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プロローグ Homo homini lupus.

挿絵(By みてみん) 

挿絵(By みてみん)


奴隷を一人買った。面白そうな男だ。見目も悪くはないし、言うこと為すこと、これがなかなか面白い。

 しかし残念だったのが、コレが男ではなかったことだ。

 

 だから、私はひとつ遊びを提案してやった。何、簡単な遊びだ。

 もしこれが私を本気で惚れさせたら、望み通りこの命を差し出そうというもの。

 

 何、惚れるはずがない。退屈な人生の、暇潰しのゲームの一つ。

 勿論私が勝ったらこれの命は露と消えるのだが。

 

 せいぜい楽しませてみよ。父上が飽いているように私もまた、この浮き世に厭いている。

 本当に、お前が“愛”とやらを教え、信じさせてくれるのなら……それは、勝っても負けても悪くはないのだ。

 

 

「妾が憎いか?」

 

 

 噛み付くような手負いの獣。その刃のような危うい光を宿した瞳。私と同じ赤い赤いその瞳。それが狂気に染まっていく様を見つめるのは良い暇つぶしになるだろう。

 

 

「ならば殺してみるが良い。もっとも……其方に出来れば、の話だが」

 

 

 さぁ猫よ。私を楽しませて。喜ばせて。

 私に全てを忘れさせて。この退屈から私を解き放て。

 そう、その目だ。もっともっと私を見ろ。私を追って来い。

 そんなものではまだ足りない。もっと、もっとだ。

 

 私を憎め。私を呪え。

 その怒りを瞳に宿し続けろ。

 それでもお前は私に堕ちてはいけない。それは、退屈へと変わるから。

 面白い玩具、もっと私を愉しませて。悦ばせて。

 

 それでもお前は所詮は愚鈍な人間。いつか終わってしまうだろう。

 それなら猫よ、愛しい猫よ。

 

 終わりはこの手でお前に捧げよう。

 私がお前に飽いたその刹那……その時こそお前を殺してあげるから。 


 0:Homo homini lupus. 


 タロック王国の姫である絶世の美女刹那姫。彼女はセネトレアの王と婚姻し、王位を奪った。人々に私がそう囁かれるのは、王が結婚数ヶ月で変死したため。それは今から一週間前のこと。結婚の条件を守り王の遺した遺言通りに、私はセネトレアの女王と君臨することになった。

 今の私には全てがある。

 この手の中に入らない物など何一つ存在しない。 

 地位も名誉も権力も。富も金も人望も。私が望めばすべてが手に入る。私は神に愛された娘なのだから。

 純血の姫でありながら、私の生まれ持つ美貌は世界一。混血共が束になろうと私には敵わない。何も自画自賛したいわけではない。幼い頃から飽きるほど、そう口説かれ言い寄られてきたのだ、嫌でも理解する。

 男という生き物は実に浅はか。そこが愛しく、憎らしい。 

 私が差し出せと命じたものを、奴らは何でも差し出した。死ねと命じれば、奴らは喜んでその首を。ああ、つまらない。つまらない。

 どうしてこの世界は、私の思ったとおりにしかならないのか。私の予想を決して越えない世界。それは退屈の固まり。それならば……面白いものに作り替える?それとも壊してしまおうか。

 人の心さえ意のままに操れるこの知能。私の手にかかれば、人も世界も操り人形。

 戦争だって平和だって私はいくらでも生み出せる。だからこそ、退屈だ。

 だれか私を楽しませてくれる者はいないのか。

 それならせめて耳に心地良いその悲鳴と断末魔。存分に聞かせておくれ。

 私は脚本を描こう。考え得る限りの残酷な物語。それでこの世界を真っ赤に染め上げよう。それはきっと私の胸の渇きも潤してくれるはずだから。


「…………さぁ、その者の首を刎ねてしまえ!」

  

 * 

 

 壊れた玩具は要らない。だって新しい物を買えばいいだけだから。

 今度はどんな玩具を飼おうか。

 髪も目も珍しいモノが良い。美しければ尚良い。気が強ければますます悪くない。

 

「姫様、本日のご公務は……」

「ユリウス、後は其方に任せた。其方の采配には間違いはないからな」

 

 寄ってくる家臣共をその一言で押しのけ、私は煌びやかな玉座から腰を上げる。視界にはいるのは苦虫を噛み潰したような黒髪黒目の青年の姿。

 重い溜息を飲み込みながら、それは私に向かって言葉を放つ。

 

「……またですか、刹那様」

「何だ?妾に意見するかユリウス?」


 それが何を意味しているかを知っている奴は、「進言です」という屁理屈でそれをさらりとかわす。

 

「貴女に何を言っても無駄なことは重々承知していますが……せめて夕餉まではお戻りください。貴女のために腕をふるっている料理人達が哀れにございますから」

「何、間食くらい許せ。食は長き退屈な人生の良き友。城の料理も勿論食そう!鳥の羽根で戻してでも喰らってやろうぞ?」

「食材が泣きます。生産者が泣きます。いいですか刹那様、今の世界情勢の中これだけの食材を確保するのはこのセネトレアといえど……」

「妾に倹約をしろと?無論、嫌じゃ。金は貯め込むためにあるのではない、湯水のように使うためにあるのだぞ?これらも使われた方が嬉しかろう」

「…………はぁ」

「そう落ち込むな大臣よ。そのために其方が居るのだろう?精々頑張るが良い」

「頑張ろうとも貴女様の浪費癖にはキリがありません!いい加減自重なさってください」

「むぅ…………嫌。口ではそんなことを言っても其方も内心嬉しいのだろう?妾のために苦心し頭を捻り働き尽くせる喜びが内から滲み出ているのが見えるぞ?」 

 

 私がそう言ってにこりと微笑むだけで、奴は耳まで赤くして言葉を失う。所詮はこれも唯の男ということか。

 

(なんとも分かり易い奴じゃのぅ……これはこれでつまらん)

 

 見え見え過ぎる。私に突っかかってくるのはその方が私に好印象を与えると、知っているから。そこまで自力で気付いた洞察力と頭の中身は褒めてやれるが、いかんせんわざとらしさが抜けきらない。 

 奴の中には私への好意しかない。憎しみがないのだ。だから、つまらない。

 所詮あれも同じ。私の外側に惹かれた阿呆だ。中身なんて見ていない。私の中身がどんなに最低最悪でも、それが外見で補って余り得ると考えるのは愚か者のすることだ。

 これでユリウスは有能だから生かしてやっているが、そうでなければとうの昔にお払い箱だ。

 憎しみの宿らない愛など、愛とは呼べない。

 私を心の底から憎めない以上、本当の私を愛することなど出来ないのだ。誰も。

 愛故にすべて許せる?愚問だな。そんなものは唯の偽善だ。

 愛していても許せない。愛していたからこそ、この手で殺してしまいたい。

 そんな強い感情。それがきっと、愛なのだ。

 幼い私は全てを失い、それを学んだ。

 

 母上は、父上の正妃だった。それでも父上は、母上を想って下さらなかった。

 父上は異国の血を引く女を愛しておられた。けれど、その女は父上を想ってなどいなかった。

「本当は優しい人なのよ」、そう何度も母上は私に言った。父上がそうでなくなったのは、あの女が父上を裏切ったから。

 

 ある時父上は、愛していたはずの女との子を、私の異母弟を殺められた。

 そしてその一年後、父上はその女さえ葬った。そして、その頃から父上は本格的に壊れだした。

 まず、それを止めようとした兄上まで殺された。悲しみのあまり、母上は同じ炎に身を投げた。

 それは私が9歳の時の話。狂おしいほどに何かを欲する心、その狂気、これこそ愛なのだと私は父と母から教えられたのだ。

 

 

 私は独りぼっちになった。そして、父上も。

 だから私は父上を誰より愛した。

 母上の分も…父様が何より欲しがったあの女の分も、異母弟の分も、代わりに私が与えてあげたのだ。

 やがて私は父上の寵愛を一身に浴びることになった。 

 望めば手に入らない物など何もない。それだけの地位も、金も、権力も、策も私にはある。

 

 歯向かう者も、同じ褥で戯れの愛など語れば人などすぐに操れる。けれど忠実で有能な駒ばかりに囲まれてもつまらない。

 思い通りにしかならない世界。すべて、掌で転がせるだけの才と運を生まれ持つが故の憂鬱。愚民共には到底理解できないこの悩み。奴らに同じ事が出来なない以上、愚民が私になれない以上、奴らが私を理解できるはずもない。

 

(ああ、つまらない) 

 

 私は、私の予想を覆すものが欲しい。この息の詰まるような退屈を慰めて欲しいのだ。だから私は私とはまったく違う者を好む。

 よく城から抜け出ては街へ行き、奴隷を買う。飽きたら殺す。それの繰り返し。 

 今日も新しい奴隷選びにベストバウアーの奴隷通りを私は歩く。後ろからついてくるのは二人の契約騎士。腕も立つし城の者より余程使える。何しろ私より金に目がくらんだという無礼者。実に面白い。これで美男だったら言うことないが、そうだったら私が手を出していた。そうなれば末路は同じだ。だからこれはこれで良いのだろう。

 

 さて、今日はどうしようか。

 若い男は良い。年下なら尚。奴等は良い瞳をしている。あの城にいた大人達のように汚れ、濁りきった目ではない綺麗な瞳…

 しかしそれも長くは続かない。私を知った者の末路は、皆…あの目に成り下がるのだから。

 あれと出会ったのは、そんないつもの行楽の中。

 人だかりの中。籠の中の子供。それはどこかで見た面影があった。

 目、顔、大きさ、髪の色まで同じ。汚らしい姿でも、それは私に似ていたのだ。

 

(ああ、姿見のようだな)

 

 目の前の姿と、記憶の中の忘れられた姿が不意にぴたりと重なった。

 かつて私には異母弟がいたらしい。もっとも見たこともない。気がついたときには殺されていた。せめて死に顔だけでも拝んでやろうと思ったが、それも叶わなかった。なぜならその棺はどこかへ消えてしまったというのだから。

 だからそれを思い出したのだ。退屈を紛らすために、一度は思った下らない幻想。

 もしかしたら、彼は生きているのではないか。そして、父上を、私を怨み…その牙と爪を研いでいるのでは。いつか私を殺してやろうと…

 

(もしそのようなことがあったら……それはとても面白い)

 

 それでも異母弟は黒の髪ではない。瞳だってこんな夕日のように鮮やかな赤ではなかったはずだ。

  

(鏡か……ふむ、そういった趣向も悪くはないやもしれぬ)

 

 己と同じ顔の者を相手に出来る機会など、一生の内にそう何度もあるものではないだろう。

 

「その者、気に入った…いくらだ?」

「いえ、これは既に引取先が…」

 

 口ごもる商人に、私は悠然とふんぞり返って言い放つ。

 

「構わぬ!おぬし、妾を誰と心得る!?我はこの国が主!刹那=サメク=セネトレイアであるぞ!」

 

 あまりの言葉を失った店主。それ白紙の紙を突きつけ、希望の額をいくらでも記すがよいと放り投げる。

 

「あんたが…女王…?」

 

 私のことを鏡を見るようにあっけにとられていたそれ。

 しかし、私の名乗りを耳にした途端、私を見る少年の顔つきが変わる。

 それは初めて見る顔だ。私に見惚れるでもなく、その赤い瞳は憎しみを映し出す。

 

(ふむ…これは姿こそ我に似ようが、この目はまるであの子猫のようだな)

 

 海の向こうの青い瞳の少年王…いずれ狂王を打ち倒すための駒。それにこれはよく似ている。

 手の上で踊らされようが、彼の瞳は私に屈しない。彼は決して私を愛さない。

 その裏切り。それが私が彼を好んでいる最大の理由だった。僅かながら彼は私の憂鬱を晴らしてくれている、ああ、愛しいな。だって、手に入らない者ほど愛しく感じるものだろう?

  

「喜べ下賎の民、今より御主は妾が愛人ぞ」

「はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声。同じ顔だというのに、なんと色気のないことか。笑い飛ばしたくなったが、何人たりとも私に対する無礼は許さない。

 

「我を拒む者には、死を……それが嫌なら我を愛し、我に仕えよ」

 

 細い首筋に突き付けた剣。口を固く閉ざした少年は問いに答えなかった。

 けれどその赤い瞳は激しい憎悪の色を宿したまま。それはあくまで私を拒絶するつもりらしい。

  

(奴隷風情が…こんなことは、一度もなかったというのに)

  

 少々プライドが傷付いた気もするが、それ以上に私が感じていたのは背筋が胸の奥まで震わせるような不可思議な感覚。

  

「…面白い」

 

 凛と響いた私の言葉に、商人も商品も目を丸くした。続く言葉に彼は、どんな顔を見せてくれるだろうか。

 

「気に入ったぞ!其方を我の第一愛猫にしてやろう!」

 

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