『恋人』のはなし
憧れてめざした場所が、想像よりもさらにいい場所だなんて、ほんとうに自分はついているな、といまさらながらに思う。
さらには、ここに入ってすぐに片付けることになった『仕事』のおかげで、憧れた班長、《バート》は、(想像とはすこし違ったが)噂よりもずっとすごい男だということも確認した。
その男の、『恋人』のはなしである。
「で?どういう女?」
ザックは話を戻すことを、忘れない。
『好奇心いっぱい』という顔で椅子から身を乗り出し、他の班員を見回した。
「『どういう』って?」
ザックの右隣、自慢の金髪を撫でるよう、いつものしぐさでウィルが聞き返す。
「どうって、こう、イケてる、とか、ちょっと違う方向で、家庭的、とか。あ、もちろん顔とプロポーション!そっちを先に聞きたい!」
新人らしく若者特有の好奇心を主張するように、目を輝かせてウィルにつめよる。
「プロポーションっていわれてもなあ・・・ぼく、興味ないからなあ・・」
「うっそ!?マジっ?ウィルって意外と中身だけみる男?そんなことないだろ!?」
「おいおい、たしかにウィルは外見も重視する男だけど、お前の発言は女性に対して失礼だぞ」
ザックの向かいに座った大柄な男は、口を曲げて指をさす。指された若者は当然だろう?と指を差し返す。
「二コルはあんな美人を奥さんにしてんだから黙っててくれよ。ターニャが完璧だってのはもうさんざん聞かされてるし実際知ってるよ。でも、あんたのとこは『美女と野獣』で例外すぎるから、こういう話しにはいる資格はない」
二コルは肩をすくめ、野獣って誰だい?と眼を丸くしてみせる。
「野獣っていうか、サーカスのライオンだぜ。ターニャの声の上げ下げだけで、ウロウロするニコルが見られる」
ニコルの隣、まだ学生のような雰囲気の黒髪短髪の男の発言に、爆笑がおこる。
「ほお?―― ケン、・・・おまえ、このまえうちのソファに穴をあけだろう?おれは優しいからターニャに黙ってやってるが」
「言ったよ。ちゃんと正直に。彼女は気にするなって言ってたぜ?それに、あれのおわびとして旅行をプレゼントすることにした」
「はあ!?そんなの初耳だぞ」
二人のやり取りにザックの左側から、ルイが「ああ、言い忘れてた」とのんびりわりこむ。
「ほら。おれとケンで穴をあけたようなもんだからさ。二人で反省したんだ。それに、あんたんとこでうまい夕飯食べさせてもらうことも多いし。―― で、そのお礼も兼ねて、旅行会社でチケットをとったわけ。 事前にターニャに聞いたら、ニコルと行くと、絶対にジャングルとか砂漠とかが入って冒険旅行になるんで、友達と普通の観光名所めぐりがしたいっていうから、二人分とったよ」
「ちょっと待てよ、おれは聞いてないぞ?」
「だから、女友達と行くって。で、・・・このことはおれが二コルに伝えておくから何も言わないでいいって言って、今までうっかり忘れてた。はは。まあ、いま伝えたからいいだろ?」
「・・・ルイ、おまえ絶対わざとだろ?」
「だって、一緒に行けない旅行のことなんて知ったら、一気に元気なくなるだろ?そんなめんどくさい二コル、みんな嫌だと思ったから、もう少しあとに話そうかと思ってたんだ」
ルイの言葉にみんながにやけながらうなずく。
おまえらなあ、とニコルが反論しようとしたところで、運転席にジャンが乗り込みドアを閉める。
さっそく運転席との仕切り板をすべらせて二コルが前の席に「おい聞いてくれよ」と情けない声をだしたとき、「それより、バートの恋人のはなし!」とザックが思い出したようにさけんだ。




