だれだって
それじゃあ、とジャンが声をひそめる。
「えっと、ひょっとして、その、彼女には、何か条件がありませんでしたか?」
「条件?ああ。セックスに関する?条件は、男が避妊することと、暴力的じゃないこと。それだけだって言ってた。いたって、普通のものよ。特殊な趣味のものじゃないわ」
「ふだんの生活で、何か気になるようなことは?何かを食べないとか、こうしないといけないと決めてたこととか」
「言ったでしょ?彼女、『解放』されたのよ。ようやく自由になった人間はそんなこと考えないわ」
「そうですね。ああ、バーノルドの森に行ったり、劇を観に行ったりは?中央劇場に」
「劇場?冗談でしょ。ドナはバスも電車も座っていられなかった。レストランだって限界は二十分。コース料理はとても無理ね。―― あの森にだって、行った事なんてないわ」
ひとりで何かを思い出すように窓のむこうをながめる女に礼をいい、立ち上がれば、ねえ、と呼び止められる。
「――― 本当に愛しあってたの。・・・あたし、彼女のこと恋人として、愛してたわ。ベッドでセックスしないで母親みたいに抱きしめてるだけでも、それでよかった。ドナがあんまりしたくないのはわかってたし、心がつながってるのが感じられるからって・・・。それで良かったの。それで、あたしたち、愛し合ってたのよ。・・・・彼女の生活は、とてもほめられたもんじゃないし、不器用だけど、・・・彼女なりのやり方で、自分の生き方を、みつけようとしていたところなの。自由になって、『生まれて』、初めて、自分を楽しませていいって、思えていたのよ。 ―― そりゃ、たったひとりの家族のことは嫌いだったかもしれないけど・・・でも、それって、いけないことかしら?あたしが彼女なら、その家族にも、自分にも、もっとひどいことをしてると思う。・・・彼女、 ――― あんな死に方をすべきじゃないわ」
みあげてくる女の瞳が、水をたたえている。
「―― そうです。だれだって、あんな死に方をすべきじゃない」
ルイの答えに瞬きをした眼が、ひとすじの水をこぼした。




