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来客


 次の日。

 さあ、物置に行って本を取ってこよう! と威風堂々部屋を出た途端、カーラに、


「ライー? ちょっと来なさーい」


 と呼ばれた。

 出鼻を挫かれたようで面白くないが、今の俺は素直で可愛いライ君。

 そのままカーラの声がした方へ舵を切り、間もなく声が聞こえてきた客間についた。



 入る前にひとまずノック。

 それがマナーだからな。


「入れ」


 おや、リーヒもいるのか。

 2人揃ってどうしたのだろう。

 まさか俺を含めての3P……!?

 もしくは子供を使った羞恥プレイ……!?

 いや、ないな。ごめんなさい。


「失礼します」


 ドアを開ける。

 向かい合うように並ぶ二つのソファ。もちろん革張りで、両親はそこにぴったり寄り添うように座っていた。リーヒがカーラの肩を抱き寄せ、カーラはその頭を彼の肩に預けている。


 ヒューヒュー。お熱いこと。


 そして向かい合うようにさらにもう一人、赤毛が目立つがっしりとした男が座っていた。

 革のエプロンを身につけ立派な顎髭を蓄えた、いかにも「職人」って感じの人。

 誰だろう。



 俺が首を傾げるのをよそに、リーヒはおもむろに口を開いた。

 

「ライ、2週間後のパーティのことは知ってるな?」

「え? は、はい。一応……」

「こんなんでも、俺は貴族の端くれだ。他の貴族になめられたら伯爵としての威厳を保てん。なので今回のパーティは盛大にやろうと思う」

「だからねライ、今回のパーティのためだけにお洋服を作るのよ」

「そちらにいるのがガールイ。町で一番腕の立つ職人だ」


 紹介を受けて、ガールイと呼ばれた男が立ち上がった。


「よお、ガールイだ。あんたが旦那んところの息子か?」

「お初にお目にかかります。ライムント・エンゲルベルトです」


 片足をスッと引き、左手を胸に添えて頭を下げる。

 この世界の貴族の作法だ。

 最近カーラに教わったばかりだが、上手くいった。



 俺の礼を見て、ガールイはぴくりと眉を動かした。


「旦那。あんたの息子、もう少しで5歳になるんだったよな?」

「あぁ、そうだが?」

「むわっはっは、随分と賢い息子だな! あのクソ生意気坊主のガキとは思えないぜ。こりゃカーラさんの血に違いねえな」

「……うるさい、余計なことを言うな」


 おやおや。

 先ほどまで伯爵の威厳云々を語っていた漢が、顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。

 え、気になる。

 お父さんの武勇伝、気になる。



「んじゃまあ、主役も来たことだし。ぼちぼち始めるか! 部屋、借りていいんだよな?」

「……好きにしろ」

 

 あらあら、拗ねちゃって。

 剣を持ったらあんなにかっこいいのに。

 可愛いところあるじゃない、んもう!


「よし、じゃあ坊主。お前さんの部屋に案内してくれ」

「は、はい」


 俺はガールイを連れ、顔を真っ赤にしたままカーラに撫でられているリーヒを横目に部屋を出た。



 いやぁ、いいものを見た。


 リーヒとの交流の機会は少ない。

 面倒はカーラとゴーズが見てくれるし、それなりに職務の方も忙しいらしい。

 ので、リーヒを見るのはいつも庭先。例の鍛錬のときだけだ。


 かっこいいところしか見れなかったので、こういうギャップにはやっぱり萌える。

 もうちょっと打ち解けてくれてもいいと思うんだけどなあ。



 そんなことを考えているうちに、部屋に着いた。


「どうぞ」

「おう、失礼するぞ」


 ドアを開けてガールイを通す。

 カピカピのティッシュとかが落ちてないかと一瞬不安になったが、大丈夫。

 この世界にきてから性欲を感じたことはない。

 火の気がないところで火事は起こらないのだ。



 ここ数年で俺の部屋もだいぶ様変わりした。

 ベビーベットは消え失せ、普通のシングルベットがとって変わった。棚のおもちゃも減り、代わりに絵本が開かれている。

 絵本を舐めたらいけない。

 この世界のことを知る重要な手がかりだ。それに文字の勉強にもなる。


 

「よし、じゃあ坊主。ちょっとそこら辺に立って待っててくれ」

「あ、分かりました」


 部屋の真ん中辺りに立つ。

 ガールイはどこからともなく皮袋を取り出すと、それを床上に広げた。中には裁ちバサミや縫い糸、それに布など、雑多な道具がグシャッと詰め込まれている。

 その中からメジャーのようなものを取り出すと、ガールイはくるりと振り返って俺と向かい合った。


「そんじゃまあ、今から採寸してくから。じっとしてろよ」

「はい」


 ガールイはメジャーの先端をぴったりと俺の頭に押し付けると、それをぴっと足下まで伸ばした。

 目つきは完全に職人のそれだ。

 話しかけるなオーラがすごい。

 でも……。


 気になる。


 パパンの黒歴史。

 リーヒがあそこまで顔を赤くしたのだ。

 かなりやらかしちまったのだろう。

 超気になるんですけど!


 どうしよう。

 声出したら怒られそうだし……。


 いや、思い出せ。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 怒られたら怒られただ。勇気を出そう。


「あの……」

「ん、どうした? 親父の昔話でも聞きてえか?」

「え? あ、はい!」


 おぉ。

 察しが早い……ていうか、待ち侘びていたかのような返答の早さだ。



「そうかそうか、そんなに親父の話が聞きたいか。いいぜ、話してやらぁ。でも親父には内緒だぞ?」

「もちろんです!」

 

 互いに顔を見合わせて、ニチャアと悪い笑いを浮かべる。

 いいね、この悪いことしてる感じ。



 ガールイはメジャーで俺の体を測りつつ、リーヒの昔話を始めた。


「昔の親父はな、まあ一言で言うとクソガキだわ。町中のガキを連れて畑を荒らすわ、店から物を盗むわ……最悪のガキ大将だった」

「へえ……なんだか意外です」

「今の旦那からは想像もつかんもんな。旦那はエプシルだからよ、ガキのくせに体力だけはありやがってな、押さえつけるのに大の大人が三人も必要だった」

「そ、そんなに……」

「んで、旦那がなんかやらかすたび、テーズ様が謝って回ったもんだよ」

「テーズ?」

「旦那から聞いていないのか? お前さんの婆さんに当たる方だよ」

「聞いてないですね」


 ガールイは一旦作業の手を止め、「ふーむ」と髭をさすった。


「まあ、2人も色々あったしな。旦那も言いづらいんだろう……話が逸れちまったな。

 そんでな、まあ多少の悪事は俺たちも目を瞑ってたんだよ。確かにクソガキではあったが、まあ大した被害でもなかったからな。テーズ様への恩もあるし、俺らも強いことが言えなかったわけだ。

 だがな、ある日、旦那は女にとうとう手を出しちまった」

「女?」

「内容はお前さんにはまだ早すぎるが……まあ絶対にやっちゃいけないことだな」


 まじかよパパン。流石にそれは人間性疑われるぜ?

 リーヒの黒歴史は思っていたよりやばいらしい。

 てかこんな生々しい話、子供には早えだろ!

 いや、中身は25歳。ノープロノープロ。



「それで流石に見逃せなくなったテーズ様が、旦那を道場に無理やり弟子入りさせたんだよ」

「道場、ですか」

「そうだ。黒武流っていう、まあなんでもありの流派だな」


 なんでもあり、か。


 絵本を通じて、この世界の武道にはいくつかの流派が存在していることを知った。

 その中で最も目についたのが、光聖流だ。

 対象を剣だけに絞り、いかに早く、正確に剣を振るかに重点を置いた流派。

 この世界で最もポピュラーなのだろう。絵本の英雄は大抵この流派を使っている。


 もちろん、その他にも何個か流派は存在する。

 だが、黒武流か。

 一度も聞いたことがない。



「普通こういう時は遠い大学に行かせて無理やり勉強させるもんなんだがな。

 あいにく旦那は大の勉強嫌いで、12歳になっても足し算すらできなかったんだ」

「えっ、そこまでですか……」

「んで、仕方なく道場に行ったわけだが……旦那はあっちゅう間に黒武流を自分のものにしちまった。2年くらいだったかな」

「それは早いんですか?」

「早いも何も、一つの流派を完璧に習得するには早くて20年はかかるぜ。エプシルだったとしてもバケモノみてえな早さだ」


 わーお。

 リーヒはある種の天才らしい。


「んでよ、黒武流を完全にモノにした旦那は、そのまんま冒険者として世界へ飛び出しちまった」

「冒険者?」

「まあ、ざっくり言うとクエストをこなして報酬金を得る職業だな。魔物討伐とか、馬車の警護とか……」



 この世界にもモンスターはいる。

 それは絵本から分かっていた。


 なんでも我々人間やその他動物とは根本的に生命サイクルが違うらしい。

 エネルギー源はまだはっきりとはわかっていないが、おそらく魔力を糧にしているのだろう、とのこと。

 人や動物を襲い、建物を破壊する。コミュニケーションは不可能。


 また、目の色によって種類を大まかに分けることができ、紅い眼を持っていたら魔物、金色の眼を持っていたら魔獣となる。

 そして魔獣は、魔物よりはるかに強い。

 世界中のどこにでも存在するが、種族ごとに分布地はおおよそ決まっている。

 例えば緑の草原には「悪魔の馬(デビルホース)」が住み、竜の平原には「草竜(グラスドラゴン)」が住むって感じ。


 分かっているのはこれくらいだ。



「で、10年経っても、20年経っても、旦那が帰ってくることはなかった」

「え……?」

「俺らの中で旦那は死んだことになっていた。どこかでドラゴンか何かに襲われて死んじまったんだろう、ってな」

「ドラゴンに、ですか」

「そこら辺は適当だがな。まぁ、テーズ様がどう思ったのかは知らんが、俺らの間ではあいつはただのクソガキだったし……死んでよかったとまでは言わんが、特にどうとも思わなかった」


 おうおう。なかなかに冷たい。

 まぁ、畑を荒らしてばかりいるクソガキだったのだ。これが当然の反応なのだろう。



「だがな。25年経った時。旦那は帰ってきたんだ」

「おぉ!」

「帰ってきた旦那にクソガキの面影は残っていなかった。横にはびっくりするくらい綺麗なエルフを連れてな、しかもずっと賢くなっていた」

「賢くって、足し算もできなかったのに?」

「俺らもびっくり仰天したわ。だってあのバカが魔法を操ってたんだぜ? そんなこと、天地が360度回ってもあり得ないって思ってたのにな」


 すんげえドラマチック。

 映画にあってもおかしくない話だ。



「25年の間に何があったのか。何が旦那を変えたのか。ここまで変わっちまったんだ、当然気になるわな」

「僕も気になります」

「そんで、いろんな人が旦那に聞いたんだが……旦那が答えることはなかった。一切な」

「一切って、本当に何も語らなかったんですか?」

「本当に一切だ。どんな質問にも、旦那は答えなかった。なぜかは知らねえ。それすらも教えてくれねえからな。カーラ様も一緒だ」


 ふむ。

 たしかにリーヒあるいはカーラの口から昔話が出たことはない。

 黒歴史を話さないのは当然として、カーラとの馴れ初めとか、そういう話はポロッと漏らしそうなものなのだが。

 後ろめたいことでもやってしまったのか。



 そういえば、昨日のカーラの反応。

 ベラトーク帝国に対して、何かしら嫌な思い出があるらしい反応だった。


 もしかして……。


 ベラトーク帝国で指名手配をくらったりしたのか。

 そう思いたくはないが、ありえそうでもある。

 あの2人に限ってそれはないと思いたいが。



「で、旦那が帰ってきてから10年くらいのとき、テーズ様が亡くなった。随分年もいってたからな。んで、戦争で亡くなってた親父さんの代わりに後を旦那が継いだってわけだ」

「なるほど……領民の皆さんは今の父上のことをどう思っているのでしょうか?」

「そうだなぁ、昔は領内一番の嫌われ者だったが、今は慕われているんじゃないか? 旦那が教えてくれた肥料のおかげで収穫量も増えたし、税もかなり低くしてくれてるし……非の打ち所がないだろうよ」


 過去がどうあれ、今は領主として慕われているらしい。村から追い出された男が、だ。

 人生何があるか分からない。

 まあ、どこの誰とは言わないがなんの能力もないブスニートが転生するような世界だからな。あれ、なん

鼻の奥がムズムズしてきたような……。



 ここでガールイはずっと俺の体に当てていたメジャーを離した。

 

「よぉし、採寸も終わったことだし、部屋に戻るか! 旦那をいつまでも待たせるわけにはいかないからな」

「あ、はい。分かりました……」


 もうちょっと話を聞いていたかったのだが、残念。

 でも充分面白い話は聞けた。



 ガールイはメジャーを元々入っていた袋にしまい、その袋を肩にかけ、「ほんじゃ、行くか」と、すくっと立ち上がった。

 立ちっぱなしだった俺はそのまま部屋の外に出て、後からガールイがついてくる。

 

「この話をしたこと、絶対に旦那に言うんじゃねえぞ?」

「もちろんです!」

「よしよし、いい子だ。ほんとにあのクソガキの子供か疑っちまうぜ」

「冗談はよしてくださいよ」

「いや、何回見ても信じられねえな。やっぱカーラ様の血に違いねえ」

「それは間違いないですね……」


 そんな感じで話しているうちに部屋の前についた。

 入る前にもちろんノック。


「入れ」


 少し間をおいてからリーヒが言った。

 なんだろう、今の間。

 疑問を感じつつ部屋に入る。



 2人は俺が部屋を出たときと同じく、ソファに並んで座っていた。

 あれ、なんもなかったのかな? と一瞬思うが、よく見るとカーラの耳がほのかに赤みがかっている。

 それに、ちょっと衣服が乱れているような……。


 ふーん。

 なるほどね。

 密室に閉じ込められた見目麗しき2人の男女。何も起こらないはずがなく……ってことだな。

 お盛んなこと。

 べ、別に羨ましくなんかないんだからね!


「待たせちまったな。今終わったぜ」

「ご苦労。完成にはどれくらいの時間を要する?」

「そうだな。まあ1週間はかかると思っていてくれ」

「分かった。2週間後にパーティがある。それまでには間に合うようにしてくれ」

「任せとけ。しっかり仕上げといてやる」


 そう言ってガールイはドンと胸を拳で叩いた。

 頼もしい。

 そしてリーヒが立ち上がり、2人は固い握手を交わした。



「よろしく頼んだ」


 ガールイはニカッと笑って頷いた。


「んじゃ、俺は工房に戻って作業を始めるぜ。カーラ様とも……まあ、ほどほどにな」


 こうしてガールイは、顔を真っ赤にしたカーラを残して去っていった。

 

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