地図を見る
……ところで。
先ほどのゴーズとの会話を見たら分かると思うが、俺の語彙力はかなりのものになっている。
いや、確かに語彙は積極的に吸収するよう意識はしてたよ?
しかし、いくらなんでも学習が早すぎる。
多分、小学校高学年程度の語彙力は持っている。
どうもこの体は頭の出来もいいらしい。
単純に若いから、ってのもあるだろうが。
まあ、前世は無能な頭のせいで苦しんだ俺だ。
頭がいいのは喜ぶべきだろう。
兎にも角にも、語彙力が上がったことで、気になることがあればすぐにリーヒやカーラに聞けるようになった。
「父上、魔眼とはなんですか?」
「母上、この世界はどうなっているのですか?」
魔眼については、残念ながらまだ早すぎると断られたが、この世界のことについては簡単ながらも地図を用いて説明してくれた。
やや黒ずんだ羊皮紙に描かれた、歪な大陸図。
地図と呼ぶには少し頼りないが、許容範囲だろう。
上部には左右に長い一番大きい大陸があり、その右下に、アフリカ大陸をひっくり返したような大陸がある。
その二つの大陸は天橋立みたいな細い陸地を通じて繋がっているようだ。
そして左下にポツンと、一回り小さい大陸がある。
脇にはそれぞれ名称が書かれており、上から順に「竜の大陸」、「黒い大陸」、「孤独の大陸」というらしい。
そしてその3つの大陸が囲んでいる海を「中央海」、そして地図の両端にある大西洋のような海は「ゼーゲ海」と呼ぶ。
カーラは竜の大陸の西部にある平原を指差して、
「これが『緑の草原』。ここに私たちが住んでる『バスコー連合国』があるわ」
「連合国? なんですか、それは」
「ライにはまだ難しいと思うんだけど……」
「いえ、そこを何とか!」
「うーん、まあライは賢いし……簡単に説明してあげるわね」
「ありがとうございます!」
「うーんと……連合国っていうのはね、この草原にある何個かの小さい小さい国が集まってね、みんなで仲良くしよう! ってことなの」
なるほど。
俺たちの感覚でいうとイギリスのようなイメージか。イギリスを「仲良く」と言っていいのかは怪しい気もするが。
「じゃあ、つまりここはバスコー連合国に加盟する国の一つ、ってことですか?」
「そうよ。ここはバルル公国って言ってね、一番偉いのがお父さんなのよ!」
そう言ってカーラは得意げに胸を張った。
お可愛いやつめ。
それにしても意外だ。
確かにリーヒは貴族のようなものなのだろうとは思っていたが、一国の主だったとは。
公国ってことは、公爵とか伯爵とか、そういった爵位をおそらく持っているのだろう。
そうやって聞くと、この家はその割には随分小さいように感じる。
いや、もちろんめっちゃでかいよ?
ただ、一国の主が住むには質素すぎる気もする。
威厳がないっていうか、なんというか。
それに、召使いが少ないのも気になる。
領主なら、メイドとかそういった人たちをたくさん雇っていそうなのだが。
庶民的な方が人気を集めやすいのだろうか。
連合国の中でもかなり小さい国なのかもしれない。
メイドは俺のためにもぜひ雇ってもらいたいところだ。それで可愛いメイドさんとあんなことやこんなことを……。
おっと、いけないいけない。オタクなライ君がデュフフしてしまった。
メイドのことは双子の鬼姉妹に任せておけば良いのである。死に戻りなんてまっぴらごめんだしな。
地図へと視線を戻す。
よく見ると、右上に年代と名前のようなものが書かれていた。
10516年、バイルス=バブタクス。
年代がなんかバグってる気もするが……。
とりあえずカーラに聞いてみよう。
「母上、この右上の数字はなんですか?」
「うーんと、これはね。この地図ができた年と作者が書かれてるの。
今が10601年だから……90年くらい前の地図かしら?」
10000年というのはバグではなかったらしい。
すごい歴史だ。
地球で最古の文明が何年前だっけ?
歴史の勉強なんてしてないから分からないが、多分6000年とか、それくらいだろう。
そう考えると、相当な歴史を経たらしい。その割には、あまり文明が進んでいないようにみえる。
あと、この世界にもちゃんと暦という概念はあったらしい。
よかった。自分の年齢がわからないと、なんか不安になるからな。
「あの、僕は何歳なのですか?」
「もうちょっとで5歳になるわよ。あ、ちゃんとお祝いの準備はしてるからね!」
「お祝い?」
「あら、リーヒから聞かなかった? 5歳になったらね、大きなパーティをするのよ!」
「毎年するんじゃないんですか?」
「ふふっ、ライは欲張りね。お誕生日のお祝いは5歳と12歳、あと18歳のときにしかやらないのが伝統なのよ」
「あぁ、なるほど…….」
節目ごとに祝う感じか。
節目にしては規則性が読めないが。
俺のために用意しているというお祝いのことが少し気になったが、今は地図に関する質問タイムだ。ぐっと我慢して視線をまた地図に戻す。
地図は国ごとに薄く塗り分けられている。
それを見るに、今一番大きい国は竜の大陸の東部、バスコー連合国と国境を接している国らしい。
赤く塗られている上に「ベラトーク帝国」とうっすら書かれている。
どんな国なのだろう。
「母上、このベラトーク帝国とはどのような国なのですか?」
困ったら質問。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
分からないことをそのままにしたら、後で苦労するからな。
「そうね……」
質問を受けたカーラの顔はみるみる曇っていった。
……あれ、ダメな感じの質問だった?
タブーを犯してしまったのたろうか。
ちょっと焦る。
焦る俺の頭を撫でながら、カーラは重々しく口を開いた。
「……ベラトーク帝国はね、すごーく強い国なの。食べ物も美味しくて、みんな豊かで……でもね、ライ。あの国にだけは行っちゃダメ」
「……え?」
「ベラトーク帝国の東側の人たちはね、私たち亜人のことをすごーく嫌っているの」
「どうしてですか?」
「その人たちの神様がね、亜人は悪い人だって言ってるからよ。同じ生き物なのにね」
そう語るカーラの顔は暗く、とても悲しそうだった。
嫌な思い出でもあるのか。
その後はなんだが微妙な空気になり、なんだが質問しづらかったので黙って地図を眺めた。
エルフ国とか、ドワーフ王国とか……気になる国はいくつもあったが、今は我慢。
また今度聞こう。
こういう微妙な空気のまま話を続けようとすると、なんだがギクシャクする。
中学時代の数少ない教訓だ。
「カーラー? いるかー?」
一階からリーヒが大声が聞こえてきた。
それに呼応するように、去り際に額にキスをしてからカーラは部屋を出て行く。
この世界では親愛の証によくキスをするらしい。
最初は大興奮したが、だんだん慣れてきた。
今となっては、されると安心する大事なスキンシップとなっている。
さてこの地図。
どうしよう。
片付ける場所を俺は知らない。
しょうがないのでゴーズを呼び、片付けてもらうついでにしまう場所を教わった。
一階の奥まった所にある物置にしまえ、とのことだった。
せっかくなので、ゴーズの後ろへとついて行って物置に潜入してみる。
物置は、使い道がよく分からないガラクタで溢れかえっていた。
そして埃がすごい。
何年放置したらこうなるのだろう。
「ケホッ、ケホッ」
思わず咳が出る。
その咳に気付き、ゴーズは地図を置くとすぐに俺を連れて部屋を出た。
そして去り際に、隠れるようにいくつか本が置かれているのに気づいた。
書斎にも本はあるが、あいにくあそこへの立ち入りは禁じられている。
前に書斎に侵入した時も、見つかってカーラにだいぶキツく叱られた。
でも物置への立ち入りは別に禁じられていない。
よし。
本を読むときはここの本を持ち出そう。
そんなことを考えながら、自分の部屋へ戻った。