出張講義
目を合わせたままの父親は、椅子の肘掛けをこつこつと叩き、ゆっくりと話し始めた。
「 ――― あの男が、・・・ハロルドが旅からもどり、手当たり次第にあらゆる宗教の教会に寄付をしはじめたとき、わたしたちも『信心』する心からの奇行だと思った。 ―― 元々変わっていた男だったからな。それに、ノース一族も彼だけになってしまったし、森もすでに半分は国のものだった。・・・だから、最後をあの『森』の中で、自分だけの《教会》を作って、好きなようにやってゆくのも、彼の自由だと、そう思っていた」
あの荒れた城にある、石造りの塔を見たことがあるか?と、二コルを見た。
「城の敷地には入ったことはないですが、たしかに、ほかの建物とは違う細長い塔が外からも見えたな。あれが、彼が《信心深く》なってから作った教会なんですか?」
二コルの質問に、サウス卿は「あの男に『信心』なんてものはない」と鼻をならした。
「―― ただ、《そういう場所》がほしかっただけだ。世界中をまわっていろんな『神様』をかき集めて、その人形や石や、面を飾るための場所だ。それを彼は、『教会』と呼んだ」
昔のことを思い出す男の手のひらに、汗がにじみだす。
一呼吸置き、落ち着きをもどしてから、ピエール・デ・サウスは語りだす。
「―― その、ファイルにもあるように、三十五年ほど前に、わたしの名前を理事に貸してほしいと頼まれた学校に、フィリップ・ゴードンはいた。まだ、二十歳ちょっとの若者だったが、飛び級で卒業してそのまま残り、あちこちで遺跡を掘り当てていた。 わたしが会ったときはすでに相当な実績がある《研究者》として認められていて、ちょうど、この街の《中央》を整備中に、『遺跡があるから掘るべきだ』と言って、見事に、あの《劇場跡》をみつけたときだったんだ。 パーティーで、学長に大げさに紹介されるのを嫌がるようなおとなしい印象だったが、実は熱をひめた男だった。普段はおとなしいが、議論となるとひどく『攻撃的で激しい』と、からかわれるような、『学者馬鹿』な男だ。 わたしはほんの社交辞令で、彼の研究の内容をぜひききたい、と口にしてしまった。・・・それから三か月、フィリップはわたしのオフィスに、出張講義にくるようになった」
目を上げて、警備官たちに苦笑してみせる。
「―― まいったよ。今さらあれは取り消したいとも言えず、わたしはそれを、黙って受け続けたんだ」
初めて聞いたと目を丸くする息子に、初めて話すからだ、と父親は微笑む。
「おかげで、・・・彼の専門とする考古学には詳しくなれなかったが、彼という人となりには詳しくなれた。おそろしいほど、まじめな男だった。冗談やごまかしは通じない。すべて真に受けてしまうんだ。本人も、なんとか冗談を理解しようとするんだが、難しく考えすぎてしまうらしい。いまどき珍しいほど、誠実な男だった。そこを見込んで、ウィルの世話係だったクリスティーナを紹介したんだ」
彼女も彼のまじめさにひかれ、結婚までの準備をすべて整えてやるはずだった。
そんなときに、どこで聞いたのか、ハロルド・デ・ノースから手紙が届く。




