『 やまば 』
このあたりから、よろしくない表現あり。ご注意を
一瞬で身構えたニコルは体で受け止めたそれを警察官に任せると、垂れ下がる布の向こうへ逃げようとするもうひとつの《白いもの》に告げる。
「おい!意識のとんだ女をこっちに押し付けて、あんただけ逃げるってのは感心しないな」
両手を頭の上に組んで床にふせろ、と指示する前から素っ裸の男はすすんで床に伏せると、なにやらわめいた。
「ま、まて。身分証をとってくる。そうすればおれの話も聞きたくなるだずだ」
「聞きたくなる?――みんな、どうだ?」
みまわすニコルへ、ふせた裸の男にさっさとまたがり、後ろ手に手錠をかける女の警察官が代表して返事をする。
「残念だけど、わたしたち警察でいちばん頑固な男の部下なの。たとえあなたがどこかの偉い人であったとしても、鼻血を出した意識不明の女性を突き飛ばして逃げたのを見たんじゃ、とても話を聞く耳は持てないわ」
優しい口調だが、ほかの男の警察官と変わらない体格の彼女は、後ろに固めた相手の腕を手錠ごと引き上げ、裸の男に悲鳴をあげさせた。
気を失った女の様子をみていた警察官が、血を流す鼻のまわりに白い粉がついているのを見つけ、「まったく。クスリのやりすぎだよ」と首をふり脈をとる。
そのとき、手錠をかけられた男が、突然、楽し気ともいえる奇声を発した。
「ひゃあああおおおおおっほおおおおっほおお!! 《やまば》だ! みんなにげろお!!警察官が来たぞ!!ひゃあほほほっほっほおお!! 司祭様!早く逃げてください!!」
奥から響いていた気味の悪い唄がやむ。
ルイとニコルが先を進みだし、そのあとをザックの班も追う。
ゆらゆらと黒い幕に、白いライトが当たりつづけ、きりのない迷路に放り込まれたような気分になる。
ザックの足が何かを蹴りとばし、一団の動きが一瞬止まった。
「動物の骨だ」
足元に転がってきたそれをルイが見下ろす。
インテリアの趣味が悪いな、とニコルが不機嫌な声で言い、行進が再開される。
「・・・《黒い布》に《動物の骨》のインテリアが流行ってるのかな?」そんなわけないか、と一人納得したルイが、突然振り返って言った。
「そうか、―― 唄が聞こえてきた奥じゃない。きっと、部屋の中心だ」
何のことかとザックが聞き返す前に、そばに垂れた黒い布が突然波打つように左右にわかれると、意味不明な奇声ととともに飛び出した白い群れが、襲いかかってきた。




