第19話 今日から始まる復讐譚
「これ、アルフさんが作ったんですか……?」
「あ、うん。昨日野菜見つけたからさ」
すごい、美味しそう……とミヤビが鍋の中を覗き込む。ルルはありがとうございます、とだけ言って器を受け取った。
しばらく無言でズズっと啜る。
「それで、話なんだけど」
「話?」
「うん。これから攻略する層に関して」
飲み干した器を切り株の上に置く。十分お腹いっぱいになったし、おかわりはいいや。
「地上を目指すんですよね……?」
ミヤビは困惑したような顔をした。
「そう。地上を目指す。ただ地上だけを目指すから、効率よく上がるために昨日計画を立てた」
適当な木の枝を拾い、地面に図を描く。ダンジョンの層の図だ。
「まず、ダンジョンの層について話そうと思う。知ってるとは思うけど、ダンジョンの層は螺旋型と平面型の2つがある。平面型はいい。モンスターの攻撃をかわしつつ、最下層と同じようにトンネルを掘ればいい。だけど螺旋型はそういうわけにはいかない。穴が垂直になってしまうから」
「穴が垂直……」
ミヤビが眉をしかめた。確かに分かりにくい説明だったかもしれない。
手を動かして、図面に書き加える。
「螺旋階段を想像して欲しい。ダンジョンでの螺旋型の層は、螺旋階段と同じような構造になっている。真ん中に土でできた芯……というか柱があって、それを取り囲むように緩い坂道が一周している」
「確かに平面型もそう、だったかも」
「うん。平面型は、芯の周りに平坦な道が続いている。洞窟があったのは芯の部分だ」
「な、なるほど」
図面を覗き込んだミヤビは頷いた。ポニーテールが少し崩れている。
「まぁつまり、平面型だったら芯の部分にトンネルを掘ったらいいんだ。最下層のときみたいに……モンスターに襲われる可能性もあるから、現実的かって言ったら微妙だけど。最下層ではモンスターが1箇所に固まってたからさ。それを避ければ良かったけど、上の層でそう上手くいくかは分からない。もっとも、螺旋型はそもそも穴を掘れないんだけどさ」
ここからが本題だ。俺は木の枝から手を離した。
「一応昨日考えてみたかぎりでは、螺旋型は軽くモンスターを倒しながら平面型に辿り着くまで攻略し続けたらいいと思うんだ。上手くいくかは分からない。螺旋型の方が多い気もするし」
ルルとミヤビは頷いた。人に説明するのは苦手だ。伝わって良かった。ほっと息をつく。
「それで、平面型から下の層に降りるときに穴を掘る。幸い、ダンジョンでは階層と階層の繋ぎ目部分にモンスターは集まりにくい。階層同士の魔力が混ざりあって息ができなくなるみたいなんだ」
「つまり、平面型の入り口のところに穴を掘って、その穴を滑って下に降りるってこと?」
「そう!」
ミヤビの言葉に、あぁっ、とでも言うようにルルがポンと手を打った。前から思ってたけど、ルルの仕草はたまに古臭いときがある気がする。もちろん、24より上だとは思わないけどさ。
「それで今日は、とにかく上の層に行ってみようと思う。できれば次の層にも行きたいかな。一日一日地道に、一歩ずつ攻略していこう」
伝えたいことはこれで全部だ。もっと色んな情報は持ってるけど、余計なことを言っても混乱させるだけだろう。とにかく今は地上に向かうことだけを考えたらいい。
今俺のやるべきことはたった1つ。整備士の知識を生かしてダンジョンを攻略し、そしてルルとミヤビと地上へと戻ること。英雄云々はもっと先の話になるだろう。
「うん。詳しくは知らないけど、私もそれが良いと思う……じゃあ、せーの」
ミヤビは頷き、手を出した。ルルは何度も頷いている。
出された手の意味が分からなくて首を傾げると、ミヤビはカラカラと笑った。
それから俺の手を掴み、ミヤビの手の上に乗せる。ルルにも同じようにした。
「おー!!」
「「お、おー!……」」
そのまま掛け声を出して手を高く上げる。ミヤビにつられて、俺たちも声を上げた。ちょっと恥ずかしいけど。もういい歳した大人だし。
だけど、やっぱり力が湧いてくるような気がしてきて。
「ダンジョン攻略して、地上に戻ろう! 地上に戻ったらあったかいお風呂入って、美味しいもの……あとパンをいっぱい食べて、ケーキも食べよう!」
このパーティで1番明るいのはミヤビだ。彼女が空気を読んだり舵取りをしてくれているおかげでパーティの雰囲気も明るい。
ありがたいなぁ、と思いつつミヤビを見ると、にっこり笑った。
「そうだな。風呂には入りたいよな〜ここの水は冷たいしさ」
「そうそう。ダンジョンでの生活も楽しいけどさ、やっぱりベッドでも寝たいし」
「そ、そう、そうですね……! 私も飴、とか、た、食べたいなぁって……」
今のとこみんなの士気も上がってきたし、案外上手くいくかもしれない。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
今日から始まるのだ。今まで必死に生き延びてきたけれど、生き延びてきただけだったけど、今日から始まる。
──今日から俺の、この負け組パーティの復讐譚が、始まるのだ。




