怒り
「寒ければ薪をたき、暑ければ薄着になって風を通せばしのげるのです。そのように人間は『神様』につくられているのです」
ご存じでした?と血色のよくない顔がむけられる。
むりだよ、と笑うようにかえしたウィルのそれに、女の顔が変わった。
「―― この世の中に、本当に必要なものは少ししかないのです。・・・人間はどんどん欲深く、『神様』の教えを自分たちの都合で変えてきた。『神様』は人間に何も望みはしません。これをしろ、あれをよこせ、などというのは本当は『神様』の言葉ではないのに、それをしなければ『神様』は人間になにもしてくれないと勝手につくりだした 『 取引 』 です。そうして、―― そんな『取引』が、『神様』とのやり取りだと錯覚するようになった。そこにつけこんだ、おかしな宗教が乱立する。だから『神』がお怒りになったのです」
つりあがった女の目を見つめ返し、怒り?と二コルは眉を寄せる。
「―― ケイトは、・・・『教会に描く絵を習うためだ』と言って、あの学校に入ったのです。わたくしたちのお世話になる教会の壁画がひどく荒れてしまって、聖父様も困っておられました。それならば、小さいころから絵を描くのが好きな、うちの娘に描かせていただけないかと、頼んだのです」
赤ん坊のときからお世話になっている教会に、恩返しのために
「この話をしたら、ケイトは自信がないと言いました。正式な壁画の描き方も知らないし、普通の絵とは違い、勉強しなければならないものだと。たしかに、もし、ケイトがおかしな絵を描いてしまったら、教会にもご迷惑になると思いました」
なので、ケイトが絵の学校に入り、専門的な技術を学んでから、壁画にかかろうということになった。ところが ―――
「・・・あの学校に入ってから、ケイトは、わたくしのいうこともきかず、おかしくなっていきました」
どこから手に入れるのか、服が派手な色合いの下品なデザインなものになり、やたらと顔にぬりたくる化粧をほどこし、質素で地味な生活を、馬鹿にするようになっていった。
「・・・あの子の、やさしかった絵はどこにもなく、いやな色の、おかしな絵ばかりになってしまいました。しかも、その絵が売れると言って、奨学金で借りたお金を早々に返し、自分の好きなようにするなんて言い出すしまつで・・・」
結局、教会の壁画のはなしは、ほかの人間へと。
自分の娘の話をゆっくりと語る女は、悲しいようにはみえなかった。その、赤く怒りを抑えたような顔を、ザックはじっと眺める。
「あの子は、――― わたくしの言葉には耳を貸さなかった。・・・ケイトは、あの教会で、『神様』のおしえを守り続けるという誓いを立てた子です。なのに、次々に『取引』し、神を裏切り続け、最後には、教会のことさえ悪しざまにののしるようになってしまった。―― ああ、『神』よ、母親の務めを果たせなかったわたくしをどうかおゆるしください!あの子があんな最後を迎えることになってしまったのは、わたくしの責任です!」
はげしく泣き出した女に、二コルがやさしくなぐさめの言葉をかけた。
取り乱したのをわびた女は、絵が置いてある屋根裏と娘の部屋に入って好きなように探し物をするようにと、二階へ続く階段を示した。




