第5話 ミヤビと出会い、キノコを食べる
目の前でペタンと座るミヤビの一言に俺は我に返った。そうだよな。先に説明しなきゃ。
まだ状況を掴めてないだろう。さっきは意識が朦朧としていたし。
「あぁ、えぇっと、俺もここに来たばっかで全然把握できてないんだけど、ここはダンジョンのかなり下の層みたいなんだ。人の痕跡がないし、未開だと思う」
「なるほど……確かに先ほどおっしゃってましたね」
「うん。それで、ここのモンスターを倒したら何かの肉をドロップするっぽいんだけど……それだけじゃ生きていけないからさ。野菜とかがないかと思って探してたらミヤビに出会って……あ、あと敬語辞めていいからね。たぶん歳変わんないから」
「分かりました。ちなみに私は14歳です。野菜、ですか。私、干し肉ならいくつか持ってるんですけどね」
大人っぽい雰囲気と敬語からせめて16歳くらいだと思っていたが、どうやら14歳らしい。それでも、そんなに年齢は変わらないだろう。俺だって、17歳以下の可能性あるし。
「口調、変わんないんだね。干し肉助かるな。俺は17歳だ……あと、水もあるんだ。向こうの洞窟に湧いてるんだけど……」
「さっきもらいました。なんか……初対面の人にタメ口ってなかなかできなくて……」
「なるほど……それは俺も分かる。とか言いつつタメだけど」
確かにミヤビの言いたいことは分かる。俺だって今、かなり緊張しながら喋ってるんだ。まぁ、年の差があるからまだ喋れるけど。同年代の女性がなんだかんだ言って1番怖い。
コクン、とミヤビが頷き、それに合わせて、伸ばしっぱなしの髪が揺れた。
さっきキャッチしたときは仰向けだったから分からなかったけど、前髪も長いし、邪魔そうだ。
「ちょっと反対向いて前に座って……髪、くくっていい?」
紐を持っていたのを思い出して、手招きする。ミヤビは怪訝そうな顔をしたが、頷いて目の前に座った。なんだか娘みたいだ。気づいて微笑ましい気分になる。
前髪ごと髪を集めて、後ろで一つくくりにする。
だいぶスッキリしたし、綺麗な目もよく見えるようになった。
「あ、ありがとうございます。器用、なんですね」
束になった髪を何度も触りながらミヤビは言った。慣れないのかもしれない。
「整備士……って分かるかな。俺、ずっと整備士してたから、手先だけは器用なんだ」
「そう、なんだ。私、髪くくったことなくて、今が初めてで。こんなに周りが見えやすいんだ。ありがとう」
髪から手を離して、ミヤビは照れたように笑った。
「いやいや、全然。整備に使うものだったら何でも持ってるから、したいこととか使いたいものとかあったら言ってね」
「うん。分かりました」
ミヤビが頷いたのを見て、俺は立ち上がった。今重要なのは食料の確保だ。
「そういえば、アルフさん」
同じく立ち上がったミヤビに声をかけられ、振り返る。
「野菜に関してなんだけど、ダンジョンの安全層探したらいいんじゃないかな」
「安全層……?」
聞き慣れない単語に目を瞬かせると、ミヤビは頷いた。
「最下層から1つ上の層に安全層っていうのがあって、そこには野菜やら果実やらが実っているらしいんです。伝説なので、信ぴょう性はないですけど。ここがダンジョンの下の方なら、上を目指すよりそっちの方が早いんじゃないかなって……」
「なるほど! ありがとう、ミヤビ。本当かどうかは分からないけど、そっちを目指そう」
じゃあ、今までとは反対方向に行かなければいけないわけだ。それなら、水とあの肉をいくつか取るだけで足りるだろう。
問題はその肉なんだけど。
……ていうか、ミヤビがあの肉食べていいんだろうか。俺が36歳も若返ったのに、本当に食べていいんだろうか。存在消えたりしないよな……?
頭の中で急激にできあがった仮説に怖くなるが、この際どうしようもない。というか、肉だけは事情を話して、ミヤビに我慢してもらうしかない。
……いや、干し肉持ってるとか言ってたっけ。それ食べてもらうしかないか。
「ちなみにミヤビは第何層が限界だった……?」
「第13層ですね」
「けっこういけるんだな」
戦闘は俺の本業じゃない。ミヤビに任せないとどうしようもないだろう。
最下層まで何層あるか分からないあたり、ちゃんと戦えるかは分からないけど。
「ここでのモンスターってどれくらい強かったですか? アルフさん、1回倒したことあるんですよね……?」
「あぁ、うん。たまたまだけどね。俺の2倍くらいの大きさの犬型のモンスターで、電気を使うみたいだった。それは心臓を刺したら簡単に死んだけど……もっと強いのがいるかもしれない」
「なるほど……」
ミヤビが手を顎にあてる。
「ここが第何層か分からないので私、戦えないかもしれませんけど、力にはなれると思います。いや、力になります! 助けていただいたので!」
「でも危ないことはできないしなぁ……」
しばらく考えて思い出した。キノコの存在だ。あれが食べられれば、肉を食べなくてもいい。
毒味したら死ぬかもしれないけど。
「ミヤビ。もし俺が死んだらさ、まっすぐ安全層目指すんだよ。変なもの食べたり、拾い食いしたりしたらダメだよ」
「何言ってるんですか?」
肩に手を置く。ミヤビの訳が分からないと言いたいような顔に若干ハートブレイクしながら、小さく切ったキノコを口に含む。味は悪くない。さっきの肉に似ているような気もする。
しばらく口で転がしても変化はなかった。即効性の毒ではないようだ。意を決して、飲み込む。
「あの……」
「あぁうん。あのでっかいキノコが食べられるかどうか、ちょっと気になってさ。毒かもしれないから。今食べてみたんだけど」
「食べたんですかっ!?」
「あ、うん。食べたんだけど、今んとこ何もないから、水取りに洞窟行こっか」
どの道キノコは食に困ったときに食べるつもりだったし。この層は危険だらけで、常に死と隣り合わせだ。そもそも穴に突き落とされたときから死ぬ覚悟はできている。
困惑した顔のミヤビをおいて、俺は歩き出した。小走りで、ミヤビがついてくる気配がした。