旅立ち
「……さてと」
濃い霧の中で、浮島に立つ少女はつぶやく。
その言葉は一瞬で水の流れる音にかき消されたが、周りには彼女以外の人はいないので問題はない。
(これから僕の世界はどうなるだろう)
少女は考える。
彼女には未来や過去という概念が存在しない。
未来と過去は同一。
ただそこにあるだけの存在。
それが彼女が捉える世界だ。
なので、彼女には未来が見える。
ちょうど我々が「今」を見ているのと同じように。
かつての未来は、至って平凡で退屈だった。
それでは面白くない。
そこで彼女は、気が向いた時に異世界人を世界に招き入れることにした。
本来いるべきではない存在が乱入することで、世界の流れが少し乱れるからだ。
最初の頃はいい暇つぶしになった。
だが新たな命を一つ吹き込んだだけでは、やはり歴史の流れはさほど変わらない。
数えきれないほどの異世界人を招待したことで世界の流れは一応それなりに変わりはしたが、それでもやはり退屈なままだった。
飽きてきただろう、と彼は言った。
それは、彼女の今の状態を表すのにぴったりな言葉であった。
次はどんなことをしよう。
そんな事を考えている時にちょうど降ってきた、彼からのあの提案。
いい暇つぶしにはなりそうだな、と気軽に承諾したのだが、まさかこうなるとは……。
彼女は今、感じたことのない高揚感に身を震わせている。
なぜか。
全く未来が見えないのだ。
今までこんなこと、起きたことがない。
まさしく前代未聞。
流石の彼女でも戸惑いを隠せずにいた。
主ですら未来が見えない状況。
これが何を意味するか。
未来がどうなるのか、誰にも予想ができないということだ。
全てが分かってしまっていた少女にとって、「分からない」という感覚は非常に斬新で面白かった。
(しかし……)
少女には不安があった。
土台がしっかりしていなければ、芽が摘まれる可能性があることだ。
もし芽が摘まれでもしたら。
乱れを失った流れは、きっと元に戻ろうとするだろう。
退屈な、元の流れに。
それだけは何としてでも避けなければならない。
そして彼に与えた【ギフト】。
ギフトとしては申し分ない性能だが、少々扱いづらいのが難点である。
あれをどうやって扱っていくのかも見ものだが……。
あれこれ考慮すると、やはり彼にはそれなりに整った環境が必要になるだろう。
では、そのためにどうすればいいか。
答えは見えている。
主としてやるべき事を果たすのだ。
「……行くか」
やると決まったらあとは早い。
コツン、と杖を地面につく。
そして次の瞬間には彼女の姿は消え失せ、後には物憂げに佇む大樹だけが残された。