恐怖で満たされた器に一滴の異物が入り込んだ
目の前の男は項垂れるだけでそこから動こうとしなかった。
このまま外に出るのは自分の本能、勘、理性以外の全てが危険だと語りかけてくるので出ることはやめた方がよさそうだ。
別の部屋を調べようと、入り口から入って正面の扉を調べると鍵が掛かっていた。
扉の横にはカードキーを通す装置が壁に埋め込まれており、此処を通るのは現状では無理そうだ。
入り口から入って左右の扉にはカードキーを通す装置はないのが遠目から見てもわかった。
正面入り口から入って左の部屋の扉に手をかけると、ドアが開く手応えを感じた。
ゆっくりと、慎重に、言い知れぬプレッシャーに潰されない様に静かに扉を開く。
扉の奥、部屋の中はコンクリートで囲まれた部屋だった。
中には大量の機械部品や壊れた車両があちこちに散乱しており、場所によっては一部通らなくなっている箇所もある。
その部屋の中央付近、壊れた車両を背にして血まみれで倒れている男がいた。
その男はキャンプ場で出会った山村透その人であった。
慌てて山村の元まで駆け出し声をかけながら肩を掴む。
「山村さんっ! 大丈夫ですか! 此処で何があったんですか!?」
「あ、貴方は……ほ、星野さ…ん?」
山村透は力無くそう言葉を落とす。
誰の目から見ても彼の状態が危険な物だと言うことが見てとれた。
「大丈夫です。 此処から脱出して病院に……いや! 今から救急車を!」
そう言いながらスマートフォンを取り出すが圏外になっており、連絡が出来なかった。
「星野さん……そこにいるんですか…?」
「っ!? い、います! 此処にいます! すぐに助けを呼びますから! だから!」
「い、妹を……ゆかりを、た…すけ、て……お、ねが……ます」
山村透はわずかに残った体力を絞り出す様にそう言った。
「はい! はい! 助けます! 助けますから! だから……だから!」
山村透が、自分の発言に返事をすることはもうなかった。
彼の体は裂傷の他に打撲痕が多数あり、一部の骨が折れて肉から飛び出ているものもあった。
そんな状態であったにも関わらず彼は妹の身を案じ続けたのだ。
彼のそんな意志を無視していられるほど自分は薄情ではいられなかった。
恐怖で満たされた器に一滴の異物が入り込んだ。
それは勇気かも知れない、それとも使命感だろうか? それが何であろうと、此処で彼の頼みを不意にすると言う選択肢はなかった。
私は知らなければならない。
彼らに何の咎があってこんな目に遭ったのかを、何故こんなことをしたのかを、私は知らなければならないのだ。