№02- 貴族?
― №02 ―
高級レストランや店が立ち並ぶ区域には、ザックはほんの数回しか足をのばしたことがない。用事もないし、だいいち財布の中身と見合わない。
通りにあるパーキングにとめられた車も、高級で新しいものばかりだ。
そこへ、ジャンの、まあまあきれいな大型四輪駆動車と、ウィルの、びっくりするような高級大型排気車で乗りつけた。
「うちの給料で買える車じゃないからな」
狭い後部座席で身を縮めるザックに、助手席のニコルも窮屈そうに首だけまわした。
言わなくていいだろ、と前髪をいじるウィルにかまうことなく、「こいつは貴族様だから」と口端をあげるのに、口を開けて運転席のきれいな金髪を思わず凝視。
「・・・おれ、《貴族》って初めて見た」
「おれも、こんなに露骨に驚かれたのって、久しぶりだよ・・」
「誰だって驚くだろ。おれだって最初聞いたとき、なんの冗談かと思ったぜ」
笑うニコルにザックも激しくうなずく。
「だって、貴族っておれたちみたいに働かなくても、食っていけんだろ?」
「それは昔の話さ。ばかみたいな税金は納めなきゃいけないし、使ってない土地の管理もしなくちゃいけないしね。いばって周りのみなさんに食わせてもらってた時代とはちがうんだよ。 昔からある金だって、出資とか投資で何度かしくじってるし、じいさんたちの時代みたいに、運用するのにも人任せ、なんて考えられないね。 どこかに金だけ出して儲けだけ返って来るなんて時代は終わったんだ。 ―― 今の貴族は、経営にも参加して、勉強して自分で考えて、足を運んで、金を稼ぐ努力をする。 おれはそういうほうがあまり得意じゃないから、こうやって働いてる」
「だからって、なにもこんな、身体ばっか使う仕事選ばなくても・・・」
そうだよなあ、とニコルが大笑いし、運転席のウィルはそれを避けるように窓のほうへ身を引いた。
「―― まあ、なんとなくわかるだろうけど、おれ、一族の中でもハミダシ者でさ。居場所がなかったわけ」
太いステアリングをゆっくりとまわす。
エンジンの音とは比例しない、静かな運転だった。
「勝手に警務の専門学校入って、寮にも入っちゃった。家族はやっかい払いできてよかったんじゃない?承認書類もすぐ整ったし。卒業してこっちの道に進むって言ったら、もろ手を振って送り出してくれたしね」
「ウィル。いいかげん素直に喜べよ。おまえの家族はおまえの道を認めてくれたんだ」
諭すようなニコルの声に、肩をすくめ前を見つめたままの男は、そこで口を閉ざしてしまった。
ニコルが声をひそめ、ザックに教える。
「こいつ、意外と子どもっぽいだろ?だけど、ここに来るまでに、それなりに苦労もしてんだ。貴族なんて肩書きは、実力でしか残れない世界じゃただの重しだろ?専門学校じゃあ、かなりいじめられて」
「ニコル、いいかげんそのおしゃべりをやめないと、このまま時速200キロ越えのドライブにでるぞ」
脅しではなさそうなそれに首をすくめた男はおとなしくなり、この車に乗らなかったケンが、にやにやと笑いながらウィルの車をほめた理由が、ザックにはわかった。
 




