納得いかない
ヤニコフ教官のながいはなし
「・・・警察に言わなかったのは、わたしがずるいことを考えていたからだ・・・
―― さきほど話したように、わたしは《移民と信仰》をひろくとらえています。《移民》が自分たちの《信仰》を新しい土地に持ち込むのは、何もこの国に限ったことではないし、他の大陸でもみられることだ。それらにどんな共通点があるかをひろく見るのがわたしの研究ですが、 ナタリが知りたかったのは、どうやら自分の家が持つ《独特》な信仰についてでした。 彼女の質問に、今まで研究した結果から得た答えらしきものを、しめしました。
―― そもそも、人間にとっては災害や病気は、『神様』が機嫌をそこねたときにおこるもので、だから人々は常に『神様』をまつりあげ、ご機嫌を伺い、なだめる方法をとる。 そうして『神様』は、人間の営みのなかにも入り込み、人間の悩みや希望にも耳を傾け『交流』する存在になる。 それが洗練され、聖堂教のような物語のある信仰神になるものもあるし、きみの《家系での信仰》も、かたちは違うだろうが同じような道をたどったはずだと言いました。 すると、聞いていた彼女は怒った声で、自分たちの神様はセックスに励めと命じる『神様』なのだと言いました。 わたしは、思わず笑いました。要は子どもをつくれと奨励するわけです。 ―― わたしが知っている原始的な信仰において、それは普通のことです。 医学の発達していない時代や場所での子どもの数はかなり大事な問題で、その部族の今後を左右すると言っても過言ではない。 病気や、事故で成人まで育たない場合を考えると、数は多いに限る。そして部族みんなで育てるわけです。 『神様』も自分をまつる人間の数がふえるのだから喜ぶ。 なので、きみのおうちの神様も、そういうことを奨励したのだろうと言ったのですが、彼女は納得いかないといいました」
「おれも納得いかないな。神様に子どものことを口出しされるなんて」
言葉をはさんだニコルをみやり、ヤニコフは肘をたて、手を組んだ。
すっかり落ち着きを取り戻し、講義をしはじめているようにみえた。
「―― 本来、人間はこの大陸の中で、弱い生物に属するものでした。他の生物に勝つための、牙や爪を持っているわけではない。食料を手に入れるのに高い木に登れるわけでもない。結局自分達で食べ物を生産する道を選ぶしかなかった現在にいたるまで、わたしたちの種族が残ったのは、子孫をたくさん作ったからだとわたしは思います。―― あなたが大昔に生きていたとしたら、きっと、たくさんの相手と子どもをつくっていたでしょうね」
「妻で手一杯だ」
ニコルが肩をすくめ、ザックとルイがにやついたとき、ですが、とヤニコフが片手を立てた。
 




