一定のライン (エミリーの恋人の証言)
目的地は中央劇場に続く主要道路沿いのレストランだった。
高級感の漂うそこに、相手の男が先にいた。
こんどみつかった頭のない遺体、エミリー・フィンチの恋人だ。
二人が案内されてゆくのに気付き、立ち上がって手を差し出した男は、ザックの予想とかなり違っていたため、思わずじっくり見てしまう。
ジャンが身分証をだし、確認してうなずく男が手で椅子をしめす。腰かけると何か飲むかとたずね、ジャンが首をふると、すぐに自己紹介をはしめた。
自分が、元役人だということをいやに強調し、こちらがただうなずくのをもの足りなさそうに見ながら話しははじまった。
「―― 彼女は、やさしくて、まじめで、努力家だった・・・」
コーヒーに口をつけ、その液体に、うちあけるようささやく。
何かを言いたそうなザックを横目でみたジャンが、そっと首をふる。
なにしろ、エミリーは二十一歳。目の前でその彼女を語る恋人は、どう見ても六十歳すぎ。
「初めて会ったのは、中央劇場だった。忘れもしない。一年と七か月前だ。目に飛び込んできた彼女の美しさは、本物の《光》をはなっていた。安物のドレスだろうと、模造のアクセサリーだろうと、そんなものは関係ないほどだ。 そのとき連れていた女が彼女の服装にひどくケチをつけたが、―― ひとめぼれ、だった」
「美人で、若い彼女にね」
ちいさなザックのつぶやきに、男は不快げにいちべつをくれ、ジャンはうつむいて口元を隠した。
「そうだ。美人で若く、純粋だった。わたしはこんな歳だが、知識と経験はある。お互いにないものに惹かれあったんだ」
男は妻を亡くし三十年以上。金も地位もあり、女には不自由したことはないが、恋をしたことはなかった、と言った。
「―― 彼女に会うまでは」
「なるほど。それで、すぐに捜索依頼を?どこか遊びに行ってるとは考えなかったんですか?」
ジャンの質問に男はすぐに、ない、と答える。
「彼女は俳優をめざし、自分の稼いだ金だけで生活してた。俳優学校にゆく支援も断られたし、オーディションの主催者にわたしが口をきいてあげようといっても断られた。わたしが、なにがしかの援助をしたら、この関係を終わりにする、と告げられた」
「そりゃまた、・・・ずいぶんとまじめな」
「そう。彼女をひとことで表すなら、《まじめ》だ。わたしからの金も受け取らないし、手配したアパートメントにも移らなかった。いっしょにとる食事の代金だけだ。わたしが彼女の為に出せたのは。―― それに、自分で決めたラインがあって、それをこえるのは悪いと思っていたふしがある。なにか・・・新しい宗教の信者ではないかと思っていたよ」
「宗教?」
「嗜好に、一定のラインがあった」
「たとえば?」
「食べ物もそうだが、セックスに決めごとがあった」
「・・・えっと・・」
「体位は制限されていたし、回数も限られていた。わたしを気持ちよくはさせてくれるが、彼女とつながることはほとんどゆるされなかった」
「理由は?」
「『許されない』というだけだ。『ごめんなさい』としか言わない。妊娠が心配なら配慮しようと言ったら、そういうことではないと、悲しそうな顔をするので、もしかして、信仰上の理由かとやさしく聞くと『神様に見られているから』と言った。―― わたしの信じている宗教ではそんなことありえないから、彼女はなにか独特な宗教の信者なのだろうと思った。その代り、するときは情熱的で、モノがふやけるほどシてくれる。だから、それ以上それに関して二人で話したことはない」




