第2話 未開の地で、モンスターを倒す
ズドン、と重い衝撃。それで意識が覚醒した。
死んだ、と思った。いや、意識がまだあるから死んでないんだろうけど。
「どこ、まで、落ち、たんだ……」
足が痛い。骨が折れたのかもしれない。確認してみるが、複雑骨折はしてないみたいだ。動かすこともできるから、骨折もしてないだろう。
「一応無事、なのか……いや、無事じゃないか」
思わず苦笑する。
どこまで落ちたのかは知らないけど、ダンジョンでもかなり深いところだろう。最下層に近いかもしれない。現に、周りは真っ暗で、どうなっているのかよく見えない。未開の地であることは確かだ。
開拓されているところなら、明かりが点っているはず。
「歩いて状況、確認しなきゃ、な……いや、こういう、とき、安静にしてなきゃ、いけなかったんだっけ……」
這うようにして壁らしきものまで辿り着き、どうにか立ち上がった。足がガクガクと震える。これはしばらく休んだ方が良いかもしれない。休んだからといって、改善されるかは分からないけど。
「そういや俺、なんで生きてんの……」
普通だったら死んでるはず。だって頭から落ちたんだ。たとえ頭からじゃなくても、潰れて死んでいるはずだ。
「実はあんまり深くないのか……?」
首を傾げてみるが、分からない。
「まぁ、歩いてみるか……」
足の痛みを堪え、歩き出す。とにかく地上を目指さなければ。
いくら50過ぎのおっさんだからと言って、ここで死にたくはない。今までの貯金で、田舎でゆったり暮らしたい。
「えぇっと。あの穴からまっすぐ落ちたんだとすれば……右に行けばいいのか?」
ここのダンジョンは螺旋状にできている。
それぞれの層は、緩やかな坂になっているか、もしくは巨大な階段があるかのどちらかだ。ここは傾斜がなく、どうやら階段パターンみたいだけど、階段の方向は大体予想がつく。
「でも歩くには暗すぎるよなぁ。火起こすか」
幸いなことに、カバンは無事だ。カバンから火打ち石を出し、火を起こす。何かあったときのために、と持ち歩いていたロウソクに火を灯すと、やっと周りが見れるようになった。
それにしても……
「なんっだあのキノコ!?」
目の前にあったのは、大量の大きなキノコの群れだった。どうやら穴から落ちたあと、一旦キノコの上でバウンドし、そこからまた地面に落ちたらしい。
足の骨が折れず、おそらく捻挫だけで済んでいるのは、このキノコのおかげだったというわけだ。
「にしても不気味だな」
自分の何倍もの大きさがあるキノコ。まさか今さら襲いかかってきたりはしないだろうが、非日常的すぎて怖い。
「まぁ、この中は通り抜けなくていいんだよな。良かった……」
幸い階段は反対方向だ。
キノコの群れの中なんてどんなモンスターがいるか分からないし、何より怖い。行きたくない。
ふぅ、とため息をつき、歩き出す。一応他の層と変わらず、土でできているみたいだ。変な仕掛けとかもなさそう。それだけが救いだったかもしれない。
未開の地であるここがどのくらい危険かは分からないけれど、地上に出るには歩くしかない。本当は、明かりをつけていることさえ怖いんだけど。
トボトボとしばらく歩いていると、不意に獣のような声がした。モンスターだ。
「くっそ。ここまで来るなよ……?」
心の中で必死に祈る。今足は使い物にならないし、逃げることができない。ついでに、まだ未開拓ってことはそれほど深い層だろうから、モンスターのレベルも段違いに高いだろう。
来るな来るな、とひたすら心の中で念じ、気配を殺して佇んでいたが、それは来た。最悪の場合火で追い払おうと明かりを灯していたからかもしれない。真っ直ぐこっちに向かってくる。
「嘘だろっ……!?」
半分泣きそうになりながらどうにかもがくも、負傷した足では敏捷なモンスターにかなうわけもなく。
すぐに追いつかれた。前足で簡単に倒される。
3mはありそうな大きな犬型のモンスターで、角が5つある。その紫色の角が互いにバチバチと音を立て光ってるあたり、電流でも流れてるんだろう。
もしその電流が体に当たったら、心臓発作で一瞬で死んしまうに違いない。
「どう、したら……」
俺は整備士で、冒険者ではない。今まで何度かモンスターを倒したことはあるけど、それは全部雑魚だったし……
「剣、で刺すか?」
右手で腰の辺りを探り、剣を取り出す。モンスターに襲われたときの護身用に持っているものだ。この犬型に通用するかは分からないけど、可能性は全て試してみたい。
「たぶん心臓は右前足のお腹側。そこを一突きでいけば、殺せるしそれに……」
「アイテムもドロップするかもしれない」
整備の仕事をしつつ、冒険者がモンスターを倒すのをよく見ていた。
まだ仮説にすぎないし、同僚には馬鹿にされたけど、心臓を一突きで狙えば、おそらくアイテムのドロップ率がアップする。
やっと、長年の知識と努力が生かせるかもしれない。
自分を奮い立たせるために口角を限界まで吊り上げる。
もしかしたら電流も必要ないと判断されたのかもしれない。突然ガルル、と口を開き、襲いかかってきた犬型モンスターのちょうど心臓の位置を刺した。