別格
部屋を囲んでいたカーテンがすべて開かれて現れたのは、壁一面の書物と、奥に隠れていた『舞台』だった。入り口よりも高い位置につくられたそこは半円状で、棚のある場所から舞台にのぼれるように、これまた半円状の白い階段がつけられている。
「芝居で使われた衣装や小道具たち。そしてこのすばらしい棚と、壁にある我が国の芝居に関する貴重な資料ともよべる古書たち。 これらすべて、あの、ハロルド・デ・ノース卿からの寄贈になります」
舞台へと続く階段を数段のぼったハドソンは、勝ち誇ったように部屋の中をしめした。
「この部屋は劇場の中でいちばん日当たりも悪くて湿っぽい場所ですが、ノース卿たってのご希望で寄贈していただいたものを保管するための倉庫になりました」
室温も湿度も完璧に保たれていますというのに警備官三人は視線だけ交わし、代表してニコルが感心した声をだす。
「へえなるほどな。この劇場の設立に、いろんな貴族がかなり寄付をしたってきいたけど、ノース卿は『別格』なわけだ」
うなずいたハドソンは「ノース卿によると、ここでは『大変大事』なことをしていたらしいんです。ほら、あの一族は昔『神官』だったていうでしょう?でね、ノース卿はご先祖もたぶんかかわっているこの場所を大事に思い、劇場の設計のほうにも少しかかわったらしいですよ。そのうえで、ここでこ演じられる芝居に役に立つかもしれないと、寄贈もしてくださったんです」
「へえ。そんなに『ここ』に関わってるとはね・・・」
首をふったウィルが、まあ、文化遺産に自分の名を残すのは名誉だと思ってるからね、と少しのわらいをふくんだ言葉をたすと、「ノース卿は違います」と断言が返る。
ハドソンは、いきなり舞台の真ん中へ走ると、両腕をひろげ、よく通る声を響かせた。
「 『月』と話すのだ!われらのこの先を決めゆくあの、青い光をはなつものと! 」
あっけにとられた警備官三人は、とりあえず、おそらく本人はかっこよく決めたであろうその姿勢をしばし眺めた。
「・・・あれ?ご存じなかったですかね・・」
視線に気づき、照れた顔をみせた販売部の責任者は、ローランド三部作の冒険劇のせりふだと説明した。
三部作?と眉をよせたジャンに、「一部のファンはそうよんでいるんですよ」あんなふうに捕まっちゃいましたが、とさびしそうに笑う。
「・・・よく知ってるな。ローランドのことは新聞にものってないはずだけど」
ローランドのパーティーに警察が突入したことは、新聞はもとより、ラジオのニュースにだって取り上げられていない。
「演劇関係のメッセージページに、一瞬ですがローランド逮捕のいくつかの情報がのりました」すぐに消去されたが、と付け足し、残念ですな、と、本当に残念そうに目をとじ、舞台をおりた。
どうやらローランドと一緒に捕まった人間に関しては、興味はないらしい。
「彼の作品は、どれも『月』が出てきます。その作品を後押ししたノース卿は、自分のご先祖が昔ここで、『月』を相手に会話をする『神官』だったと言っていました。どうです?あの人はこの劇場を愛するあまり、自分で作家を見つけて、ここにそのすばらしい芝居を残したのですよ。失礼ながら、お金だけを寄付なさった方々とは『別格』です」
鼻息も荒く説明するハドソンに、ウィルが「お金だけでごめんね」とつぶやくのに、この人サウス卿の息子でね、と二コルが説明する。
数秒の間をとって自分の口を両手でふさぎ、しどろもどろ謝りだした男に、ウィルは手をふって話をもどした。
「じゃあ、ノース卿は、自分の先祖をだすために、芝居を作ったってこと?」
「い、いえいえ、ちがいますよ。三部作にも共通するのは『神官』ではなく、あくまで『月』ですから。『月』にちなんだ作品をローランドに書かせたっていうことですな」
「『書かせた』って?・・・もしかして・・」




