きいてた?
いつものようにうすぐらい木々の間をさまよっていると、女のすんだ声が聞こえてきた。
「―― 道からはずれると、楽器の練習とかしてる人に会ったりするんで、またそれかなと思って、ちょっと見に行ったんです。きれいな声だったし。・・・でも近寄って聞くと、聞いたことのない言葉で、音程もあるようなないような、―― あ、ちょっと聖歌に似てるかもって思いながら、声をかけちゃいました」
こちらが戸惑うほ驚いて振り返った女に謝りながら、自分はあやしい人間ではないと学生証を提示すると、笑いながらむこうも学生証を出したと言う。
「有名な音楽大だったから、すごいなと思って、ちょっと話しました」
「なるほど。そりゃきみ、りっぱなナンパでしょ。で?話したこと覚えてる?」
ウィルの質問に困った顔のまま、記憶をさぐる。
「えっと、・・・たぶん学校の話と、音楽活動をしてるって。バンドの名前は忘れました。それと、―― 今のを聞いていたかって・・・」
――― 今の、わたしの『うた』を、あなた聴いてた?
とっさに、青年は答えた。
――― ちょっとだけきこえたけど、あれって『うた』だったのかい?
きみ、音大なのに音痴なんだね
「 なんだかわかんないですけど、ちゃんときいてたって言わない方がいいような気がして・・・」
青年の答えに、よかった、とその女はわらった。
――― もしあなたがさっき、今のはなんですか?って声をかけてきてたら、わたし、あなたの爪を剥いで持って帰らなくちゃならなかったわ
 




