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ナタリも知ってる
「娘さんは、どこかの劇場に行かれることはありましたか?」
気を取り直したジャンが聞く。
「劇場?いえ、なかったと思います。そういう場所は嫌いだった」
「そう。ナタリは、混雑してるところが苦手でした」
父親と母親がお互い確認するようにうなずく。
「そうですか・・。大劇場でやってる、『女王のダンス』というロングランは、知ってますか?」
「ええ。わたしたちは」
「何年か前の結婚記念日に、観にいきましたもの」
またしても、夫婦で顔を見合わせ、頷く。
「―― 知ってるよ、ナタリも」
小さくぶっきらぼうなそれに、夫婦はそろって横をみた。
そんな視線を睨み返した少年は、今度はジャンに、その眼をむける。
「ナタリはおれと同じ高校なんだけど、うちの学校、特別授業でその劇を観にいくんだよ」
「ほんと?」
驚いて聞き返したのは、彼の母親だった。
 




