天寿をまっとう
「きっとそうだろうと、勝手に思っていただけです。―― 彼女の姿を学校でみかけなくなり、しばらくしたころ、わたくしの家に、小包が届きました。小さな、スケッチブックに描かれた美しい水彩画でした・・・。差し出し人の名前も住所もなく、郵便のスタンプもありませんでしたので、直接いれられたのかもしれません。あのタッチは、入学当初のナタリの絵に戻ったような、のびやかなものでした。そこで、せめてお礼を伝えねば、と、代理人であった交渉人に連絡をいれたのですが・・・・」
そこでとまった言葉に片眉をあげたザックが催促した。
「いれて、どうしたんだよ?まさかそのときもう死んでたとか?」
資料には、代理人の死亡日もなく、死因も書き込まれていない。
『資料』とも呼べないものだった。
きびしい顔になった老人は指を立てた。
「『死んでた』と表現するのは、いささか足りないほどですな。―― わたくしが電話をいれた朝の数時間前に、彼は自分の体と自分の仕事場に石油をまき、火をつけました。 彼自身はもちろん、仕事関係の書類すべても燃えつき、ケイトのパトロンにたどり着けるものは、何も残っていませんでした」
ぽかんと口をあけたザックにかわり、ため息をついたルイが、電話をした日付を老人に確認する。
そのとき、ふらりと寄ってきたケンに、老人が顔をあげた。
「あなたは、ずいぶんと絵がお好きなようだ。よろしければケイトの最後の作品を、ご覧になりますか?」
つまらなさそうな顔が、にやりと、楽しいものを見つけた顔になる。
「そりゃもちろん。―― ちなみにあんた、そのケイトの絵の存在、誰かにしゃべったことは?」
老人はポケットチーフを直しながらこたえる。
「わたくしは、天寿をまっとうするつもりでおりますので、今日までだれにも」
ザックが心から感心したように拍手した。




