№26 ― 絵の値段
№26
ルイが、珍しくとまどい、もう一度聞き返した。
「えっと、・・・それは、こちらでつけた?」
値段の桁を聞き間違えたかと思ったのだ。
「いいえ、とんでもない」
相手は顔中のシワを深めて笑い、手を振った。
「なにしろ、学生の絵ですからな。ふつうは、これからだいぶ先を見越しての『投資』と、多少の寄付と思っての値をつけるものですが、・・・ここまでの値をつけてくるとは、こちらは正直戸惑いました」
ケイト・モンデルの絵につけられた値段のゼロの数を数え、そりゃそうだ、とルイはザックと顔を合わせる。
ケンは興味なさそうに、むこうの壁にかけられた大きな油絵を眺めている。
三人で、ようやくおりた許可によってケイトが通っていた絵の専門学校に、彼女の絵の売り先を『掘り当て』に来ていた。
事件当時も警察官の相手をしたという学生生活課という部署の男は、どうやらこの学校の事務方全般を把握しているようで、仕立ての良いスーツに、太いべっこうぶちの眼鏡をかけ、もうかなりいい歳なのだろうが、記憶はしっかりとしており、学校が買い取った生徒の作品はすべて覚えているとまで、豪語した。
つまり、とルイが話をまとめる。
「学校は、《仲買人》てことですね?お客は、生徒の作品をみて気に入ったものがあれば、学校に連絡する。それで学校は、その生徒から直接絵を買い付ける」
「さようです。この学校の画廊は常に無料で開放されておりますし、近頃はPCのほうにもページをもうけてありますので」
「で、そのPCページでケイト・モンデルの絵を認めて『先行投資』してきた人が、そのばかげた値段ですべて彼女の絵を引き取って行ったと?」
「そう。引き取りにこられた代理人がしめした条件付きで、ということです」
「それがさっきのですか?」
「ええ。先ほども申し上げましたが、それらの絵を写真で残したり、下描きや、その他の資料を残すことは禁じられました。権利すべても買い取りたいというのでしょう。代金の八割は、きっちり彼女へ支払うこと。学校の取り分は二割でしたが、それでじゅうぶんでしたな。 それと、封筒を彼女へ渡すように預かりました」
「・・・どんな封筒ですか?もしかして、上質な紙で、封が蝋でとめられているような?」
「いえ、まったく普通の茶色い封筒で、のりでとめられておりました。―― 興奮した彼女がその場で破いて中を見ていましたが、どうやら直接会おうということが書いてあったようです。わたくしも、―― 長年この学校の事務をしてきたので、その世界のことも多少わかっておりますからな、忠告いたしました」
「何をです?」
「―― 世の中には、才能ある若いひとを思いのままにするために、このように大金を使う男もいると。―― いわゆる『パトロン』というやつです。たしかに彼女の才能も認めてはいるのでしょうが、それは他の関係も求められるのを覚悟しないとなりません」
ザックが何かいいたげに口をひらいたのを制し、ルイは続けた。
「その忠告に、ケイトはなんとこたえましたか?」
「『わかってる』と笑いました。彼女は、学費の支払いが遅れていました。それを支払えるのなら、多少のことは我慢すると笑いました。―― 若い女性がそんなに軽く考えるのはどうかとさとすと、なら学費をタダにしてくれるのかと聞き返されたので、それ以上は何も言えなくなりました」
「なるほど。ちなみに、彼女はいなくなる前に、絵の購入者に会ったと思いますか?」
「思います。なにしろ彼女の絵はすべてそのパトロンが買い取り、ここの学費を払いおさめた彼女はすべての絵を持って、どこかへ行ってしまったのですから」
その言葉に、引っ掛かった。
「それは・・・ちょっと、なんだか気になる表現ですね。彼女は『行方不明』になったんですよね?」
そして、あの事件に巻き込まれた。




