第8話 【ドロップアイテム:肉】の作用
駆け込んでくるミヤビの後ろに、自分も逃げつつ目をやる。どうしよう。戦うにも、強そうすぎる。いかつさで言えば、オークの100倍だ。
「ど〜したらいいんですか〜!」
ミヤビの半泣きの声が聞こえてきた。
このまま逃げ続けてもいたちごっこだろう。俺は方向転換し、罠の方に走り出した。
「とりあえず罠に誘導して!」
「これ罠に引っかかりますか〜!?」
「分からないけど1回やってみよう」
他に生き残るための抜け道がない。もし罠に引っかかったら、その隙に倒すことができる。
様子を伺っていると、しばらくしてドシン、と大きな音が聞こえてきた。
「罠にかかりました〜! 片足だけ穴に入ってます」
「了解!」
あらかじめ罠の近くに待機しておいて良かった。
ドロップ率が上がるときの条件は、心臓を一突きで殺すことだ。冒険者たちは齧られることを恐れて首を切り落とすことが多いけど、それではあまりアイテムが取れない。
ヴォぉぉぉ、と雄叫びを上げて両手を振り回すクマ型の懐に潜り込む。心臓を狙う。左手に持っていた剣を右手に持ち替え、一息に突き刺そうとした、が……
「くそっ!?」
振り下ろされたクマ型の手に阻まれてしまった。ついでに剣も跳ね除けられる。そのまま鋭い爪が近づいてきて――
ギリギリで躱した。
俺は1歩後ろに下がった。このままじゃクマ型が罠を突破するのも時間の問題だろう。もしかしたら、騒動に紛れて他のモンスターも寄ってくるかもしれない。頭を巡らせている間にも、爪は襲いかかってくる。
ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間だった。
「心臓を狙えばいいんですか?」
「あぁ! 心臓を一突きでいけば、ドロップ率がアップする!」
「了解です!」
背後からミヤビが駆け込んでくる。俺の上を跳ぶようにして、クマの手も躱して、まるで槍を突き刺すように剣をクマ型に突き刺した。
ガァァァァ、とクマ型が苦しそうに大声を出す。ミヤビは心臓の位置に剣が突き刺さったことを確認すると、クマ型の肩に飛び乗り、そのまま地面へと降りた。
滑らかな動きだった。荷物もなく、視界も開けるとここまで強いのか。きっとこれから、もっと強くなるだろう。
「ありがとう。助かった」
「いえ、指示がなければここまでできませんでしたから」
クマ型はしばらく喚いていたが、徐々に静かになっていった。数分して全く動かなくなり、そして消えた。
「消えましたね」
「消えたな」
罠に落ちそうになった剣を掴むと、その先には肉。ミヤビより一回りくらい小さいから……130cmくらいか。
「ここの階層、ドロップするの肉だけなのか……?」
「肉ですか……でも美味しそう」
隣でジュルリ、と音が聞こえる。おそらくミヤビが唾を啜った音だ。そういえば、ここに来てからミヤビは何も食べてないもんな。
「食うか」
「食べましょう食べましょう!」
「いやでもミヤビが食べるのはちょっと……」
「なんでですか!?」
はしゃいだ声が一転、不満そうな声になる。
「だって、俺が食べる分には何もなかったけど、ミヤビが食べたらどうなるか分からないから」
「それはそうですけど……干し肉より美味しそうなんだもん」
ムゥ、と頬を膨らませる。
でも俺が2個食べても何もなかったから、食べてもいい、のか……?
「髪白くなるかもしれないぞ」
「むしろ大歓迎です」
俺はミヤビの黒髪は綺麗だと思うのだが、本人は嫌っているらしい。髪のせいで今まで散々苦労してきただろうから、恨めしい存在と言えばそうなのかもしれないけど。
「一口にしとくんだぞ、一口に」
「分かってますよ」
ミヤビは頷き、肉を小さく切り分けた。ちょうど握りこぶしくらいのそれを、ロウソクで軽く炙り、それから塩を振りかける。ていうか塩とか持ってたんだ。
キラキラした目でかぶりつく。モッチモッチと咀嚼した。
「おおっへいあおいおいいふあいへお、」
「ちゃんと飲み込んでから喋ろう」
ゴクン、と飲み込む。
「思っていたよりおいしくないけど、不味くもないですね。塩振りかければけっこういけます」
ミヤビはグッド、の形を指で作った。話を聞くかぎり、あの犬型と同じような味がするんだろう。
もうちょっと煮込んだり味付けしたりすれば、おいしく食べられるようになるかもしれない。
「体の変化は……?」
「うーん、特にないですね。強いていえば疲労が回復した気がするくらいです」
疲労回復は俺のときにもあった。つまりは、この層のドロップアイテムの肉には、疲労回復作用があるということである。
整備士時代、調べたところによると、同じ層のドロップアイテムは、同じ作用を持つものが多い。
その特性だと、ミヤビも若返るはずなのだが……
「もし犬型の肉とクマ型の肉が一緒だと仮定するなら」
俺が切り出すと、ミヤビはじっとこちらを見た。
あぁいや待って、話を聞く前に肉を焼く手を止めなさい。
「たぶん成人式までで最高の年齢に若返るんだろう。つまりミヤビが若返らなかったのは、成人式をまだ迎えてないから。俺が若返ったのは、タトゥーが入る直前まで。髪が白くなったのは何でか分からないけど、それはもしかしたら若返ることの副作用なのかもしれない」
我ながらトンデモ理論だが、こう考えるしかない。他に考えようもないし。
ミヤビは目をパシパシしてこっちを見ていたが、再び肉を焼き始めた。しかも、さっきより多く。
「つまりは私、もっとこの肉食べていいってことですか?」
「理論上はそうなるけど、焼いたときの匂いでモンスターが来たら怖いから、洞窟に戻ろうか。あと、安全層目指さなきゃ」
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