芝居のような
ハドソンはなぜか声をひそめた。
「ここの関係者ならみな知ってることです。三部作すべてノース卿の案ですよ。いわば、ローランドは案をききながら、字に起こすのが仕事だったんです」
「で、なんであの、ローランドを選んだんだ?」
納得がいかないようなニコルに、「彼のノートを拾ったというのですから運命のようなものを感じたのかもしれませんな」と早口で言った。
腕時計をみてから、足早に寄った棚から箱をひとつ取り出すと、中から大判型の本をとりだした。
「これが、鑑賞券の受け取り確認証です。日付順になっています」
礼を言ったジャンが思いついたように「この女性を見たことは?」と手にした端末に、エミリー・フィンチの写真を表示してむける。
一年七か月前のここに、『ねじれた椅子』という芝居を観に来たことがきっかけで、彼女は歳のはなれた恋人に出会ったのだ。
しばらく写真を見つめた男が、ううん、と肯定でも否定でもない声で、たるんだ顎をなでた。
「なんといえば・・・―― この女性を、鑑賞券引き換えでみたことはありませんが、・・・劇場内でみたことはあります。そう、あれは、・・・あの出来事じたいが、芝居のようでした・・・」
ハドソンが口にした日付は、まさしくエミリーの部屋からみつけたチケットの上演日で、彼は、エミリーがどうやって恋人と出会ったのか知っていると言った。
「・・・じつは、彼女がずっと気になって見ていたのですよ」
そういって話しだしたのは、出来の悪い芝居のような出来事だった。
「 ―― あの日の夜の部は、かなり混みあっていましてね。しかも、上流階級の方たちが多かったのです。その中で、こう言ってはかわいそうですが、彼女の格好は浮いていました。顔をみた記憶がなかったので、誰かに贈られたチケットできたのだと思い、その相手が来るのかと思いましたが、現れそうもない。そこで、思い当たりました。―― ときどき、いらっしゃるのですよ。ここにくれば、誰かの目にとまってスカウトされるのではないかと、かんがえる方が」
エミリーは、いつまでも会場に入ろうとせず、ボックス席や特別顧客が開演を待つ『待合室』近くの柱に沿うように立っていた。
開演時刻がせまり、待合室の中から人がでてきたとき、彼女は、手にしたバッグを、《こぼした》という。
「あれは、演技だったのかな? わかりませんが、バッグの中身がそこらに転がり出ました。小銭が音をたてて転がり、中には笑いながら通り過ぎる人たちもありました。そんななか、足元に転がってきた一枚を拾って渡したのが、あの方でした」元文化省の有名な方ですよ、と恋人になった男の名をあげた。




