№24 ― 中央劇場(ニコル夫妻)
№24
二コルはつけなれないボウタイを緩めるように襟に指をかけ、何度か来たことのあるその場を見回す。
「―― こんなに、混むもんだったか?」
年季の入った赤いじゅうたんが敷き詰められた待合室。
開演前の一服を楽しむ人間がひしめき合うそこで、シャンパンを飲み干した夫の言葉に、隣の妻が笑った。
「ニコル・・・いかに今までのあなたが、半分眠った状態だったかってことね」
「いや、べつに眠ってたわけじゃなくてだな、」
それは本当だ。
彼はいつも、妻のターニャにだけ、細心の注意をはらい、魅了されているので、周りが見えていないだけなのだ。
それをよく知る妻は、言い訳をする夫の頬にキスをして腰に回された大きな手をなでる。
「中央劇場はこの街の目玉商品よ?混んでてあたりまえでしょ?それに、ここで上演されるお芝居は《いいもの》ばかりでハズレがないって、みんな知ってるのよ」
ハズレってあるのか?と聞く夫に、妻はゆっくりと優しく教える。
「そりゃあるわ。あちこちの小さな劇場ではよくあることよ。―― でも、この中央劇場で上演されるものは、脚本から装置から音楽まで、ぞくに言う『一流』の人たちがそろって作りあげるんだから、まあ、言い方は悪いけど、『かけるお金の量がちがう』ってことね」
「金をかければいいってもんじゃないだろう?」
思わず口にすれば、そりゃそうよ、と嬉しそうな顔がそばにより、ごほうびのようなキスをもらう。
「でもね、 ―― 言い方を変えれば、その『お金』って、あたしたちがそのお芝居のチケットを買ったお金でしょ? 高く買ったお芝居には、払ったお金分だけの《もの》を、みんな期待するわ。だから一度上演されて、期待通りかそれ以上だったお芝居は、ちょっとずつ値段がかわってチケットも取りにくくなるんだから、《いいもの》が残ってゆく仕組みになってるのよ」
妻の言葉に何度かうなずいて納得しかけた夫は、ちょっと何かが、引っ掛かる。
が、そこで扉が開かれ、流れ出した人に押されながら自分たちの席へとむかいはじめたので、『引っ掛かり』も流れてしまう。




