ついに きょう
ゆうべのシートの上の、黒いドレスをきた、頭のない遺体をザックは思い出し、唾をのみくだす。
今度の発見で、『バーノルドの森事件』は、五度目だ。
森で見つかる『頭部』は毎回ミイラのようにひからびており、生前の面影をどこにもみいだせない。遺族との対面は、残りの遺体の発見をどんなにのぞんでいた遺族にとっても、ひどい悲しみをよびさますものにしかならない。
この事件の三度目の遺体発見時に、その周期に気づいた新聞各社に、《三年ごとの恐怖》と大きく特集されて書かれたため、それ以降何もできない警察に対する非難は、年々高まっている。
「―― まずは、彼女が失踪したときの『報告』。友達の家に泊まるって連絡をしてて、親は安心してた。実際、その友達の家に何度か泊まっているし、当日も彼女をふくめ何人か集まった『お泊り会』だった」
「だけど、彼女だけ、抜けた?」
ジャンの説明に、ルイが質問を挟む。
ありがちだね、とウィルが前髪をかきあげた。
「まあ、べつに未成年じゃないしね。家族が口うるさい十代の女の子の、ちょっとした冒険ってやつだよね。べつに悪いことじゃないけど、結果が最悪だった」
ウィルの言葉にうなずいたジャンは続ける。
「今わかってる重要なことは、彼女は当時、《正体不明の男》と付き合っていたってことだ。隠してたらしいが、あまりに彼女の様子が変わったので、友達がしつこく聞き出してようやく判明。家族には『ばれそうだがまだ話していない』っていう秘密の話だ。で、詮索好きな友達が、その後もしつこく聞きだそうとしたが、『彼との約束だから言えない』と、はぐらかされた」
どう思う?とジャンが指を立てたのに、ニコルが答える。
「そりゃたぶん、普通の学生が付き合う相手じゃなかったんだ。彼女は中流階級の世間知らずなお嬢さんだ。家族や友達に紹介できない、ちょっとブっ飛んだ遊び上手か、はたまた女房持ちの年上か。どちらにしろ、自分たちの付き合いを隠すことによって、この恋愛は二人だけの秘密で特別だ、なんて思い込ますことのできる相手。―― か、・・・または、」
「脅されて、口止めされていたか、だな。・・・だが、」ひきとったジャンはしかめた眉根を指でつつく。
「・・・それだと、しっくりしない。《お泊り会》の会場提供の子の話では、抜けだして恋人に会いにいくって計画をナタリに打ち明けられたとき、彼女はその『男』に会うのを楽しみで待ちきれない様子だったらしい。ちょっと意地悪して計画に協力するのを一回断ったら、しかたなくって感じで男にかんするいくつかの情報をこぼしたそうだ」
ルイが感心したように、女性は若い時から取引上手だからね、と組んだ手の甲に顎をのせた。
片手をあげて笑ったジャンが同意を示し、資料にある言葉を並べる。
「彼と会ったことはまだ『数回』しかない。相手は『物静か』で、ときたま『情熱的』。『知識が深く』自分が知らないことを『やさしく教えてくれる』そうだ」
ひゅう、と口を鳴らしたウィルが、なかなか大人な恋愛かもね、と他をみまわす。
誰も相手にせずに、ニコルが腕を組みなおして、ジャンに意見を返す。
「なんていうか・・・きっとそういうのを夢見てたんだろう?なにしろ相手と数回しか会った事ことがないんじゃ」
ニコルの横でうなずいたルイが補足するように言った。
「もしくはその数回で、『情熱的』で、『優しく教えてくれる』セックスをしてたってことじゃないのかな?だから、『楽しみで待ちきれない』とか。十代だしね」
ルイの意見にジャンは軽く手を振った。
「おれもそう思ったけど、一番仲のよかった友達が言うには、その男とは、『まだやってない』ってことだ。女の勘とかいうやつらしい。で、その友達が思ったのは、彼女がお泊り会を抜けて彼のもとへ行くのは、今日こそ『やる』つもりだったんだろうってことだ」
その答えにニコルが憂いをおびた息をもらし、それをウィルが笑う。
仕切りなおすようにジャンが手をふっていう。
「―― とにかく、ナタリがその日泊まるはずだった家から抜けだすとき、こぼしていった言葉はそこにいた他の友達みんなもきいてる。―― 『ついに今日なのよ』って」
ついに、きょうなのよ!!ついに!!




