本物じゃない
「・・・ふつう、『聖父さま』は聖なる清い存在だから、結婚しないだろ?」
「まあ、教えと儀式を守るための人で、みんなを代表して犠牲になったって考え方もあるね」
「うちの教会の《聖父さま》は、奥さんも子どももいるよ」
「はあ?」
「だから、『本物』じゃないんだ」
少年が言おうとしてることがつかめたルイが、「中身が違うんだね?」と本棚からぬきとった一冊をじっくりとながめた。
聖堂教の《おしえ》がかかれた、《聖辞典》 だ。
「これは『本物』の聖辞典だけど。きみのお姉さん、すごい勉強家みたいだね。ここに収まった本みんなに、付箋がたくさんはられているよ。これも、・・・」同じように付箋がはみでたそのぶあつい本をめくりながらルイは「ふむ」と顎を指でかいた。
「―― ということは?さっきの、あの立派な祭壇も、飾られた《光》の象徴も、すべて『聖堂教』をあらわしてるけど、ちがう宗教ってこと?」
ウィルの問いに、少年が、あごを引く。
「だけど、《うちの教会》のみんな、・・・誰も何もいわないし、自分たちの信仰は、『新派の聖堂教』だなんて、堂々と嘘をついてるんだ」
《新派》だろうと《旧派》だろうと、聖堂教の『聖父』は、結婚しない。
「それは・・・移民する前に信仰していたものを、『聖堂教』ってことにして、信仰してるってことなのかい?」
「わかんない。・・・うちが行く教会の信徒はみんな移民で、《聖父》さんはすっごい年寄なんだけど、自分たちの神様こそ『この地のほんとうの神様』だって言ってる」
 




