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ようこそ異世界


 夢を見た。

 よくわからない霧の中で、誰かと話す夢。

 たったそれだけ。


 会話の内容はなぜか鮮明に覚えている。

 俺が【ギフト】と共に異世界に転生する、というものだ。


 ちなみにギフトの中身はよく覚えていない。そこだけモザイクがかかっているような感じだ。

 あと魔法がどうたら言われたような……。


 まぁ、夢らしい突拍子もない話だろう。

 だがこの夢には一つ、妙な点があった。



 話していた相手の顔を──全く思い出せないのだ。



***



 ふと気付いたとき、俺は誰かの胸に抱えられながら俺はビャーッと産声を上げていた。



 どうやら俺は、本当に異世界に転生したらしい。

 それも、1から。

 赤ん坊の状態から。



 そのことをやっと理解できたとき、誕生してから既に1ヶ月も経っていた。


 そしてそれと同時に思い出した、あの夢。

 夢の中の話だと思っていたが、まさか現実になるとは……。


 いや、あれが夢だったのかは正直自分でも怪しい。

 現実にしては曖昧すぎるし、かと言って夢というには鮮明すぎる。

 中途半端な感覚で、なんだか胸の奥にしこりが残った感じだ。


 まあいずれにせよ、転生したという事実には変わりがない。



 それにしても暇だ。

 多分産まれてから1ヶ月は経ってる。


 そして今、俺は木材を組み合わせた柵に囲まれたベッドに仰向けに横たわっている。


 見えるのは、なんの面白みもない天井のみ。

 あまり現代的な感じではなかった。

 ここに二次元女子の画像が貼られてさえいたら、何週間でも持つのだが。



 さて、今の俺にできることは少ない。

 リストアップするとこうなるだろう。


・寝る

・バタつく

・漏らす

・泣く


 これくらいだ。

 ちなみに、漏らすと泣くはセットでの提供となっております。


 いや、悪気はないよ?

 気づいたら漏れちゃってて、そして気づいたら泣いちゃってる。

 いや、本当にわざとじゃないから。



 俺がビャービャーと泣き出すと、すぐに両親が飛んでくる。

 ここ数日で、両親について少しは分かった。


 まず母親。

 俺が泣き出すと、真っ先に飛んでくるのはいつも母親だ。


 顔はよく分からないが、長い金髪とびっくりするほど白い肌を持っているのは分かる。

 そして何より目につく物。サラサラした金髪からニョキっと突き出した、()()


 耳だ。


 人が持つものとは明らかに異なる、妙にとんがった耳。

 そう、母はおそらく長耳族(エルフ)なのだ。

 風の精霊とかを操ったりする、あのエルフだ。


 しかしエルフは貧乳が多いと聞く割には、かなり立派なものをお持ちである。

 

 まぁ、俺としては大きくて困ることはない。むしろいい。



 そして父親。

 どうやら子育ては母に任せっきりらしく、時々俺のことをくすぐる時以外は、あまり姿を見せない。


 たまに母の代わりにおしめを変えることがあるが、その手つきはたどたどしい。

 子育てに慣れていないんだな、と思う。


 肌は浅黒く、髪は黒い。

 腕は筋肉質でがっしりしており、よく鍛えていることを伺わせる。



 ちなみに兄弟の存在は確認できていない。

 父親の手つきを見るに、多分俺が第一子だろう。


 ただ兄弟の代わりに、執事っぽい人の姿はたまに見かける。きれいな白髪を持つ長身長で、大体部屋の掃除をしている。

 メイドじゃないのが残念だ。



 と、ここまで知ってる限りの情報を述べてきたわけだが、やはり俺はこの世界のことをほとんど知らない。

 まあ、行動範囲がベッドに限られてるからな。



 これから成長していくだろうし、それにつれて出来ることも増えていくに違いない。


 動き回れるようになってから、もっとこの世界について調べればよいのだ。

 今はこのお漏らし生活を謳歌するとしよう。



**



 転生から半年が経って、声を出せるようになった。

 出せるだけで、話せはしない。


「あー、うーあー」


 こんな調子だ。

 声を出すと両親が大変喜ぶので、時々ご褒美として声を出してやっている。



 そんなある日。

 窓から差し込む柔らかな陽の光に俺がうとうとしていると、母親が部屋に入ってきた。


 おしめだろうか。

 まだ漏らしてないのだが。



 そう思っていると、おもむろに母親が俺を大きな布で包んだ。体全体を包み、顔だけが出るようにする。

 麻布か?

 ちょっとチクチクする。


 そして包まれた俺を抱き上げ、彼女は部屋を出た。

 急にどうしたのだろう。



「うあ?」


 疑問形風に声を出す。


 それに反応して母親が俺の頭をくすぐった。

 少しずつ生えてきている髪が頭をなでてこそばゆい。

 

「きゃっきゃっ」


 声に出して笑う。彼女もまた嬉しそうに微笑んだ。

 そしてそのまま階段を下る。

 俺の部屋は二階にあったらしい。


 そういえば、部屋を出るのは初めてだな。

 移動しながらあたりを見渡して気づいたのだが、この家。


 相当デカい。


 少なくとも俺が住んでいた家の3倍はある。

 さっき下った階段も普通の階段ではなく、階段の中ほどで二手に分岐する、お嬢様の邸宅にありそうな構造をしていた。


 我が家はかなり裕福らしい。



 階段を下ったところには赤いカーペットが敷かれた広間があり、そこに父親がいた。


 いつもは動きやすそうな軽装をしている父だが、今はピシッとした正装で身を包んでいる。


 どうやら、どこかに出かけるらしい。

 両開きの戸は開かれ、その脇で執事さんがシャンと背筋を伸ばして立っていた。



 思えば、家の外に出るのは初めてだ……部屋から出ることすらなかったのだから当たり前か。


 無論、ずっとベットで寝ていたわけではない。

 部屋にはプレイルームみたいなコーナーがあり、暇なときはそこで遊ばせてもらっていた。


 でも外には行かなかった。

 引きこもり根性が働いたのか、出ようとも思わなかった。



 そして今、俺は初めて外に出ようとしている。


 まず一歩。

 初めて直接浴びる日光が目を刺し、反射的に目を細める。

 やがて目が光に順応してきた。やや細めたまま目をうっすらと開け、俺は思わず──


 息を呑んだ。


 見渡す限りの黄金色。

 小麦だ。一面の小麦畑が穂を実らせているのだ。


 サーっと風が吹き抜ける。

 穂がさらさらと揺れ動く。


 陽の光を受けてきらきら輝く、小麦の大群。

 すごい。言葉を失ってしまう。



 前から薄々思っていたのだが、どうやら俺は中世の世界に転生したらしい。

 ザ・ファンタジーって感じだ。

 俺が何度も夢見た世界。

 実感が湧かないが、本当に俺は転生したんだな。



 周りを見れば建物を囲むように高さ1メートルほどの塀が連なっており、俺たちが向かう先には門があった。

 門への道はよく整備されており、左右に広がる庭も隅々まで手入れが行き届いていて、なかなか壮観だ。


 もっとも圧巻の小麦畑の前では霞んでしまうが。


 その開かれた門のさらに先には馬車が止まっていて、俺らはそれに乗り込んだ。

 馬の(いなな)きと共に馬車は動き出す。


 道が舗装されていないのだろう、時々ガクンと大きく揺れるが、それでも馬車の乗り心地は思っていたほど悪くない。

 ト○タにはさすがに負けるけどね。



「──……」

「……──ライ……」


 父親と母親は向かい合うように座り、和やかに談笑している。


 相変わらず何と言ってるのかは分からん。

 けれど最近、一つだけ何となく意味が分かった単語がある。



 ライ。



 多分、俺の名前だ。

 根拠、と問われれば答えに困るが。


 まあ言語の習得なんてそんなもんだろう。

 始まりはいつも「何となく」なのだ。日本語すら習得できなかった男が言うのもなんだが。



 30分ほど馬車は走っていたが、やがてその歩みが止まってドアが開けられる。


 降りると同時に辺りを見回してみると、どうやらここは小さな町のようなものらしい。


 砂利でできた大通りに沿うように、石レンガ造りの建物が並んでいる。


 並んでいる、とはいっても多くはない。

 小規模な商店街って感じだ。

 始まりの町、といった方がいいかもしれない。


 そして俺たちは、その中でも一際大きい建物に入った。



 中に入ると、左右に長椅子がずらっと平行に並んでおり、奥の一段上がったところには煌びやかな祭壇が置かれていた。

 建物奥のスタンドガラスから差し込む陽光が、建物内をカラフルに彩る。


 どうやらここは教会のようなものらしい。



 両親は真っ直ぐ奥へと向かう。

 奥の祭壇のそばには、白っぽい祭服を着た、恰幅の良い人の良さそうなお爺さんが立っていた。


 多分神父さんかなにかだろう。

 胴に大きく描かれた六芒星が印象的だ。


 神父さんは両親の姿を確認すると、打ち合わせていたかのように俺の元へ歩み寄り、短い会話を交わした後に母から俺を受け取った。

 そのまま神父は踵を返し、祭壇へ向かう。



 祭壇の上には藁で編まれた籠のようなものが置かれていて、中には白い絹布が敷かれていた。


 そして俺は麻布に包まれたまま、そこに寝かしつけられた。


 神父さんが祭壇の上に登り、両親は左手の一番前の長椅子に座る。

 やがて神父さんが懐から分厚い革本を取り出し、儀式が始まった。



 神父さんが革本をペラペラとめくり、やがてその一節を読み始めると、両親はその両腕を胸元でクロスさせ、目を閉じた。

 祈りを捧げているのだろうか。

 その状態が5分ほど続く。


 何も分からない俺からすれば退屈だ。


 あの革本は聖書なのかな、とか。

 ド○クエで冒険の書を記録する時はこんな感じなのかな、とか。

 そういう取り留めもないことを考える。



 そして神父さんが片腕を掲げ、一際大きな声で何かを唱えた。

 両親もそれを復唱する。

 祈りの言葉だろうか。


 掲げられた手が、そのまま俺の顔へと向かう。

 彼は人差し指だけを立て、それを俺の額にチョコンと当てると、小さな声でなにかつぶやいた。


 そして、その瞬間。

 俺は見た。



 俺の周りに蛍のような明かりがポツポツと現れ、


 やがてそれが辺り一体を覆っていき、


 その淡い灯火が俺を包むのを。



 暖かい。

 物理的な暖かさではなく、体の内側、心が暖まる感じだ。


 灯りはステンドガラスの色鮮やかな光と混ざり、キラキラとその輝きを彩り豊かに反射させ、幻想的な調和を生み出していた。


「うぁ……」


 あんまり綺麗なもんだから、つい感嘆の声を漏らしてしまった。


 どんな芸術作品にも心を動かされなかった俺だが、この光景には思わず感動した。



 これは科学技術でどうこうできるものではない。

 その上、この世界の技術は多分中世並みだ。

 こんなこと、できるわけがない。


 でもやった。

 どうやって?

 答えは簡単だろう。



 ──魔法だ。



 もちろん転生するなら魔法の世界がいいとは思っていた。

 思っていたというか、願っていた。


 だってそんな世界、あるわけないもの。

 所詮魔法なんて人間の妄想だ。

 存在しうる訳がない。


 そう思っていた。

 でも違った。

 俺は転生したのだ。


 魔法の世界に。



 思えば前世では他人に振り回されっぱなしだった。


 理不尽ないじめを受けて対人恐怖症を患い、それのせいで引きニートになって。

 同じような目に遭うことを恐れ、外に出ることすら怖くなった。


 他人に振り回されて、自分の人生を諦めた結果がクズニートなのだ。


 だが今はどうか。

 異世界にやってきて、全てがリセットされた。


 ここには俺をいじめていた奴もいないし、俺の見た目を嘲笑う奴もいないし、ニートであることを馬鹿にする奴もいない。



 そうだ、俺は生まれ変わったんだ。

 この世界の新しい住人、ライとして。

 

 転生してから一年。

 やっとそのことを実感する。



 そして俺はこの時、決意した。


 どんな結果になってもいい。

 他人に振り回されることなく自分の好きなように生きて、『俺だけの人生』を楽しんでやると。


 そしていつか絶対。

 ハーレムを築いてやると。

 

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