新部を根城とする大型のドラゴンだという事実を……


 ただ、コレに激しく反応を示したのはアインではなく——


 

「ここを根城って——嘘よ! 私、そんな情報知らない!? ギルドの情報では……そんなコト……」



 レリアーレである。


 彼女は、ここを訪れる前、ギルドで依頼受注の際に【飛竜の棲家】の情報を集めていた。そして、その情報からは『大型個体の飛竜』の存在は“無い”とギルドから手渡された資料には記載されていた。

 今、まさに視界に捉えた“超常たる生物”は……資料との明らかなる“齟齬”に当たる。

 これは、ギルドとしての『大問題案件』に値する。何故ならギルドは正確な情報を冒険者に伝える義務があるからだ。

 よって、これらの観点が、疑念となりレリアーレの口から発せられた。


 しかし……これについても——



「アッハッハ……そんなの当たり前だろ! ギルドの情報は、俺が指示して偽造してあるからなぁあ——A級ともあろうお方が〜〜偽の情報を掴まされて——ップ……クハハ……傑作だな!!」



 激白した。そう、レリアーレに渡った情報は——レノによって、冒険者ギルドの手の掛かった者によって手渡された……即ち、偽の情報である。

 大型個体の竜——『飛竜イグニス』……この魔物の存在は、ギルドによって故意に秘匿されていたのだった。



「——ッ冒険者が、正しい情報を精査出来ないなんて……冒険者失格だよ! 飛竜イグニス(コイツ)の存在なんて、街で聴き込めば簡単に聴けたモノを……ギルドの情報を鵜呑みにしたレリアーレ(貴様)の失態だ! ハハハ……お前のせいで、自分だけじゃ無い…… アイン(仲間)の命だって危険に晒すことになる。もしもの場合……どう責任とるんだぁ〜〜あ? 神〜官〜ちゃ〜ん?」


「——ッ!!」



 レノはその事で、レリアーレを揺さぶる——今回、事の発端は彼女の持ち込んだ『依頼』にある。レノをそこへ追求し言葉で持って攻め立てた。

 元はと言えば、偽情報を故意に掴ませた“レノ”及び“ギルド”が尤もな『戦犯』ではあるが——例え、そうであったとしてもレノの揺さぶりは確実にレリアーレの心にダメージを与えている。

 突き付けられた真実に、レリアーレの表情が青ざめ、気が動転してか狼狽える姿が見受けられる。

 『自分の責任』——彼女の心には以上の文字が突き刺さっていたのだ。責任感の強いレリアーレの事だ。尚のこと深く心にダメージを与えた。


 だが……その時——



「——ッ! お前ーーー!! ふざけるな!! リアは悪くなんかない!!」


「……ッアイン?」



 アインは憤りと共に男に迫った。



「元はと言えば——お前が原因だろ! リアは、優しいやつなんだ。ダメな俺の為に、依頼を受けて持ってきてくれたんだ!! それを——ッ……」


「——ハッ!! それがどうした? 責任逃れか〜〜俺が悪いにしたって、情報収集を怠った事実は変わらんだろう——?」


「……ッ!! だ……だったら、その責任は俺が引き継ぐ——!! 彼女は俺の大切な人(仲間)だ!! 彼女の責任はパーティーメンバーの俺のものでもある。それで、良いだろうがーー!!」



 そうアインは心からの叫びを放った。大切な仲間を思って——

 

 

「——アイン……! ……グスン」


「リア心配するな——俺に任せろ!」


「うん……ありがとう……」



 レリアーレは瞳を潤ませ気落ちした様子であったが……アインに励まされて落ち着きを取り戻したみたいだ。

 そう、2人はいつでも一蓮托生の冒険者パーティー……ちょっとやそっとの揺さぶりで、希望を捨てる事なんてないのだ。



 だが、そんな一方で——



「そうかよ……つまらねぇ〜〜もっと失意の底に堕ちろよぉ……まぁ、お前らの気の持ち様なんて——どうでもいいんだけど……」



レノは興味の無さそうに一瞥した。



「それより、俺なんかにかまけてて良いのかぁあ? ほぉ〜ら——“来るぞ”?」

 


「「——ッ!?」」



その時、男の「来るぞ」の言葉と呼応するかのようにアイン達の眼の前から『轟音』が上がった。

 と同時——激しい地響きと砂煙が、この場に立つ3名に襲い来る。



 そして……



 視界不良の中——砂煙の中央より再び咆哮が響く——この起きた事象が証明することは即ち……



 今まさに——



——グアァーーーーーゥゥウウ!!!!



 超常たる生物の王者が、地に降り立った瞬間を……





 B級冒険者レノ——彼の『勝利条件』はまだ崩れていない。


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