第8話 そうだ、街に行こう
「!?」
窓に駆け寄って外を見る。
「なんだ、あれ……!?」
荒れ果てた畑の外。
巨大な蛇が、怒り狂った叫びを上げていた。
「【鑑定】」
怪物に焦点を合わせて呟くと、ステータスが浮かび上がった。
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【ブラッディ・ヴァイパー】 B
Lv:50
HP:350,000 A
MP:8,000 C
魅力:15 E
体力:455 B
魔力:298 C
攻撃力:709 A
防御力:685 A
敏捷:301 C
幸運:153 D
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「Lv50……!」
紫の鱗に覆われた体躯は五メートルをゆうに超え、森で遭遇した熊さえも簡単に締め上げられそうだ。
大蛇は真っ赤な目を憤怒に燃え上がらせながら、何度も突進している。
どうやら見えない壁に阻まれて、侵入できないらしい。
「【結界】の効果か」
あまり心臓によろしくない光景だが、結界の強度は確認できた。
「これなら、少し空けても大丈夫かな」
あの子を置いていくのは心配だが、このままではますます弱る一方だ。一刻も早く衣食住を整えて、安心して療養できる環境を与えてあげたい。
一度二階に上がると、少女に熊の毛皮を掛け、起こさないようそっと部屋を出た。
「よし」
武器に使えそうなものを掻き集め、リィネを肩に乗せて、外に出る。
『ギシャアアアアアアアアアアッ!』
蛇が鎌首を擡げる。紫の牙がぬらぬらと不気味に光った。
【結界】は外からは干渉できないが、中からであれば自由に出られると、【鑑定】で確認済みだ。
「ふー……」
大きく呼吸をし、ばくばくと鳴る心臓を宥める。
相手は格上。こちらの手札は多くない。一瞬で勝負をつける。
俺は静かに腰を落とした。
包丁を構えて、呟く。
「【加速】」
スキルを発動すると同時に踏み込む。
瞬時にして景色が消し飛び、大蛇の胴体が眼前に迫った。
「【絶剣】!」
赤く燃える両眼が俺を捕らえるよりも早く。
包丁が光に包まれ、眩い剣と化した。
すれ違いざまに振り抜く。
疾風のごとく駆け抜けた、俺の背後で。
両断された大蛇の胴体が、地響きと共に倒れ伏した。
「やっ、た……!」
「きゅい、きゅいっ!」
森では無我夢中だったが、初めて自らの意志で戦って勝てた。
達成感もひとしおだ。
俺は蛇が落とした黒い石――魔核と、鱗のようなアイテムを拾って、リィネと顔を見合わせた。
頷き合い、南の空を仰ぐ。
「よし、目指すは【フラウローズ】だ」
旧街道を辿って、森に分け入る。
道中で遭遇した魔獣を、ひたすら【絶剣】と【爆炎】で蹴散らしながら突き進んだ。
【絶剣】はとにかくチートスキルだった。台所から持ってきた錆びた包丁、スプーン、おたまなど、何でも凄まじい威力の剣にできる。ただ一回使う毎に消滅してしまうので、街に着いたらもっと強度のある武器を探そう。
やがて手持ちの武器(?)を使い切ろうとした頃、森が途切れ、視界が開けた。
「抜けた……!」
森を抜けて出たのは、小高い丘の上だった。
俺の頭の上で、リィネが「きゅい~」と晴れ晴れした鳴き声を上げる。
太陽を浴びながら深呼吸する。
二〇キロ近い距離を駆け続けたのに、全く息切れしていない。
空気がおいしい。前世の時から比べても、断然身体が軽い。まるで生まれ変わったようだ。
ふと地平に目を馳せると、遠く、壁に囲まれた街が見えた。
「あれが【フラウローズ】か。大きい街だな」
想像した以上の規模だ。
街の東に巨大な門があり、旅人や行商、たくさんの人が出入りしていた。
丘の下の街道に合流しようとして、ふと気付く。
人里に降りるには、今の俺の容姿はあまりに凶悪すぎる。モテ死回避のためには都合が良いとはいえ、子どもや人々を怯えさせるのは本意ではない。
俺はマントのフードを目深に被ると、襟元を広げた。
「リィネ、少しここに入っててくれるか?」
リィネはもぞもぞと懐へ潜り込んだ。
「窮屈じゃないか?」と尋ねると、リィネは俺を見上げて「きゅいっ!」と鳴いた。
ちょっとちくちくして温かい。可愛い。
ひっそりと丘を降りて、旅人の流れに合流する。
緊張と興奮で高鳴る胸を押さえつつ、人混みに紛れて門を通り、街に入った。
石畳の大通りは、多くの人で賑わっていた。
通りの左右には金物や香辛料、日用品などの露店が並び、客引きの声が賑やかに飛び交う。客が店を覗き込んでは、値引き交渉に精を出していた。
のどかな日常を営む人々に混じって、ちらほらと、鎧や剣、杖を身に付けた人たちがいる。あれが冒険者だろうか?
食材が並んでいる露店を観察すると、見慣れない食べ物もあるものの、キャベツに玉ねぎ、人参、林檎にプラムといった、前世で馴染んだ野菜や果物が多かった。ひとまず安堵する。
おおよその相場は、りんご三個で銅貨一枚。
俺の所持金は銅貨五枚だから……やはり先に魔核を換金した方が良さそうだ。
と、
「どいたどいた、危ないよ」
慌てて端に寄ると、大量の布を積んだ小型の馬車が通り過ぎていった。
馬車を牽いている動物を見て驚く。馬に似ているが、耳が長くて、たてがみが綿のようにもこもこしている。四肢も温かそうな毛に包まれた、見たことのない生き物だ。
本当に異世界に来たのだという実感が今更のように湧いてくる。
人知れずわくわくしていると、不意に強い風が吹いた。
あっ、と思うよりも早くフードが脱げる。
「ひッ!?」
近くに居た母親が悲鳴を上げて、子どもを抱えるやいなや脱兎の如く逃げ出した。
俺に気付いた人々が、青ざめながら後ずさる。
「お、おい、見ろよあれ……!」
「えっ、嘘でしょ……!?」
慌ててフードを被るも、俺を遠巻きにした人々の顔は、一様に恐怖で引き攣っていた。
冷や汗が頬を伝う。
今の俺は、突如として街に現れた、青黒い顔をした猫背でがりがりのトカゲ男――そういえば、元々くたびれていたマントや服も【冥府の森】で小枝に引っかけてさらにぼろぼろになってしまったし、今の俺って相当ヤバいオーラを放っているのでは?
不審者として捕まっても文句は言えないが、あの少女のためにも、時間を食っている場合ではない。
「見たか、今の……」
「え、ええ、確かにあれは……氷竜帝……!」
「そんな、まさか、ついに蘇ったのか……!?」
恐怖が動揺へと変化し、やがて興奮と殺気に塗り変わっていく。
「おい、あんた……――」
伸びてきた手を躱して、俺は咄嗟に身を翻した。
「ま、待て!」
複数の足音が追ってくる。
わああああすみませんすみません、不審者が昼間から出歩いててすみません!
慌てて路地裏に飛び込んだ俺に、【啓示】が告げた。
《実績解除。探索者スキル【隠蔽(Lv10)】を解放しました。発動します》
途端、自分の存在感がすぅっと薄くなったのが分かった。
角を曲がると、積み上げられた空き箱の影に身を潜める。
足音がばたばたと通り過ぎていった。
気配が遠ざかるのを待って、小さく息を吐く。
脳裏に、人々の怯えた顔が蘇った。やはり俺の容貌は異端らしい。まあ、自分でもびびるくらいの悪役顔だもんな、しょうがない。
「きゅぃ……」
「ん。大丈夫だよ」
懐から心配そうに顔を出したリィネの頭を撫でて、立ち上がる。
あまり長居はしない方が良さそうだ。早く買い物を済ませて、街を出よう。
フードを深く被り直して、人の行き来が少ないタイミングを見計らって路地を出る。
【鑑定】によると、【魔核】を換金できるのはギルドか道具屋。
ギルドはなんとなく敷居が高そうなので、道具屋を探す。
何軒かある中で、大きめの店にあたりを付けた。
扉に手を掛けて、大きく深呼吸。
懐から、リィネが応援するように「きゅ!」と鳴いた。
「よし」
小声で気合いを入れてから、扉を開いた。
煌びやかな照明が目を射る。店内はかなり広く、十組ほどの客が商品を選んでいた。整然と並べられた商品に、奥にカウンターが三つ。糊のきいた制服に身を包んだ商人たちが、忙しそうに接客したり帳簿をめくったりしている。
勇気を出して中に入り、商人の前に立つが、反応がない。
「あの……」
やはり無反応。
……もしかして無視されてる? おめえみたいな不気味なトカゲ男なんか客じゃねえってこと? 泣いちゃう。
「……あ」
ふと思い出して、【隠蔽(Lv10)】を解く。
「うわあ!?」
カウンターで作業をしていた商人や、商品を吟味していた客たちが、突如として現れたぼろぼろのフード姿の俺に気付いてびくりと後ずさった。
うう、申し訳ない。
あまり不快感を振りまくのも悪いので、深く俯いたまま銅像のように直立不動を心掛ける。
腹回りの豊かな商人らしき男が、貧相な俺の身なりをじろじろと見渡して、「……買い取りですかい?」と横柄に尋ねた。
無言で頷く。何しろ声も酷いのだ。低くてがさがさしていて、聞く者を威圧するような響きがある。なるべくしゃべらない方がいいだろう。
袋から取り出した魔核とアイテムをカウンターに並べて、短く「これを」と告げた。
商人はカウンターを胡乱げに一瞥し――ぎょっと目を剥いた。
「こ、こいつは……! イヴィル・タイガーの牙に、ブラッディ・ヴァイパーの鱗!? あんた、これをいったいどこで……!?」
店内がざわっとざわめいた。
「なっ……! イヴィル・タイガーやブラッディ・ヴァイパーといえば、Bランクパーティーでも苦戦する魔獣だぞ……!?」
「あいつまさか、【冥府の森】に……!?」
客たちの上擦った口調から、何やら尋常ではない緊張感がひしひしと伝わってくる。
どうしよう、思いのほか注目を集めてしまった。
あまり目立ちたくない。かと言って、嘘もつきたくない。
結果、俺は沈黙を選んだ。沈黙は金だ。
「お、おい、答えないぞ……やっぱりあいつが……?」
「あの堂々とした佇まい……あの男、一体……っ」
……さらにざわめきが大きくなってしまった。
「……あんた、冒険者登録は? ギルドカードは持ってるか?」
ギルドカードというものがあるのか。
首を横に振ると、商人は値踏みするように片目を眇めた。
やがて、そそくさと書類を用意する。
「まあ、今回は特別に買い取らせてもらうよ。ここにサインを――」
商人がペンを差し出した時、俺の背後から涼しい声がした。
「おまえの目は節穴か、商人?」
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