4
昨日はあれから紬ちゃんにご飯を食べてもらってから癒し効果のある粉を溶かした湯船に入ってもらって、最後にベッドでゆっくり寝てもらった。
抱き締めたときに確かに感じた聖女の力の乱れ。もし私が来るのがあと二日遅かったら、恐らく紬ちゃんは聖女の力に飲み込まれて不浄になっていただろう。
……身に余る力は、己の姿や魂まで変化させてしまう。
実はこの世界に聖女になり得る人は多くいる。ただ力をちゃんと使いこなせるか、酷使しすぎていないかで聖女の命の残量が決まる。
ここには聖女を導き、指導する者がいたはずだ。それなのに紬ちゃんは聖女の力を使いこなせていない。
「セシル、おはよう」
「おはよう」
「朝から難しい顔をしているね。紬ちゃんのことだよね」
「ええ。ここには指南役がいたはずなのに、と思って」
「それについてだけど、一部の国では異世界から来た聖女はこの世界の聖女とは違うという考えがある。そしてこの国もその考えだった。君も違和感があるといっていたし、僕もそうだったから陛下の側近に問いただしたんだ。そうしたら話してくれたよ。陛下や国のごく僅かな人間たちしか知らない情報だと。だから陛下たちは、紬ちゃんに簡単に聖女の務めを教えて指南役はつけていなかったらしい」
「そんな……!」
ああ、もう本当に後悔しかない。一緒に連れていくべきだった。自分のことしか考えていない私をぶん殴ってやりたい。よし、一度ぶん殴ろう。
「セシル!? 何をしようとしてるんだ!」
「自分のことしか考えていない私自身を殴ろうと思って」
「そんなことをしても起こってしまったことは変わらない。後悔しているのなら、今やれることをするんだ。それに紬ちゃんもそんなことを望んでいないと思う」
アルトに握られている腕から力を抜き「そうね。ごめんなさい」と伝える。するとアルトは眉を下げて私の腕を撫でた。
「僕こそすまない。力強く握ってしまった」
「いいえ。あなたのおかげで冷静になれたわ。ありがとう」
「どういたしまして、かな?」
「ええ」
そうだ。後悔して後ろばかり見ている暇はない。前を見て、今を見なくては。
紬ちゃんはまだ不浄にはなっていないのだから、私が紬ちゃんを守るんだ。
「……」
女王様は私たちのことを世界樹に認めてもらうためと言っていたけれど、もしかすると女王様はこのことに気づいたから私をここへ向かわせたのかもしれない。
女王様に言われなければ、私がここへ戻ってくることはなかった。
「女王様にたくさんお土産を買って帰らなきゃ」
「そうだね」
私が考えている内容がわかったのか、アルトは私の言葉に頷いた。
「よし! 今日からもっと頑張るわ!」
「うん。僕も頑張るよ」
「アルト。無理をさせてごめんなさい」
「大丈夫だよ。あの人と向き合うことで僕は前に進める。それに僕は君を守る世界樹の神子だ。聖女の願いを叶えてこそ、だよ」
「ありがとう」
アルトと話し合い決めたことがある。それは国王たちに紬ちゃんが帰ることを許してもらうこと。そして新しい聖女の育成。一人で足りないのなら複数の聖女を育てる。もし住み込みが無理な年齢なら通い聖女として来てもらうか、一家で引っ越しをしてもらうかなど聖女の気持ちを優先してほしいこと。住み込み可能な年齢であっても聖女の気持ちを大事にしてほしい旨をアルトを通じて国王に伝えてもらっている。
「……」
ただ、いい返事はまだ来ていない。それどころかそれを聞いた瞬間に、国王は謁見を拒絶してしまったらしい。アルトは追い出されるように外へと出されたとのことだった。
これからの聖女の務めを考えるとこれ以上の妥協は許されない。私もここへ戻るのだけは絶対に嫌。国王や周囲が変わったとしても、私が受け続けた恐怖は消えない。だから絶対にここで祈ることはできない。
「大丈夫だよ。僕が動くから」
アルトが安心させるように微笑んだ。私も微笑み返す。そして抱く少しの不安さえ消し去りたいから抱きしめてほしいという言葉だけは飲み込む。
今、アルトと触れあうのは違う。アルトもきっとそれをわかっている。だから不安を消し去るように、もう一度アルトに笑いかけた。
***
「おはよう。今日はお休みよ」
「え、でも……」
「今のあなたが力を使ったら危ないの。だからお休み」
「祈りは一日一回必ずやらなきゃ駄目だって言われました……」
「確かに一日一回は必ずやらなくては駄目だと言われているわね。だけど実際は祈りではなくても大丈夫なの。ただ世界樹の一部と他愛ないお話をするだけでも大丈夫なのよ」
私がそう伝えると、紬ちゃんは目をぱちぱちとさせて驚いていた。
「私たち聖女は世界樹と心を通わせ、世界樹の浄化力を維持することが主な務め。ただ今まで祈りを捧げ続けてくれていた聖女が疲れや力の制御ができず不浄になってしまったら、世界樹もダメージを負うそうなの。そうすると他の聖女の負担が増えるらしいのよ。だから無理は駄目。他愛ないお話をするだけでいいと、世界樹に教えてもらったの」
「セシルさん!」
突然、大声で名前を呼ばれて肩が跳ねる。私を呼んだ紬ちゃんの栗色の瞳がきらきらと輝いていて、私はきょとんとしてしまう。
紬ちゃんが目を輝かせるようなことを言ったかな。
「すごいです! セシルさんは世界樹と心が繋がってるんですね! 私、実はセシルさんの祈りを捧げる姿を見て聖女を頑張ろうと思ったんです! だからもっと頑張ります!」
「……頑張りすぎては駄目なのよ」
「はい! 頑張って無理しないようにしながら頑張ります! あ、そうだ! 世界樹はどういう話が好きですか? 嫌いとか苦手な話とかありますか?」
「世界樹は私たち個々の好きなことやもののお話を聞くのが好きよ」
「そうなんですね! 元の世界の話でも大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。あなたが好きなことやもののお話なら、なんでも。世界樹は楽しそうに聞いてくれるわ」
私がそう言って笑うと、紬ちゃんは昨日とは違いにこーっと元気に笑い返してくれた。
「朝ごはんを食べたら行きましょうか」
「はい! あ、私も作るの手伝います!」
「ふふ、ありがとう」
二人で一緒に台所に行って並んで朝食の用意をした。そのときに私が紬ちゃんのことを聞いたら、楽しそうに元の世界の話をたくさんしてくれた。それが前世の私のいた世界に似ていて、少しだけ懐かしくて切なくなったのは……誰にも秘密だ。