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第7話 たわしの正体

 手の上にたわしを置いて、【鑑定】を発動する。


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【使い魔 ハリネズミ】 N/A

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「ハリネズミ!?」


 思わず叫んだ瞬間、たわしがもぞもぞと動いた。

 針の中から、小さな顔が現れる。


「きゅい!」


 ぴんと立った耳に、ピンクの鼻。黒くて丸い、つぶらな瞳。

 ハリネズミは俺を見上げると、嬉しそうに「きゅい、きゅいっ!」と鳴いた。可愛い。


「たわしじゃなくて、ハリネズミだったのか……」


 針に覆われた背中をそっとなでる。

 とげとげした肌触りに、ふと、昔どこかで耳にした『ハリネズミのジレンマ』という言葉を思い出す。


 ハリネズミは、相手に近付きすぎれば、我が身を鎧う針で傷付けてしまう。だからどんなに好いた相手でも――いや、好いた相手だからこそ、一定の距離を取る。

 相手を傷付けたくない。けれど、離れれば寂しい。その葛藤を『ハリネズミのジレンマ』と呼ぶのだという。


 俺はふっと笑った。


「似てるな、俺たち」

 近付きたいのに近付けない。

 モテたいのにモテたくない。

 ……いや、ハリネズミではなくてヤマアラシのジレンマだったような気がする。


 ハリネズミは不思議そうに小首を傾げている。


 まあ、細かいことはいいか。

 でも、N/Aってなんだろう。本来ならFやAといったランクが表示されるはずだが……


 説明文の続きに目を落とす。


-------------------------------------

【使い魔 ハリネズミ】N/A

  名前:たわし

  真の勇気と慈愛を識る者のみが契約を結べる、特別な使い魔。

 【啓示】によって転移者を導く。

  獲得経験値・スキルポイントが100倍になる。

  実績解除の閾値を大幅に下げる。

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 あ、たわしっていう名前のハリネズミなのか!

 ……いや、大事なのはそこではなくて。


 驚きを込めて、ハリネズミ――たわしを見下ろす。


「あの声……君が導いてくれてたのか」


 たわしはきゅい、と小さな目を瞬かせた。


 しょっちゅう頭の中に聞こえていた導き(ガイド)は、この子の【啓示】の能力らしい。

 【啓示】がなければ、俺も少女も【冥府の森】から生還できなかっただろう。

 それに……


「獲得経験値、スキルポイントが100倍か……」


 どうりでレベルアップが早いわけだ。

 あと、この『実績解除』も気になる。【啓示】が実績解除を告げる度に、尋常じゃなく強くなった。


「全部、君のおかげだったんだな」


 丸腰で、たった一人この世界に転移したと思ったけど、違ったのだ。俺が【再生の門】をくぐる時から、この子がずっと一緒にいてくれた。傍で助けてくれていた。

 胸が温かくなるのを感じながら、黒い瞳を見つめる。


「たくさん助けられたよ。君がいてくれて良かった。ありがとう」


 たわしは嬉しそうに鼻をひくつかせ――その鼻先に、ポン、とメッセージが浮かび上がった。


『ありがとう』

「?」


 たわしはつぶらな瞳で俺を見上げている。

 ふと、その姿に見覚えがある気がした。


「どこかで、会ったことあるか?」


 尋ねると、たわしは俺の手の上でくるくると回った。……可愛い。

 黒い瞳に、このとげとげのシルエット、つい最近見た気がするのだが、思い出せない。

 もちろんハリネズミなんて飼ったことはないし、ペットショップでもついぞ見掛けたことはない。テレビでたまに見るくらいか……ところで、ハリネズミって何食べるんだろう?


 俺の膝によじ登るたわしを見ながら思案する。

 それにしても、この子にこんなすごい能力があるなんて……いいのかな、俺なんかの使い魔で……ちゃんと幸せにしてやれるだろうか――いや、幸せにしなくては。

 飼い主(?)としての責任と覚悟を胸に刻み、呼びかける。


「なあ、たわし。俺はたぶん、あまり人と関わらず、地味で退屈な人生を送ると思う。それでも一緒にいてくれるか?」


 たわしはきゅいっと頷いてくれた。心なしか笑っているような気がする。

 嬉しさに頬を緩めた時、【啓示】が響いた。


《名前をつけてください》

「……たわしじゃだめなのか?」


 誰が付けたか分からないが、とても可愛いと思う。


《名付けによって、契約を交わす必要があります》


 なるほど。


「名前かぁ」


 たわしを抱き上げて、しげしげと観察する。あ、おなかがうっすらピンクだ。可愛い。

 名前……ハリネズミ、ハリネズミ……ハリー、ハーリネー、ネーズミィ……トゲ……トゲッコ……チクチク太郎……ハリセンボン……ボン太郎……?

 何やら視界の隅で、たわしがわたわたと慌てふためいている。

 うーん……ハーリィ、リネーズ……リーネー……


「……リィネはどうだ?」


 尋ねると、たわしはきゅいっ! と元気に手足をばたつかせた。

 気に入ってくれたようで良かった。


「でも、たわしも可愛いから残したいな。あと、いやじゃなかったら、俺と同じ名字になるって、どうかな」


 この世界で、家族のような存在になれたらいいなと思いつつ提案したのだが、ハリネズミはきゅいきゅいと嬉しそうに万歳した。

 可愛い仕草に、つられて笑ってしまう。


「よし! 今日からおまえは、リィネ・たわし・ヒューゴだ!」


 高々と持ち上げると、リィネの身体が眩く輝いた。


《契約完了。【リィネ・たわし・ヒューゴ】が正式な使い魔となりました》

「きゅい~!」


 リィネが小さな身体に喜びを溢れさせながら、俺の肩に駆け登り、頬にすりすりと鼻を寄せる。

 愛おしさを籠めてその背中を撫でた時。


 窓の外から、恐ろしい咆哮が轟いた。





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