いごこち
なにしろ訓練生だった間、服を買った記憶はない。
「まあ、おれたちだって、こうだっただろ?懐かしいじゃねえか」
嬉しそうなニコルが皆に同意を求めたとき、ジャンが机から紙袋をとりあげ、そのままザックに渡す。
「あの・・、これ」 押し付けられた袋を受け取ってよいのかザックは迷う。
やっぱりジャンはマメだよなあ、ウィルが感心し、ニコルが気遣いってやつだ、と追加した。
「とりあえずの間の服だ。おれと同じくらいの体格だっていうから、おれのサイズで買ってある。」量販店の安物だから気にすんなと袋を押し付けたジャンが、にやりとし、自分の頭をかきまわすようになで、周りと眼をあわせた。
「おれも、この班に配属された初日、こういうふうにバートに服をもらったんだ。すげえ助かったから、まあ、いつか新人にやってやろう、って思ってたわけ」
そう照れくさそうに笑う男に、周りは笑いをこらえる。
「もらっておきなよ。ジャンはいま金を吸い取る恋人もいなくて、懐がかなりあったかいんだ」
「ウィル、おまえ、こないだ貸した金、利子つけてかえせよ」
「この前車貸したんだから、チャラにしてよ。―― とにかく、きみの同期仲間にも言われるかもしれないけど、うちの班は少し変わってるんだよ。 ケンとかジャンなんて、スキップで入ったやつが二人もいるし、平均年齢は他の班よりだいぶ若い。 訓練生のときにもいろんな噂を耳にしてるだろうし、この先もいろんなことをどこかで吹き込まれるだろうけど、なにか疑問があったらすぐに直接聞いたほうがいい。―― おれが思うに、うちの班は、『家族』に近いから、遠回しな意志の疎通は必要としないんだ」
まわりの冷やかすような反応にウィルが片眉をあげ、続ける。
「まあ、『めんどくさいなあ』、っておれも最初思ったけど、今は、どうしたわけか、居心地がいい」
「へえ。じゃあ、おれはかわいい弟って感じか?」
ケンの言葉に、弟っていうより昔飼ってた猟犬かな、という返事にみなが笑い、ザックもつられて笑ったとき、すでにここが居心地良く感じているのに気付き、紙袋を軽く叩いた。
 




