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⑫男の夢というやつとカイエの抵抗

 そんな私の思いをとってか先生は。


「いや、実際そういう女性は多いんだ。無論引っかけた男が一番悪いんだが、危機感が足りないのもな。まあでも、彼奴の母上の場合は、子供ができても構わない、皆で育てられるという日常からその辺りはあまり気にせず、良い種を仕込んだという感じもあったのかな…… あ、ごめん」

「いえいえ、確かに外から来た良い種を仕入れるというのはありますね。文化の違いで」


 私はぱたぱたと手を横に振りつつ納得する。

 そう、実際義兄はあの地では珍しいくらいの秀才に生まれついた。

 それだけにあの地は彼に合わなかったのかもしれない。

 だが出世頭とは思われるだろう。

 何せ大学予科まで出た者は初めてだというのだから。

 性格はともかく。


「ただ彼奴は何だかんだで夢見てたからなあ。捨てられた母上! って感じに」

「夢ですかー」

「夢だよ。だって当の本人がもう居ないなら、どんな夢だって見てもいいだろう? これも言っちゃ悪いが、死人に口無しなんだ。いくら彼奴の伯父上が妹はそんな女じゃなかった、と言ってもきっと彼奴は自分の信じたいことの方を信じるだろうな」

「けど、何でそう思いたいんですかねえ」


 先輩が不思議そうに首を傾げる。


「小さい頃から本好きだったと言っていなかったかい?」

「ああ、言ってましたねえ」

「まあ読んでたって言っても、田舎のそれだから、あるもの何でもかんでも読みふけっていたらしいよ。それこそ、飾りの様な百科事典から便所に紙にする様に置かれていた大衆向けの古雑誌まで」

「あーそれは気持ちは分かりますねえ。でもだんだんそれで飽き足らなくなるんですよねえ」


 ぱんぱんと先輩は手を打つ。


「で、そういう古雑誌の中には小説もあるだろ? 面白おかしく色々書かれた。子供の頃から読むもんじゃない様な奴もともかく読んだわけだ。で、そうするとよく出てくる訳だよ! 打ちひしがれた高貴な主人公が田舎で可憐な少女と巡り会って恋に落ちるが、諸々の事情で二人は別れなくてはならない。だけど知らないうちに少女の腹には男の子供が…… っての」

「ありますねえ」


 私も頷いた。


「女学校の時に皆結構そういう物語回し読みしてましたよ。でもそれは夢ですよ。女子は皆だいたいそんなことはあり得ないと思いつつ楽しんでましたよ」

「そうだよねえ、そこが女子と男子の差だよねえ」


 ふむふむと先生は同意した。


「男子は違ったんですか?」

「あり得ないと思いつつも、もしかしたら! って夢見ちゃうのが男子というものさ! 特に帝都や近郊育ちはそうだね。そういう奴はだいたいそもそも結婚相手とか家で決められている奴が多いんだ。だから実際には無理だとしても、もしかしたら辺境に行ったら都会のすれた女子とは違う可愛い子と出会って…… って夢見てた奴も居たなあ」

「実際そうやって行った人は居たんですか?」

「そこは夢だよ!」


 両手を大きく広げて先生は断言した。


「行かないうちは、そういうこともあるかもしれないと夢をずっと見ていられる。実際そんなことがあったら、自分はその責任は負えない。だから行かずに夢を見るんだよ!」

「先生は……」

「だから僕には夢もへったくれもなかったわけだ。だから君達には今日会えて嬉しいよ」


 私達は顔を見合わせた。


「まあ色々脱線したが、彼奴はカイエさんが居るって知ったらもう突進してきた訳だ」


 あらまあ、と私達は目を大きく広げた。


「それで、カイエ様はお会いしたのですか? お義兄様と」

「いやいや」


 にやり、と先生は笑った。


「彼女もそこではここぞとばかりに強い意志を見せたね。僕に向かってこう叫んだのさ。『先生! お願いですからそのひとを止めてください。もしそのままやってくる様だったら私は窓から飛び降ります』ってね」


 病室は確か二階にあった。


「カイエ様はそれだけ覚悟なさってたんですね」

「彼奴が帰ってからは涙涙だったけどね。気持ちは彼奴に向いていたんだろうが、よく耐えたよ」


 うんうん、と先生は大きく頷いた。

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