ケンとマーク
ため息をつきそうになったノアは、自分は子育てに関して意見できる立場にないな、と思い直し、ただ髭をなでた。
息子とのかかわりかたに反省することが多かったためか、警備官とかかわりはじめ、警察内部でも騒がれたケンのことを耳にしたときは、おかしな庇護欲が働いた。
彼の前歴は、ある国の内戦中に、幼い兵士としてつかわれるいわゆる《少年兵》とよばれたものだった。
ノアはその頃すでにバートと仕事をしていたので、ほかの警察官のように、警備官におかしな偏見はもっていなかったが、初めてあったときのケンは、『若者』というよりもまだ『少年』だった。
さすがに警備会社の社長である男にけんかごしの電話をかけたりしたが、いまではいい思い出だ。
ただ、ケンをはじめて食事に呼んだときに、妻のとめどないおしゃべりに合わせてやさしくうなずき、珍しげに部屋をみまわし、遠慮気味に食事をしたのち、帰るときに、ノアにそっと《だいじょぶだったかな?》と自分の与えた印象を確認したときのあの顔は、なにか苦いものをかんだような思い出になっている。
「マーク・リーは警邏隊の人間だ」
バートのその言葉の意味を理解するのに間があいた。
「・・・なんだって?ジャスティンがさわいでたケンの偽名だろ?実在するのか?」
「少し前、パーティーで活躍した男だ」
「あのときのか!・・・なるほどな」
半年ほど前、この州にある高級ホテルで、とある国の主催したパーティーの真っ最中、事件がおきた。
この会場を吹き飛ばすと人質をとった犯人の要求は、パーティー主催国の要人と人質の交換で、主催国と同国の人間。政治的思想からなにかを訴えようと思い立ったらしく、頭に血がのぼった単独犯とみられた。だが、狙い撃ちされないよう、人質を自分の周りに立たせて壁を作り、警察官はなかなか手をだせずに時間だけがすぎた。
そのパーティーに客として《出席》していたシェパードが、給仕役として会場にいるはずの警備官たちの無能さをののしったときだった。
いきなり悲鳴があがり、どさりと人が倒れ犯人を囲んだ人質の人垣がくずれて散った。
「倒れた犯人の腕をねじあげてたっていうが、マスコミには警察が取り押さえたことになって、彼の名前はどこにも出なかったよなあ?」
犯人を取り囲んでいた人質たちさえ、なにがおこったのかわからなかった、と証言した。
「マークはケンが接近戦の訓練で一番喜ぶ相手だ。ほうっておくと終わらない。体格と髪と肌の色も似てるから、時々、必要がありそうなときにマークの身分を借りて仕事する」
必要ってどんなときかと聞く警察官に、身分証が必要なときだと答えが返り、ノアは聞かなかったことにしようと思う。
「・・・ま、『神様』がどっちかの男に何かを起こすにしろ、大変そうだな・・・」
『呪いの証人』にしたてられたジャスティンの情けない声を思い出す。
「それで、その本物の《マーク》は、今回、自分がどんなふうにつかわれたのか知ってるのか?」
「さあ。ケンが言ってれば、知ってるだろ」
「・・・言ってればな]
「ニコル用意しろ。あと三分以内に着く」
肩についた警備官用の無線機に、腕時計をみてバートが言い切った。
 




