どこか
「……いいのかい? 本当に」
少女が問う。
彼女の目線は、背後にいる男に向けられていた。
背後に立っているのに視線を向けられるというのも妙な話だが、しかし彼女はそうしている。
高次元の中で生きる彼女にとって、前も後ろも、未来も過去も関係ない。
ただそこにあるだけだ。
2人は四方を純白の壁に囲まれた部屋におり、中央には椅子が置かれている。
そして男は、その上にあぐらをかいて座っていた。
男は透き通るような白い肌を持ち、髪色は銀で、両眼は血の色よりも赤い。
口を閉ざしていてもなおその姿をのぞかせる犬歯が特徴的だ。
明らかに我々が住んでいる世界には存在しない人種だろう。
少女の方の特徴は……分からない。
ここに「彼女がいる」と言う事実があっても、「彼女」自体の事実はここにはないのだ。
だがその姿は分からなくても、彼女が少女であることはわかる。
その事実だけが、ここに残されているからである。
少女に問われ、男は口を開いた。
「構わねえさ。どのみちあんたも飽きてきたんだろ? そろそろ変化が必要な頃合いなんだよ」
男の意見に、少女は眉をひそめた。
「変化? 君がやろうとしているのは、この世界の理を醜く引き裂く行為だ。
小石を投げ込まれた水面のように、影響はどこまでも広がっていく。それはもう変化ではなく、改変だよ」
少女の反論に対し、男は鼻で笑いつつ答えた。
「下手な嘘こきやがって。あんたにとってそんなの大した話じゃねえだろ?」
「…………」
「どうせ内心では面白そうだって思ってくるくせによ」
「……やっぱりバレてるよね」
少女がクスリと小さく笑った。
「ああ、そうだとも。こんなに面白そうなこと、なかなかないからね。ちょっと後が面倒になるだろうが……なんとかしておくよ」
「それはつまり、いい、ってことか?」
「そうだ。ただし、代わりと言ってはなんだが……ボクに全部委託してくれないか?」
「委託ってのは、全部お前に任せるということだよな?」
「そういうこと」
「そりゃあ、もちろん嫌さ。俺がやりたい……と言いたいところだが」
ため息を吐きつつ、男は頭とポリポリと掻きながら呆れ顔で言った。
「どうせまた無理やり自分の意見通すんだろ?」
「……全部お見通しだね」
「どうせ逆らうことはできないんだし、好きにしろ。ただし……」
「上手くやれよ?」
男が凄まじい殺気を放つ。
並みの人間だったら、きっとその場で漏らしながら気絶していただろう。
だが、少女は、物怖じもせずに返した。
「もちろんだとも。ボクを誰だと思ってるんだ?」
男はそれには答えず、ただ肩をすくめた。
そしてどこからともなくコツンと杖をつく音が部屋に響き──
世界は、完全に暗転した。