解放 (ドナの恋人の証言)
「息が詰まって死んじゃうって言ってたわ」
むこうが指定したレストランの席で、向かいの女は、ジャンとルイに首をかたむけてみせた。
姉との暮らしをひとことで、ドナはそう言い表していた、とお茶を飲む。
「・・・あんまり昔の話はしなかったわ。暗くて思い出したくない時代だって自分で言って顔をしかめてた。―― 職場での彼女は、ほら、なんていうか、そういうのが似合わないほど華やかだったから」
「『華やか』?」
いくぶん、意地の悪い響きでルイが聞きかえす。
九年前の、当時の捜査報告をふまえてのこの会談だ。
女のほうも、どんなことを警官にはなしたのか覚えているだろう。
目線だけあげた女は、お茶のカップをゆっくりもどしながら、そうね、と認めた。
「たしかに、ちょっと違うかもしれない。でも、あなたが今もってる偏見は捨ててほしいわね。・・・とにかく彼女は、いろんな意味で注意を引く存在だった」
「派手だったってこと?」
静かなジャンの声に、考えながら女はうなずく。
「美人だし明るいし、普通にしていても注目されるわ。そのうえ仕事もできるとなれば、いやでもみんな、彼女を意識することになる。なのに、平然と《あんなこと》もする」
「あなたは、どう思ってました?」
意識して出された問に、女はカップをみつめ、微笑んだ。
「きらいだった。――― だから、はっきりそう言ってやった。知ってるんでしょ?それで友達になったの。ロッカールームでつかみあいの大ゲンカ。おかげで、あたしまで、注目の人よ」
大ゲンカを目撃された一週間後には、仲良く昼食をとる二人が目撃された。
「―― ドナは、あたしが、・・・ううん。みんなが思ってるような、穏やかなお嬢様なんかじゃなかった。彼女は子どものころから、自分の存在自体にうしろめたさを持たなくちゃならないひどい環境で育ってた。 息をすることさえ、『姉』に感謝しなくちゃいけないと思い込まされて生きてきた。・・・自分が本当に『生まれた』のは、家を出たあとだって、笑ってた」
「開放感を楽しんでいた?」
「『感』じゃないわ。ようやく『解放』されたのよ。―― それでも、家に帰れば電話の留守録音に長々と姉さんの声がはいってる。ほとんど再生したことないって笑って、あたしに、『手紙』のことをもちかけた」
「『代筆』するってはなしですね?」
女は赤い唇を横にひっぱるようにした。笑ったつもりかもしれない。




