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9 Eram quod es, eris quod sum.

 

「……眠れん」

 

 欠伸をかみ殺しながら私はごろごろと寝返りを打つ。

 眠いのに眠れない。酷く不快で不愉快だ。その苛立ちがまた眠気を遠ざける。何もかにもが気に入らん。シーツの手触り、部屋の香、壁の色も気に入らなく思えてきた。全て私が私のために用意させたお気に入りのはずなのに。

 

「そうだ……気に入らないと言えば」


 私の猫は一日二回しか私の前には現れない。一度目は私の殺害のため。二度目は私に話を語って聞かせるため。

 それ以外はいつもアニエスと一緒に何やら楽しそうにしている。私を殺す計画を二人で練っているのだろう。そのために猫をアニエスに預けたのだ。私を嫌い、憎んでいる者同士。その方がより面白いことになると思って。

 

(思っていたのだが…………つまらんな)

 

 あれは私の猫なのに。私の金で購入し、私の金で食事を与え、生かしてやっている猫なのに。私よりあの女中に懐くとは……

 そこまで考え、私はそれが正しいことを思い出す。

 

(……いや、それが愉快で飼っていたんだったな)

 

 私を憎んでいるあの目が良い。全てを許される私が、あそこまで激しい敵意をぶつけられることは非常に希だ。

 

(しかし……勿体ない)

 

 しかし…だ。あれで男だったらもっと面白かったのに。そう思わずにはいられない。それが駄目なら私が男でも良かった。いや、それならそもそも私はこんな回り道をしないでもあの王の首を刈れていた。正当な理由で、後継者として、新たな王として。

 本当に女は面倒だ。女と言うだけで、私は出来ないことが多すぎる。それが出来るだけの力を私は与えられているというのに、人を操り裏から世界を動かすなんて……楽しいけれど、ああ……面倒。ああ……つまらない。

 

 勿論綺麗な服は好きだ。宝石だって髪飾りだって嫌いじゃない。だって仕方が無いじゃない。私に似合うんだもの。気に入るのは当然でしょう?

 でもそれは私が着たいから着ているだけ。誰かのためにとか、見て貰いたいからだとか、そんな下らない理由じゃない。

 好きなモノを唯好きなだけ。それの何が悪いのだろう。男も女も面倒だ。どうしてそう理由を欲しがるの?

 私が着飾るのは他ならぬ私のためだとに決まっているのに、どうしてそれに気付かない?

 自分のためと勘違いする男共。ああ、うざったい。よし、首を切り落とせ。

 男を誘惑するために?外でも中でも勝てない女共。陰口だけが生き甲斐か?そんな生なら死んでしまえ。さぁ、首を刈ってやろう。

 

 ああ、下らない。喧しい、寄ってくるな蠅共め。

 したいからする、やりたくないからやらない。それだけだ。

 

「殺したいから殺す。面白いから生かす。それだけだろう……」

 

 理由なんか要らない。そこに、世界に……私の意志さえあればいい。

 ああ、苛々する。眠れない。……何人殺せば心が安らぐ?足りぬ、足りない。もっと血の匂いが欲しい。

 

(しかし今はそれどころではないだろうな……)

 

 流石に今の状況で城の人間を片っ端から処刑するのは大事だ。かといって外に行くのも面倒だ。ああ、面倒くさい。一歩も動きたくない。私は眠いのだ。むしろむこうからこっちに来い。この私がそう言っているのだ、誰かさっさと来るが良い。今なら首なんて生ぬるいことは言わない。全身ばらばらに切り刻んであげるから。

 

「ち……いくら妾が万能でも、不可能ごとくらい幾らでもあるわ」

 

 自分は何の努力もしないで、何でも出来るって勝手に私を妬んで、私を讃えて。何も成さない内から勝手に諦めて、何にも勝てないからって私を勝手に僻んで、祭り上げて。

 そんなに負けを認めて楽しいの?自分を卑下して楽しいの?そんな風に生きてて楽しいの?嘘つき、みんな嘘ばっかり。楽しくないならどうして生きてるの?もう、死んでしまいなさい!私の視界に入らないで!映らないで!それが出来ないなら私が殺してあげる。

 

「笑わせるな……」 

 

 ほら、誰も来ないし眠れない。まったくどいつもこいつも使えない。

 主が暇しているのだ、少しは構え!顧みろ!

 

「主……か。あれには呼ばれたことがないな。いつもあんたとかおまえとか……あの女。昨日は確か馬鹿姫とまで言われたな……………口の利き方から教育するべきか」

 

 何のために人に名前があるというのか。あれは一度も私の名を呼んでいないではないか。

 いや待て、かといって名前で呼ばれるのも気に入らん。そうだ、男共はいつもいつも私を名前で呼びたがる。それが所有の第一歩だと思って疑わないあれが、煩わしいったらありゃしない。

 そんな事で私が誰かのモノになるものか。口には出さずとも心の中でそう思っているのが見え見えなのに、見え透いた嘘。出任せ。ああ、腹が立つ。ええい、首を刈ってしまえ。

 

「うむ…………まだ馬鹿姫の方がマシに思えてきたぞ」

 

 あれは本気でそう思っていた。この聡明な私を、本気で馬鹿だと目で語り……それをそのまま口にした。だからと言ってそれに苛立たないわけでもないのだが。

 

「しかしあれも使えん猫だ」

 

 そうだそうだ、まったく使えん。

 今度の猫は、話をさせるくらいしか芸のない無能な猫だ。多少これまでのモノと毛色が違っていて愉快なのは認めるが……夜伽相手としては全く無能だ。

 

「しかし……あの声は良かったな」

 

 つまらない話だったというわけではないが、昨日は話の終わりの方はだんだん眠くなっていた。

 普段は喧しいことこの上ないが、結構私の好みの声だ。高すぎず低すぎず……中性的とでも言うのだろうか?昨日の語りはその良さが出ていた。いつもあんな風に穏やかに話せばいいのに。

 両親から受け継いだ毒の副作用。どちらもタロック王族……その濃い血が私に残した幾つかの弊害。

 私はこれまで病にかかったことは一度もない。けれどその反面私には普通の薬が効かない。睡眠薬すら満足に効かない身体。かといって強い薬を用いれば、それが更なる毒となる。

 

(まぁ、……そうなったところで私には関係のない話か)

 

 薬は何処へ置いただろう。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 あの足音。あれは猫だ。近づいてくる。

 扉の前でぴたりと止む音。ノックをするか悩んでいるようだ。そうだな、正解だ。寝起きの私は機嫌が悪い。ノックの音で起こされでもしたら即、処刑パーティが開催されることだろう。……もっとも今の私は起きているのだからそれはない。

 

 

「何だ?妾の機嫌でも取りに来たのか猫よ。ならば愛らしくにゃーとでも鳴いてみろ」

 

 低脳の猫が私の心を読めるはずもない。猫らしい、唯の気まぐれだろう。

 振り返ったその先で、私は一瞬言葉を失う。……この猫は、本当に私の予想を裏切る奴だ。この脳があり得ないと判断したことをいとも簡単にねやってのけるとは。 

 とりあえず私の時間を返せ。お前にどうやって言うことを聞かせようか考えに考えた時間を返せ。この脳を持ってしても一時間ほど答えが出なかったのだ、私の60分!3600秒!返せ!それだけあったら何が出来ると思う?何回出来ると思う?ああ、勿体ないことをした。

 台に並ばせ、セットして、切り落として、はい次の者。係の者がてきぱき動けば30秒で一人、一時間で120人は切り落とせたはず。120人は凄いぞ?この部屋の床の一角が首で埋まる。寝台の周りをぐるりと円状に並べても面白い。何重の輪が作れただろう。

 

「……気でも触れたか、那由多?」

 

 あまりの事態に私は少し現実逃避をしていたようだ。この私にそこまでさせるとは、やはりこの猫侮れん。

 

「お休みの所申し訳ありません……姫」 

 

 口調は丁寧。服装は私が買い与えたモノ。己が私の所有物であることを表面上受け入れたようなその格好。 

 口元は偽りの笑みを浮かべ、目元も穏やか。そのくせ、目はいつもと同じ。私よりいくらか明るい赤……それは私の血の色とは違い、暗い炎の輝きのよう。その赤には、隙あらば私の首を咬み切ってやろうという憎悪の炎が燃えたぎっている。

 

 もの凄い嘘つき、そのくせもの凄い正直者。

 隠すつもりもないバレバレの憎しみを隠した振り。服従する気もないのに飼い慣らされた振り。矛盾の固まりだ。その不安定さに心が揺さぶられる気がした。

 

「…………熱でもあるのか?」

「嫌ですね姫、熱がなかったら私は死んでいるじゃないですか」

 

 そう言ってにこりと微笑む猫。でも勿論目は笑っていない。

 

「……………なっ!?」

 

 私の手を取りそっと自分の頬へと押し当てる。掌に吸い付くような柔らかい感触。思わず何処まで伸びるのか引っ張ってみたくなったが、勿論そんな余裕はない。動揺を隠すため、そんなことを考えてみただけだ。だって、何やってるのこれは。

 頭ではわかる。生きてるから熱があるって証明しているだけだって。それはよくわかるんだけれど。

 

「生きてます?」

 

 何、この顔。さっきより柔らかい笑み。優しいと言ってもいいくらい。思わず釣られて口元が緩みそうになる。ちょ、ちょっと待て私。これは何だ?これは猫だ。猫とは何だ?猫とは猫だ、私のペットだ。愛玩動物だ。私は動物相手に何を照れている。これは人間ですらない、そうだこれには人権など無い、私の奴隷だ。奴隷とは物言うだけの道具だ。道具相手に私は何を動揺している?気に喰わん!

 

(だが……直視出来ん)

 

 素材は良いから困る。それはそうだ。絶世の美女の私と同じ顔なんだから。ときめいたって仕方ない。そうだ私は悪くない。悪いのは……私のこの美しさの方だろう。ああ、私ってば罪な女よ……なんてまた現実逃避してる場合ではなくてだ。

 逆に今までのコレが悪すぎた。あの農民ルックス。がさつな言葉遣い。色気の欠片もあったものではない。

 それが何だ。ちょと服変えて、髪整えて、言葉遣い変えただけでこんなに変わるものだとは。

 タラシだ。狙っているのかいないのかいまいち解らないが、今私の部屋にタラシがいる。どうしよう。天然だとしたらそれはそれで美味しい気もする。

 

(いや、待て待て待て待て待て待て待て妾)

 

 いくらこれが女に見えないからといって。

 いくらこれが私の妄想していた弟像に近いからって。ないないないない、それはない!絶対にない!あり得ない!ちょっとドキっとしたなんて絶対にあり得ない。この私が!こんな猫風情にっ!奴隷風情に!農民風情に!

 

 ああ、段々見慣れたせいもあって落ち着いてきたな。

 自分の順応性の高さに感謝。

 

「……しかしそうやっていると全く女には見えないぞ、猫」

「姫は本当に冗談がお上手だ」

「お前本当に大丈夫か?あれか?朝食欲しさに機嫌取りか?庭で何か拾い食いでもしたのか?酒でも飲んだのか?大丈夫か?復讐に囚われて頭のネジが飛んで行っておかしくなってしまったのか?」

 

 思わず素の声が出てしまった。恐るべし猫。

 ……猫が何を考えているのよくわからない。いつもに増してよくわからない。まぁ、何を企んでいるかは知らないが、それはまた私を楽しませてくれるだろう。それならこのまま放置しておくか。そう思ったときだった。

 

(………そうだった)

 

 

 私の手を掴んでいる猫の手にはJ……ナイトのカードの紋章がある。ナイトは下から三番目。王と女王……それから道化師には勝てないとはいえ、他のカードを蹴散らすことが出来る、一応は最強に近いコードカードの一角だ。

 これはあのゲームを有利に進めさせるためにも是非、飼い慣らしておきたい。近くに置きたい。

 しかしそれは同時に私の身の危険を意味する。これが私に従順ならば、これは私の最強の盾。けれどこれが私を裏切れば、これこそ私の最大の敵。あんな賭けを成立させなくとも私は無抵抗で殺されなければならない。それならこれを遠ざけたい。

 

 一瞬、私はこれに殺される場面を想像してしまう。見慣れた風景はこの部屋の景色。殺されるのは、今ここで。

 あり得ない話じゃない。これにはもうその力と権利が与えられているのだ。勿論抵抗はする。だが……私にこれを殺せる保証はない。神など信じていない……いないが、もしそれがいるならば、私はそれに見捨てられたのだ。

 

 触れた手から私が震えたのがバレたのだろう。震え?この私がか?

 私は己の死を、恐れているのか?神に愛された娘……そう呼ばれた私の絶対を覆されたから?だから何が起こるか解らなくて不安で……恐ろしいのか、私は。

 

「私は姫を殺しません……今はまだ」

 

 優しくなだめるようなその声は、あの眠りに誘う心地良い声。それなのにその最後に付けられた言葉が私を現に帰らせる。

 今はまだ。

 それは、いつかは殺す。そう私に宣告している処刑人の言葉だった。

 その残酷な処刑人は、私の手を掴んだまま優しく微笑むのだ。無邪気な子供のように、優しく愛らしく無慈悲に残忍に。

 

「姫様ともあろう方が、気付きませんでしたか?あの詩は、まず同じ紋章を持つモノを殺し合わせよ。そう言っていました。私はダイヤ、貴女はスペード。私はまだ貴女を殺せないんです」

 

  “まだ”。先程から繰り返されるその言葉がやけに現実味を帯びていて、私を少しずつ追いつめていく。

 

「私が貴女とやり合うためには、私がダイヤ、貴女がスペードの最後の一人にならなければいけないんです」

 

 この少女は自然の中で育っていた。悪魔や精霊を信じる心がある。だから……あの神の声をそのまま受け入れられたのだろう。だから私が見過ごした意味にも気づいた。

 私はあれは精々どこかの数術使いの大それた悪戯だろう。今だってそう思う心がある。あの得体の知れないシャトランジア……あそこにいる強力な数術使い共が何かを企んでいるのでは、と。

 それでも今日呼んだあの数術使いからは、嘘を感じなかった。少なくともあれが話した言葉からは嘘を感じなかったのだ。だからあれは真実だ。けれどそれを真実と認めてしまったら……私は神の存在を認めたことになる。この不条理は、人間の悪意ではなく神の定めたゲームであると。

 

「“同じ血同士 殺し合え”……この紋章が生まれの血を表すのなら、まず殺し合わせるのは血の繋がりの深い者達。同士討ちを誘っています。心と力……それから頭。それを使って生き延びた四人。そこから最後の一人を決める。あれはそういう話なのでは?」

 

 勿論私は考え事をしながらも、少女の言葉を一字一句違わず記憶していた。なるほど、確かにその方が意味が繋がる。

 私はあれは抽象的な意味の暗号化何かかと深読みし、そのせいで堂々と書かれている言葉を華麗にスルーしていたようだ。こんな馬鹿な猫でもわかるなら……これは誰にでもわかるような詩という意味だ。つまり参加者には幼い子供や学のない奴隷達もいるということではないか。国の長達が上のカードなら……下は最下層。つまり奴隷達やあの請負組織の連中が怪しい。

 

「猫のくせに…………的を射たことを」

 

 TORAは言っていた。スペードのAは父上だと。それはつまり……剣の紋章はタロックに集中している。そういうことか。ユリウスと猫がダイヤ……金貨の紋章なのはこれらの生まれが庶民だからだ。つまりタロックの血が薄れた者の多くが金貨になると?

 

「ならば棍棒はカーネフェル、聖杯はシャトランジアが妥当な線か?」

 

 あの情報屋にもう少し詳しい話を吐かせれば良かったと、今更ながらに私は後悔をする。

 その後悔に少女は片手を差し出し笑みかけるのだ。

 

「一時、協定結びませんか姫?」

 

 それは願ってもない言葉だが、何か裏があるに決まっている。だって、私を憎んでいるはずのこれが私と手を組むなんて……絶対にあり得ない。

 しかし私は気付く。この少女は良くも悪くも真っ直ぐだった。裏?違う……表で企んでいるんだ、顔に出ている。全てはお前を殺すためだと。

 

「私は姫がスペードの最後の一人になるまで貴女を殺さない。私が貴女の剣になる」

「敵の敵は味方……ということか?」

「勘違いしないでください。俺は貴女を許さない。唯、他の奴らにその首を刈らせたくないだけだ。あんたは……俺が殺すんだから」

 

 分かり切った言葉をあえて言葉に出す少女。言わぬが花の風情も知らぬ、所詮は農民。

 真っ直ぐすぎて……痛い。金貨?笑わせるな……お前の方がよほど剣だろう。金になどさほど執着もない、虚ろな瞳をしているくせに。そうだ。そこからその憎悪が消えれば何も残らないくせに。

 そうだ、私がお前を生かしてやっているんだ。その炎を灯したのはこの私。私がお前を人形から人にしてやったのだ。

 私を殺す?いい、やってみろ。お前はまた元の人形へ帰るだろう。生きていても死んでいるような日々!ははは、悪くない……お前に殺されてやるのも悪くない。愚かなお前は気付かないだろう。私を失ったとき、始めて私の重大さを知るだろう。お前に生きる希望を与えていたのが誰であったかその時お前は知るだろう。

 

(……悪くない)

 

 それはとても素晴らしい。甘美なモノだ。これは生きている限り私の幻影を追い続けるだろう。己の顔がある限り、そこに私を重ねてしまうだろう。私が消えた後も、私だけを見て、私だけを追い続ける存在……それは、なかなか悪くない。

 背筋がぞくぞく震える。笑いが止まらない。今……私はとても楽しい。

 死ぬのも殺すのも、どっちでもいい。そのどちらにしても、お前は私を楽しませてくれるんだろう?

 恐怖などもう乗り越えた。後は屠り合うための快楽のみがあればいい。

 

「……よかろう!それまで思う存分利用してやる!剣に金貨だけなど言わぬ!聖杯も、棍棒も其方を利用して狩らせよう!」


 さて、今まで私を手玉に取ってくれた分を返してやるとでもするか。懐かぬ猫は愛らしいが、私は厳しい飼い主だ。目には目を……言葉には言葉を、刃には剣を。その三倍の大きさで返してあげる。

 さぁ、その心……切り裂いてやろう!瞳を苦痛に歪ませろ! 

 

「のぅ那由多、其方は今……自分が妾と同じモノになると言ったことに気付いたか?」


 猫の瞳が開かれていく。それでも私は止めてはあげない。 

 

「無関係の命を刈り取る悪魔。それに身を落とすことを其方は今この瞬間……それを良しと認めたのだぞ?」 


 猫が息を飲む。気付いてなかったわけでもないだろう?それとも見えていなかったのか世界が。その目にはこの私しか映っていなかったのか?ふむ……だからといって攻撃の手は緩めない。さぁ傷つけ、砕け散れ!

 

「その屍から其方と同じ復讐者が幾人も生まれるだろう。其方が妾を恨むよう、其方も誰かに恨まれるだろう。それでも其方はその手で妾を殺す!そのためだけに多くの犠牲を払えるか?それを是とし、受け入れるのか?どうなのだ!?」


 私の言葉を最後に、部屋は無音に囚われる。ああ、香を炊いてあったことも忘れていた……鼻をくすぐるその香が、どうしたことか今はあまり不愉快ではない。

猫は俯き、項垂れて……瞳を閉じて言葉を探す。そして私が十まで数えた頃……猫が震える唇を開けていた。

 

「あんたを殺せるなら、俺はなんだってやってやる!乗り越えてみせる!殺されても構わない!その首、狩った後ならばっ!」


 燃え上がる怒りの炎。私が今、焚き付けた。猫よ……お前は今、生きている。生かされている、忘れるな。


「……よくぞ言った!それでこそ、妾の猫よ!」

 

 紅蓮の炎を宿した瞳。どの宝石にも例えられない美しさ。その目玉ごと刳り抜いてやりたいくらい。

 その炎燃え尽きるならば、その前に抉ってやろう。それが嫌なら燃やし続けろ、その目に私を映し続けろ。

 

「其方には力を与えよう。毒と剣、そして策。その全てを叩き込み、最強の手駒に育ててやろう!光栄に思うが良い那由多!!」

 

 そして私を越えて見せろ。私以下の存在から、私を越えて見せるのだ。諦めるな、失望させるな、私を殺したいのなら這い上がれ!

 そして……ここまでおいで。


(来れなかったら……殺してあげる)

 


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