まっすぐめざした
「なるほどね。なかなか劇的だ。彼は、ひとめで恋に落ちたと言っていました」
ジャンのことばに何度もうなずく。
「ながめていてもわかりましたよ。なにしろ、一緒にここまできたパートナーに先に入っているよう手で示して、パートナーの女性が大きな声で非難すると、しかたなさそうに了解をしめしながら、小銭とは違うものを彼女に渡しましたから」
へえ、と思わずもらしたジャンにハドソンは芝居がかったようにうなずいて、続ける。
「開演の時間になっても、彼女は中にはいらず、バッグをさわりながら待っていました」
なぜだと思います?という質問にウィルがさらりと、男が出てくるのがわかってたから、とこたえる。
ハドソンは短い指をたてた。
「そうです。さきほど彼が彼女に渡したのは、鍵だったのですよ」
出てきた男は柱のそばに立つ女を見つけ、『もしやあなた、わたしの落し物を知りませんか?』と、離れたハドソンにも聞こえるほどの声できいた。
「彼女は、先ほど彼から受け取った鍵をみせ、彼は両手を広げ歩み寄りながら『これは、お礼をせねば』と芝居がかって言いました。そうして彼と彼女は、そのまま劇場の外へと消えた。というしだいです」
「つまり、彼女は芝居をみるためでなく、《誰かの目にとまるために》劇場にやってきて、思い通りになったわけですね?」
「そうとしか思えません。だって、せっかくこの劇場にきたのに肝心の芝居を観ないで帰るなんて」
ハドソンの断言に、警備官たちは心の中で首をひねった。周りの証言や、残されたものを調べれば、恋人に会う前のエミリーは、必死で役者をめざしていたはずだ。
「しかし、あれはどうやったのかなあ・・・・」
短い腕をくんでハドソンは目をとじた。
「すごかったですよ。こんなふうにね、落ちた硬貨が、つううっと、一人を目指すように転がっていったんですよ。まさしく『運命的な出会い』をするため、まっすぐに、彼だけめざしてね」
彼女がほんとうは誰に狙いをつけて来ていたのかは知らないが、大物をいとめましたな、と笑った男は再度腕時計に目をやり、ウィルの手を取って、お父様には本当に感謝しております、と必死に伝えたあとに、なにかご用がありましたら事務所にお寄りください、と足早に去った。




