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7/12

克服


 次の日。

 

 さあ、今度こそ物置に行って本を取ってこよう! と威風堂々部屋を出た途端、カーラに、


「ラーイ? ちょっと来なさーい」


 と呼ばれた。


 え、なに? そんなに俺に本読んで欲しくないの?

 若干の憤りを感じるが、今の俺は純粋無垢な可愛いライ君。渋々ながら声のした方へ向かう。



 今度の部屋は応接間ではなく、両親の寝室だった。

 入る前に当然ノック。


「入っていいわよー」



 軽く身だしなみを整えてから入室。


 こんなんでも一応貴族の子供なので、正装とまではいかないものの、それなりにませた格好をしている。

 チョッキとか、そういった服ね。だから最近は身だしなみに気を配るようにしている。


 モテる秘訣は清潔感。清潔感は身だしなみから。


 役立つわけもないのに、どっかのサイトで仕入れた情報だ。まさかこんなところで役に立つとは……。

 無駄な知識なんてないんだなって思う。


 てことは……。

 どこかでエロゲの知識を活かせたりできるのか!?

 いや、ないな。

 ごめんなさい。



 カーラは、2人の愛の巣たるキングベッドに腰掛けていたが、俺が部屋に入ってくるとスタッと立ち上がった。


「どうかしましたか?」


 とりあえず要件を訊ねる。


 また俺の読書を妨害したんだ。

 それなりの理由がなければならないだろう。

 まあ、大した理由じゃなかったとしても口答えする理由なんてないけど。

 カーラは怒ると結構怖いのだ。



 俺の答えに対し、カーラはにっこりと答えた。


「ライは来週のパーティ、楽しみにしてる?」


 ぱ……?


 …………。


 あぁ、5歳の誕生日を祝うってやつか。

 生前から馴染みが無さすぎて、変換に時間がかかってしまった。


 てか、今日もそれ関係か。随分と大掛かりだな。


「はい、もちろんです!」


 誕生日を誰かに祝われるだなんて小学校以来だ。

 もしかしたらプレゼントも貰えるのかもしれない。


 年甲斐なくちょっと浮き足立つのもしょうがないことだろう。



「そう、よかったわ」

「それがどうかしたんですか?」

「お父さんがすごーく偉い人なのは知っているでしょ?」

「はい、この国を治めている伯爵、ですよね?」

「……まあ、そうね。ライは賢すぎて時々びっくりさせられるわ」

「そんなことないですよ」


 自分で言うのもなんだが、多分そんなことある。



「とにかく! 偉い人はね、色々とルールを守らなきゃならないの」

「ルール? 法律とかですか?」

「法律ももちろんそうだけど、うーん、なんて言えばいいのかしら……振る舞い方とか、人との接し方とか。そういう貴族としての上品さのために必要なルールよ」



 なるほど、要するにマナーか。

 たしかに貴族はマナーのがんじがらめがかなりキツいと聞く。


 でもそれは当たり前のことだ。マナーを守らなければ、相手を不快にさせてしまうかもしれないからな。



 我が家は一応一国を代表する身なので、例えば別国の代表を不快にでもさせたらどうなるか。

 最悪、戦争だろう。


 マナーすら守れない主に、国なんか守れるわけがないのだ。



「つまり、僕もそのルールも守らなければならない、と……」

「そういうことよ。このパーティには色んな国の代表が来るのだけど、5歳のあなたがどれだけ上品に振る舞うかが結構重要視されるわ」

「なるほど」

「それに、その人たちの子供とかも来るはずなんだけど……もしその子たちを怒らせでもしたら、お父さんの仕事が増えちゃうからね」

「それは困りますね」

「でもそういう子とも仲良くしないといけないの。だから上手に仲良くなるために、ルールが必要になるのね」


 ふむふむ。

 だいぶ砕いて言っているがつまり、お偉いさんたちの子供との間に今のうちコネを作れ、ということらしい。


 ゆくゆくはこの公国を継ぐことになるのだろうし、大国ではないこの国を引っ張るのにコネは重要なのだろう。


 万年コミュ障の俺に、果たしてそんなことはできるのか。


 少々不安は残るが、後先のことを考えると、きっとここが最初の出世チャンスだ。

 今の苦労は後の楽、とも言うし。



 それに、貴族の美女令嬢と仲良くなれるチャンスかもしれない。


 ツンデレ貴族を攻略。


 エロゲの中で幾度となく繰り返してきたシチュエーション。

 それが現実になるかもしれないのだ。

 うっかりしてたらデュフフっという笑いがこみ出しそうになる。



 ……よし。

 ここで一皮剥くといこうじゃないか。

 例え大変であっても、最後までやり遂げたらきっと後でいいことがある。

 どんなに辛くても、まずはやり抜こう。


 覚悟は決まった。

 やってやろうじゃないか。

 

 そのためにまず──



「では、是非そのルールを僕にご教示ください!」


 カーラに教えを乞おう。


 こういうところで尻込みしたら後で絶対後悔するからな。

 前世で何回も後悔してきた。

 同じ過ちは犯したくない。

 最初から拒否権なんてなかった気もするが。



 俺の頼みに対して、カーラは怪しげな笑みを浮かべながら答えた。


「もちろん、いいわよ」


 こうしてカーラによるマナー講座が始まった。

 

 そして3日もせずに、俺はこの判断をしたことを後悔することになる。



**



 それからパーティが始まるまでの連日、カーラによるレッスンは日夜問わずに続けられた。

 正直俺は舐めていた。

 貴族のマナーの厳しさを。



 今回のパーティは立食形式で行われるらしい。

 そのため、面倒なテーブルマナーなんかは覚えずにすんだ。


 が、立食のパーティは食事ではなく参加者との交流に重点を置いているため、代わりに対人マナーを多く頭と身体に叩き込む必要があった。


 これが辛い。


 慣れていない話し方や仕草もそうだが、何より『人と話す』こと自体が辛かった。



 レッスンの内容はシンプルだ。

 まずカーラがお手本を見せる。

 そして俺がそれを真似する。

 傍らにいるゴーズから合格が出たら次のステップに進む。


 これ以上ないほどシンプルだろう。



 前にも言ったが、この身体になってから物覚えが異常に良くなっている。

 ので、カーラがやることは大抵すぐに模倣できる。


 そこまではいい。


 だが、その先にいけない。

 その先とはつまり、相手がいる状態で同じ動作を行うことだ。


 相手がいなかったら問題ない。

 だがいる状態を想像したら──途端に身体がすくんでしまう。



 もちろんあらゆる手を使ってこのすくみを無くそうとした。

 だが上手くいかない。

 どうしても子供の頃の記憶が蘇ってしまう。


 人と接することへの恐怖は、思っていたより根深いらしい。



 とりあえず最初の1週間で対人的ではないマナーはほとんど覚えた。

 難易度的に明らかに普通の5歳児が覚えられるものではないが、カーラ曰く、


「ライは物覚えがいいからね! どうせなら覚えられるたげ覚えたほうがいいでしょ? 

 もちろんできなくても全然大丈夫よ。普通は次の誕生日会までに覚えるものなんだから。だからあんまり落ち込まないでね」


 とのこと。


 料理の美しい取り寄せ方とか。

 些細な気配りとか。

 普通の5歳児が気にするところではないだろう。


 だからできなくてもいい。

 むしろできない方が普通だ、と……。


 対人的なマナーの習得に難航して落ち込んでいる俺を見かねてか、カーラは最後に優しくフォローを入れてくれた。



 たしかにその通りだと思う。

 これは明らかにレベルが高すぎる。

 いくら中の人の精神年齢が20を超えているとはいえ、外見はやはり5歳のままなのだ。


 だから、無理にできるようになる必要なんてないのではか?

 だって、できなくて当たり前の歳なんだから。

 自分がまだ小さいことに甘えても、今は許されるだろう。



 最初の覚悟はどこへやら。

 俺は最初の壁を越えることを、たった3日で諦めてしまった。


 最初はやる気満々だったカーラも、段々と妥協し始めて、


『とりあえず上品な振る舞いを見せて、コミュニケーションは可能な範囲内で頑張る』


 と言うところで収まってしまった。

 立食パーティでコミュニケーションを諦めるというのは結構致命的だが……。


 できないことはしょうがないのだ。



 よくやったよ、俺は。

 作法なんかは及第点までは行ったし。

 コミュニケーションなんて基本両親がこなしてくれれるだろうからね。


 とりあえず作法を完璧にすることに重点を置き、対人関係は一応挑戦する、と言う形でレッスンは進んだ。



 そんな感じで時間はズルズルと進み、パーティまであと3日となった。


 作法は大人顔負けのところまで成長した。

 やっぱりこの身体の能力はバグだと思う。

 中身がポンコツすぎて全く活かせていないが……。



 対人関係は何度挑戦してもやっぱりダメだった。

 怖い。

 特に、人の目が怖い。


 カーラ相手でさえ、目が合っただけで手が少し震えてしまう。

 これが見ず知らずの他人になったら……。

 気絶してもおかしくない。



 カーラもどうやら諦めたらしく、完全に目標が「いかに優雅に振る舞うか」にシフトしている。


 もちろん申し訳ないとは思うし、なんとかしたいとも思っている。

 でもこんなに頑張っても克服できないのだ。

 毎日挑戦しても結果は同じ。

 萎えるのもしょうがないことだろう。



 そして今日もレッスンは続く。

 今は、盛り付けられた料理の正しい食べ方を復習している。

 多分この練習をするのはこれで20回目。


 俺の身長ではテーブルに手が届かないので、パーティの時はリーヒと一緒に行動することになった。

 皿に料理をよそったり、俺に話しかけてくる人の相手をすることになる。


 あらゆる面で両親に頼り切りで本当に申し訳ないが、これも今の間だけだ。

 いつかきっと、対人恐怖症は克服してやる。



 そしてエアーの料理を食べ切り、ナプキンで口元を拭いたところで、カーラがリーヒに呼ばれた。


「ちょっと先外すわね」


 カーラが部屋を出て行く。

 こうして特訓部屋たる俺の寝室に、俺は審査員のゴーズと2人きりになった。


 俺は部屋の中央に立ち、ゴーズは壁際の椅子でピッと背筋を伸ばしたまま座っている。



 なんとも言えない沈黙のなか、俺はひたすら脳内シミュレーションの中で同じ動作を繰り返す。

 正確に、ミスなく。


 えーと、この時の肘の角度はこうで。

 で、そしたら手首の動きはこうなって。

 指先はこれくらいの力を加えて。

 で、そーっと口元へ──



「坊っちゃまはご自分に自信を持てていないのですか?」


 …………?


 え、今声出したのゴーズ?

 どうしたの急に?


「んと、え?」

「自分自身に自信を持てていらっしゃるのかをお伺いしております」


 自信?

 なんの話だ。

 カーラ、そんなこと言ってたっけ。



 俺が混乱している側で、ゴーズは話を続ける。


「……世の中には、人を見る目がある者とない者がおります。そしてその差は、相手を見る時の着眼点の違いによって決まります。

 そこでお伺いしますが、人を見る目がある者は、相手の何を見ていると思いますか?」


 唐突に始まったクイズコーナー。

 全く頭の処理が追いついていない。

 とりあえずそれっぽい答えを言っておくか。


「えーと、服装?」

「違います。『自信』です。見る目がある者は、一目で自分に自信がある者を見抜きます。

 相手が自分に自信を持てているか……それは仕草や行動ですぐに分かります。

 歩き方や目線、話し方やクセ。見る目がある者は、そういうところから相手の本質を見抜くのです」


「では再びお伺いします。なぜ自分に自信を持っていなければいけないのでしょうか?」

「……分かりません」

「自分に自信がない者は、失敗した瞬間すぐに投げ出してしまうからです」


『すぐに投げ出す』


 その言葉がグサリと胸を刺した。

 返す言葉もなく黙りこくる俺をよそに、ゴーズはさらに話を続ける。


「どうせ自分ではダメだ、できるわけがない、やっても無駄だ……これらは全て『自分には無理だ』という自信の無さが前提となっています」


「では、自信がある者はどうか。きっと自分にはできる、やればできる、と前向きに物事を捉えます。

 物語を後ろ向きに考えていたら、前から来る壁になんか気づけませんよね? 前を向いて、登らなければならないんです」


「…………」


「坊っちゃまは人と話すことを苦手だと思っていらっしゃるようですが、私はそうは思いません」

「いや、だって無理なものは……!」

「無理ではありません。何故なら、ガールイ様とはなんの問題もなく会話していたからです」

「……ッ!」


 返す言葉を失い、俺は黙りこくる。


「ガールイ様とパーティにご来場のお客様、一体何が違うというのですか? やることは一緒なんですよ?」

「それは……」


 俺が無理な言い訳を捻り出そうとするのを阻止するかのようにゴーズは立ち上がり、そのまま俺の真ん前に移動した。


「結局のところ、坊っちゃまは『できない』と決めつけて楽な方に逃げようとしているだけなんです」


「…………」


「もちろん、それは悪いこととは言いません。人間の(さが)ですからね。ですが、楽な方に流されていたら何も変わることはありません。いつまでも弱い自分のままです」


「そのままでも構わない、と言うのなら特に言うことはありません。ですが、もし変わりたいと言うのなら……」


 ここでゴーズはピッと人差し指を立て、それを俺の額に軽く押し当てた。


「一つ、私からアドバイスを差し上げましょう」

「……お願いします」

「アドバイス、と申しましたがやることはとてもシンプルです。どんなに無根拠でも構わないので、無理やり自分に自信を持ってください」


「私はできる奴だ、と口に出して唱えるのも効果がありますし、なんでもいいので、自分はできるやつだと思い込むんです。

 たったそれだけで、きっと上手くいくようになるはずです」

 

 ここまで言い切ると、ゴーズは再び椅子に戻っていき、フゥと再び腰をかけた。

 そして一息ついてから一言。


「……少なくとも、周りの皆様は坊っちゃまを信じておられますよ」


 …………。

 よし。

 一旦自分と向き合ってみよう。


 まず前世。

 楽な方へばかり逃げた結果が、脛齧り引きニート。

 今思うと、20歳ならきっとやり直しなんかいくらでもできただろう。


 でもできるわけがないと勝手に決め付け、現実から逃げていた。

 まさにゴーズの言う通りである。



 じゃあ今はどうだろうか。

 その頃から何か変わったか? 成長したか?


 否。


 何も変わっていない。何も成長していない。

 変わったのは見た目と環境だけ。


 結局、中身はまだクズニートのままなのだ。

 楽な方へ逃げても、いつかきっと巻き返せると都合のいい思い込みをして。

 できないと勝手に決めつけて。

 辛い現実から目を背けようとしている。



 そんな奴が、人生をやり直す? ハーレムを築く?

 馬鹿馬鹿しい。

 笑えるね。


 どうしてそんな甘ったれたことが言えるんだ。

 何も成長していないのに。



 そうだ、俺。

 俺は変わらなければいけない。

 いつか、ではない。

 

 今、ここで。


 前世の俺はとっくに死んだんだ。

 ここにはもう、あのクズニートはいない。

 俺はニートじゃない。



 貴族の子息。

 銀髪魔眼オッドアイの持ち主。

 圧倒的イケメン。

 優れたエルフとエプシルの間に生まれた──



 ライ。


 ライムント=エンゲルベルトだ。



 前を向け。振り返るな。

 いい加減本気を出すんだ。


 全ては、前みたいな人生にならないため。

 悔いのないように生きて、ハーレムを築くため。



 やれ。

 やれ。

 やるんだ。

 俺ならやれる。

 いや、俺にしかできない。



 大きく息を吸って。

 吐く。


 よし。


「……ありがとう、ゴーズ」


 ニカッと笑いながら、俺は言う。


「やれる気がしてきたよ」


 ゴーズは特に何も言わず、ただ嬉しそうに微笑んだ。


 そこはちょうど、カーラが戻ってきた。


「ごめーん、待たせちゃって。思ったより話が長かったわ。さっさ、練習しましょ」

「母上!」

「ん? どうしたの?」

「人との接し方を教えてください」

「え? 別にいいけど……あれだけダメだって言ってたのに」

「いいえ、母上」


 大きく息を吸う。

 そして胸に残っていた塊の破片を吐き出すと共に、俺は言った。


「僕ならできます」


 こうして俺は対人恐怖症を克服した。

 

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