夢のない国
代表してジャンが手をあげた。
「えっと、・・・それって、有名な芝居?」
「うん、ミュージカルだけど。・・・って、みんな知らない?もう、十年ぐらい続いてると思うよ。そうだ、マリアとも観に行ったし」
「え?おふくろと?まあ、今はそれはいい。そんなに長いことやってる芝居なら、きっと、ずっとオーディションし続けてるよな?」
ジャンの興奮したような質問に、レイは首をかしげる。
「してるだろうけど、・・・でも、歌と踊りがメインのお芝居だから、ダンスのうまい俳優しか出られないみたい。主演はね、看板の女優さんが二人、交代でやってるよ。彼女達の代表作になってるし、演出家はこの二人じゃないとできないって公言してるみたいだし」
「ザック!彼女の受けたオーディションの一覧があるはずだ」
「今さがしてるよ!」
端末をいじるが、『女王のダンス』なんて芝居はなかった。
受けてないか、とジャンが残念そうに力を抜くが、どういう話だ?とケンが劇の筋を知りたがる。
「うーんと、ひとことで言うとね、妖精の国の女王をきめるお話だよ。 ―― たくさんのお妃候補を王様が集める」
「なんだ?『妖精の国』でもオーディションか」
ケンが皮肉な笑みでつぶやく。
「もしかしてその芝居の中で、絵描きとか看護士とか音楽やってる女達が選ばれたりするか?」
あまり期待もこめずにジャンが飲みかけのビールを振る。
そんな筋書きならば、いまごろとっくに有名になっているだろう。
そういう職種の女性はいなかったなあ、とレイのまじめなこたえに、ケンが笑う。
「まあ、『妖精』がそんな仕事するわけないよな。花のミツでも食べて暮らしてるんだろ?」
いくぶんばかにしたそれに、レイが指をたてる。
「それがね、妖精もけっこう大変なんだよ。王様はわがままな暴君で有名で、自分の富をみんなに分け与えようとはしない。力はあっても人気はないんだよね。妖精たちの間にも、富と権力の差があるのが当然っていう設定なんだよ。・・・だから、女王に選ばれれば、同属の妖精も恩恵にあずかれるんじゃないかって、どの妖精も自分と同属の娘を必死に推す。 ―― 王様は王様で、自分の分身である《道化師》をつかってあちこちから気に入りの女性をさがしだす。 そこに妖精同士の争いとか罠とか入り乱れるし、王様はかなり強引な手をつかってその女性たちを手元に集める。 結婚してても関係なく、夫のもとからひきはがすように連れ出しちゃうんだ」
「・・そりゃずいぶん、いやな『妖精の国』だな・・・」
ジャンの感想に、ザックも、夢のねえ国、と首を振る。




