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3 Duo cum faciunt idem, non est idem.

 

「……俺、いくらで売れますか?」

 

 

 そういって奴隷商の店に入ってきたのは一人の子供。

 商人が連れてくるでもなく、一人で現れる子供というのも珍しい。

 

 もっとも、ないわけではない。稀に、貧しい家に生まれた親思いの子供が、家を飛び出しその身を金に変えに来ることがある。このように……ん、ほう…これはこれは。この子供は少々違うようだ。

 

 

 これの心は、そんな思いやりではなく…憎しみの炎と真実を求める探求心。

 知りたいか。知りたいだろう。これにはその権利があるのだから。

 

 しかし店主は目を丸くした。最初は私も驚いたものだ。ああ、やってくれたな…壱の神。

 奴はそんなに私の見せた世界が気に入らないのだろうか。

 

 

 しかしこれはどちらに転ぶのだろう。この子供はまるで、賽の目のようだ。これが生み出すその数値は世界を零にも壱にも導ける。

 面白い。この子供は、あの私の手駒の血を引くあの娘を…どう変えていくのだろう。そしてその物語は、私に何かを遺すだろうか。

 

 僅かでも良い。壱が信じた希望を私の目にも見せてみるがいい。

 

 

  

 

 *

 

 

 

 気まぐれで美しい姫を相手にすることは、死と隣り合わせ。

 しかし例え紛い物でも、夢を見ることはできる。何しろ…それはあまりに似ている……あの姫そのものだ。これなら…偽物でも構わない。破産しても構わない。

 彼らは皆そう言っているようだった。誰かの代用品とはいえ、自分のために高額な金を積んでいく人々を眺めるのは不思議な気分だった。物としてしか見られていないのに、誰かから必要とされているような錯覚に陥りそうになる。でも、それじゃ駄目だ。私がしたいことはそんなことじゃないのだから。

 

 

 店主は私の顔を見て、驚いたようだった。

 前金として私が求めた品を言うと、商人はにこやかにそれを差し出した。

 そしてすぐさま私は競売にかけられ、落札された。彼女のファンに買われた後、そこから情報を得ていこうと考えたのだ……が。流石にこの展開は予想しなかった。だって、まさか自分と同じ顔の女に自分が買われるなんて……誰がわかるか。

 

 

 

「その者、気に入った…いくらだ?」

「いえ、これは既に引取先が…」

「構わぬ!おぬし、妾を誰と心得る!?」

「我はこの国が主!刹那=S=セネトレイアであるぞ!」

 

 

 何という物言い。無理も道理も彼女の前には通用しない。

 どんな我が儘も…彼女には叶える権利があるとでもいうのか。

 競売を無効にし、私をお買い上げしてしまったのは……私の敵である、セネトレア女王その人であった。

 

 

 

「あんたが…女王…?」

 

 

 まるで鏡のようだった。それでも…同じなのは顔だけだ。

 私にはあんな見る者を惑わす妖しさはない。胸もない。金もない。無いものだらけだ。

 それでも彼女になく、私にあるものが一つだけ在る。それは、この胸の中に宿った、怒りと憎しみの…炎。

 

 そんな私の心を知って知らずか彼女は微笑む。

 それは、愛らしさの中にも色香を感じさせる蠱惑的な笑みだったが…そんなものを敵に向けられても虫ずが走るだけだった。

 そして彼女は言い放つ。

 

 

「喜べ下賎の民、今より御主は妾が愛人ぞ」 

 

「はぁ!?」

 

 

(ちょっと待て!この人は一体何を言って居るんだ!?)

 

 

 老人や中年男に買われることは覚悟していたが、まさか女王に愛人発言されるような展開は予想していなかった。というよりあり得ない。

 

 

「我を拒む者には、死を…」

 

 

(あ、…ま…まさか……) 

 

 

 強く生きようとし、男の口調が移った私は…もしかして、店主に男と勘違いされたんじゃないか。

 それならさっき私を落札しようとしていた男達は一体何だったんだろうと考え出した私の思考は女王の声で停止した。

 

 

「それが嫌なら我を愛し、我に仕えよ」

 

 

 細い首筋に突き付けられた剣。

 ひやりとした感触に、背筋が震える。

 気に障るようなことを何か言おうものなら、殺される。

 そんな冷たい女王の目。なんと答えればいいのかわからない。

 

 それでも、こいつは…あの狂王に村を焼かせた張本人。

 ここは真実を探るためには…気に入られなければならないだろう。

 

 “はい”と一言言えばいい。

 言わなければ。

 

 

 それなのに、私の口は…その言葉を紡げない。

 目の前の赤い瞳が、村を焼いた炎を思い出させるのだ。

 

 

(こいつが…父さんを、母さんを…兄貴を……弟たちを…)

 

 

 真実を知れぬまま、死を覚悟した私。

 そんな私を見、視線の先で女王が笑う。

 

 

「…面白い。気に入ったぞ!其方を我の第一愛猫にしてやろう!」

 

 

 女王の言葉に憎しみが一瞬…何処かへ消えてしまうような気がした。おそらく呆然として。

 

 

 

 *

 

 

 

 どんな服を仕立てさせよう。とりあえずは城にある予備の騎士服でいいだろうか。

 

 

「ふむ…飼うからには名がいるな」

 

 

「……“那由多”。今日から其方は那由多じゃ!」

 

 

 聞き慣れない言葉に僅かに首を傾げた猫。

 

 

「光栄に思うが良い、古来より…名に漢字を持つことは、タロック王族に連なる高貴な血縁にのみ許されたことなのだから」

 

 

「お主、歳はいくつじゃ」 

「…十四」

 

「口がなっておらぬな…躾が必要よのぅ、“十四にございます、姫様”ぐらい言ってみよ。姫の前に我を褒め称え形容する言葉がついても構わぬぞ?」

「……十四にございます…………」

 

「聞こえぬぞ?」

 

 

 

「夫殺しの血の女王!」

 

 

 

 剣を突き付けたのは今度は猫の方だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ほう…貴様、何故それを知る?」

「ステイブロッドという村を知っているか?」

 

 

 もし忘れたと言ったなら、これは私をすぐに殺していただろう。

 けれど私が「はて?」といいながら「最近耳にした気がするのぅ」と言葉を続ければ、私にに罪を突きつけるために猫は大声でまくし立てる。

 

「奴隷商ペンタクル…セネトレアの王ディスクがタロックの狂王と共謀し、滅ぼした村だ。ディスクは、自分の妻…つまりあんたがあの狂王を手玉にとったと言っていた!つまり…俺の故郷を滅ぼしたのは、あんたなんだろう!?」

 

 

 

「ふむ…妾の策の中、よくぞ生き残ったものよ。天晴れじゃ」

 

 

「……え」

 

 

 

 猫の身体から力が抜ける。

 それが隠し持っていた短刀は、力の抜けた手から落ち…床に冷たい音を響かせた。

 寝台に倒れ込んだ猫の目には、透明な雫と“何故”という疑問が浮かんでいた。

 

 

「美丈夫の涙か…余計にそそると言うものよ」

 

 

「知らなかったか?我は元、タロックが刹那姫。そしてタロックとはすなわち毒と謀略の国。この部屋の香は、痺れと媚薬の作用のある一級品よ。何も知らぬ童子は時に暴れることもあるのでな、念には念を」

 

 

「さぁ、夜はまだ明けぬ…楽しもうではないか。安心するがよいまだ殺さぬ……妾に歯向かった罪、夜が明けるまでたっぷりと償わせてやろうぞ」

 

 

 恐怖に怯える猫の様に、伸ばしかけた手が一瞬止まる。

 思い出したのは、思い出したくもない記憶。

 

 

(これが、妾に似ているからか?)

 

 

 しかし、どんなに似ていてもそれの表情と記憶の中の像は合わさりはしない。

 

 

(そうじゃ…妾は、涙など流したことはない)

 

 

 

 細い首筋に触れてやると猫が僅かに仰け反った。私に触れられるのが余程嫌らしい。

 それもそのはずか。己の故郷を焼いた敵に好き好んで弄ばれる者などいない、か。しかしそんな敵に弄ばれ、知りたくもない快楽に溺れさせられた時…苦痛に歪むであろうその表情を思い浮かべ、私の鼓動は早まるのだった。

 

 しかし私は…それに触れた瞬間、違和感を感じる。

 

 

「…む?」

 

 

 この年代の頃はそこまで逞しい胸板ではないかもしれないが、少年の胸板はここまで柔らかくはなかったはずだ。

 

 

 

「だ、誰が……男、だって、言……った」

 

 

 悔しそうに顔を赤らめながら、それでもざまぁみやがれとでも言いたげに、猫は不貞不貞しく笑って見せた。

 私はとんでもない思い間違いをしていた。

 顔も背丈も同じ。それなのに、胸がない。だからこれは少年だとばかり。

 弟をこれに重ね合わせてみていたせいで、これが男だと思いこみ、女だということに気付こうともしなかった。

 

 

「本当に、御主は面白い!よくぞここまで我の予想を裏切った!!」

 

 

 

「しかし世にはこれほど胸のない女もいたものか…」

 

 

 

「……“あんたこそ何を喰ったらそんな胸になるのかよ?”か?何故バレたか?決まっておろう、妾の頭脳を持ってすればその程度のこと朝食前じゃ」 

 

 

 まだ痺れているのだろう。ろくに言葉も喋れない猫は、恨めしそうに私を睨め付けていた。

 ああ、愉快愉快。この悔しげな目が堪らない。

 

 

「そんなに私を殺したいか?」

「当たり、前…だ!」

 

 

「妾を楽しませてくれた礼だ。一日に一度まで…妾に剣を向けても構わぬぞ」

 

 

 私の寛大な言葉に、猫は目を丸くする。

 

 

「もっとも妾とて簡単には殺されてはやらん。それでもよければ近寄れ。もっと妾を楽しませてみよ…そして妾を其方に惚れさせてみるが良い」

 

「もし…そんな瞬間が訪れるなら、妾は抵抗せずに大人しく死んでやろう」

 

「ただし、もし妾を飽きさせたなら……其方を殺してやろう、其方の村なんぞ比べものにならないような…………考え得る最高の殺し方でな」

 

「せいぜい頑張るが良い…妾の可愛い可愛い、子猫」

 

 

 

 * 

 

 

 

 「アニエス、其方にこれの世話は任せたぞ」

 

 部屋の戸が勝手に外から開けられる。だってこちら側にはそれを拒む鍵がないから。

 私から生まれ持った身分を剥奪し、メイドのような仕事をさせるこの女王。そんな言葉で私の部屋に一人の少年を押しつける横暴者。悲しいけれどこの女が今、セネトレアでもっとも強い権力者。私なんかが敵うわけがない。だから私はこういうより他にない。

 ……出来ることなら殺してしまいたいけれど。

 

 

 「…………承りました、刹那様」

 

 

 部屋に投げ込まれたその少年は、目の前の憎い女王と同じ顔。目の色も髪の色もまるきり同じ……

 

 

 「……ご兄弟ですか?」

 「くくく、面白いであろう?他人のそら似もここまでくれば愉快なものじゃ」

 

 

 女王が笑う。珍しく今日は機嫌が良いみたい。

 

 

 (他人のそら似?)

 

 

 ああ、良く見比べれば女王の方が瞳の赤が濃い。この子は平民としては深い部類の赤だけど、王族のそれには敵わない。

 その目……この少年の瞳に宿るのは強い意志。目の前の女を殺してやろうと臆面もなく晒している愚かな目。

 

 

(……同じなのに、同じじゃないのね)

 

 

 それがなんとなく、意外だった。この女に堕ちない男など居ない。清廉潔白だった私の弟だって今はもう……この女の虜なのだ。この子の目は……私の心を映しだしているみたい。表と裏、内と外で正反対。それでも同じことを考えている。そんな気がした。

 

 

 「そうだアニエス、いくら弟の姉離れが寂しいからといって、私の猫には手を出すなよ?」

 「ふふふ、嫌ですわ刹那様。そんな畏れ多いことどうして私が?」

 

 「これは其方と同じで妾の首を刈りたいと思っておるのだ。言わばこの王宮で唯一の其方の味方になるやも知れぬ。情を愛などと履き違えている御主ならそう言うこともあるだろうかと思ってのぅ」

 

 

 私がそれに何か反論する前に、床に転がっていた少年が女王に向かってこう叫ぶ。

 

 

 「……痺れてるから人が大人しく黙って聞いてれば、さっきから何なんだよあんた!俺があんたの愛玩動物!?一日一回なら殺して良い!?わけがわからないっ!何考えてるんだ!大体俺は女だって何回言えばわかるんだ!」

 「口だけはもう回復したか。流石はタロックの民よのぅ……毒の耐性でも受け継いでおったか」

 

 

 それを確認した女王は、愉快そうに微笑むが、それは何か残忍な企みでも思い浮かべているようにしか私には見えない。

 

 

 「ステイブロッドは確か狩猟と農業、それから傭兵業で生計を立てている村だろう?傭兵を行うには毒の耐性は必要だ。何も戦うためだけではない、異国へ赴くまでの道のりで病に倒れぬよう免疫を付ける必要もある。故に御主は親、そのまた親……傭兵を始めた辺りの先祖から少しずつ毒を受け継いでいたのだ」

 「それが何だよ?」

 「つまり多少なりとも毒の耐性がある其方には、妾は遠慮なしに秘蔵の毒コレクションを存分に使って遊べるというわけじゃ。そう簡単には死ななそうだしのぅ……まぁ死んだら死んだで其方の運がなかったということ」

 

 

 幼子のようなこの傲慢さ。それが許されてしまう彼女。ああ、本当に憎らしい。

 

 

 「頭を使え、猫。無い頭はこのアニエスでも使って考えろ。これは行動力こそ無いが、ユリウスの姉だけあって頭はそう悪くない。一人ずつでは到底敵わぬ妾の首も、二人ならば落とせるやも知れぬ」

 

 

 突然彼女の話に私の名前が加わった。流石に傍観しているわけにもいかず、私は女王に問い掛ける。貴女は私に一体何をさせたいのかと。

 

 

 「刹那様、貴女は何をお考えなのですか?」

 「別に何も。妾は唯……この憂さを晴らしたいだけじゃ」

 

 

 そんな理由で……私を殺す理由が欲しいの?理由なんかなくてもそれが出来るくせに。そうしないのは、私が少しはその憂さ晴らしになってしまっているからだろう。悔しい。そんなことなら死んでしまいたい。今すぐ舌をかみ切って…………

 

 

(……できるはずないわ)

 

 

 だって、死ぬのは怖い。恐ろしいから。

 毎日毎日目の前で人が殺されていくのを見せられた私は、死への恐怖を植え付けられた。この女に。

 だから私は何も出来ない。女中のような雑用仕事に耐え、この狭い部屋で死に脅えて震えていることしか出来ないのだ。

 

 

 「そんな、理由で……俺の村を滅ぼしたのかっ!?」

 

 

 狭い部屋の中に響く声。強い怒気を孕んだその声は、真っ直ぐに女王のもとへと向けられる。

 その肩は震えている。でもそれは恐れではない……怒りと、憎しみから。私とは、違う。

 何も言えないまま二人を見つめる私。女王は小さな溜息の後、物憂げに小さくその子へ微笑んだ。

 


 「それは是であり非でもある。しかし可でなく不可でもない。其方にも脳はあるのだろう、少しは己の頭で考えるが良い」



 そう言って閉じられる扉。外側から鍵がかけられるのはいつものこと。この少年……いや、少女は女王が去った扉をしばらく睨み付けていた。それから半刻程すぎたとき、動けるようになったのだろう。何かを思い立ったかのように扉の前に立ち、その扉を思い切り殴りつけ、蹴り付け脱走を試みだした。

 

 頭が痛い。この子は策なんて練れるようには思えない。正面突破で破れるほど、女王も扉も弱くない。第一これは、鋼鉄の扉。少し考えれば……考えなくても破れないことくらいわかるだろうに。

 確かにこの子は行動力はある……ありすぎる。何度もハラハラとした。殺されるんじゃないかって。

 放っておけばいつまでもこの子はそうし続けるだろう。この騒音と一晩中戦うのは私にはきっと無理。

 


 「私はアニエスと申します。あの……私でよろしければ話を聞かせて頂けませんか?」


 

 そう言って優しく微笑みかけたのは、他ならぬ自分のためだった。

 

 


刹那と那由多ティルトの出会い、ティルト視点。



真相編は時々壱と零の神様の視点が入ります。彼らの行う盤上のゲーム。カードはそれぞれ彼らの手駒。人の意志をためすために、困難を与え彼らの導く答えを見守ります。しかし不幸になる側からすれば、冗談じゃない話です。


壱は零に人の希望を見せるため、人を困難に陥れ……成長を促す。

零は壱に人の絶望を教えるため、人を不幸に導いて……諦めを諭す。


人を試しているくせに、相手に完膚無きまでに叩きのめし敗北させたい。ゲームの勝利のためにそれぞれ自分たちで手を加えているせいで人の答えにも影響が出ていることを、彼らはたぶん、知りませんし気付こうともしません。彼らは力を持つがため、非常に傲慢な神様ですから。

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