プロローグ1
高校生になったら、絶対に童貞を卒業してやる!
僕の住む場所は、田舎だ。
ものすごい田舎だ、どれくらい田舎かと聞かれると……、朝の通学中に車ではなく牛と出会い、山の頂上にある中学校へと行くバスは朝と夜の2回しかない、そして夜の通学路には狸がいる。
朝は5時に起きて学校、部活も何もないのに家に着くのは8時……こんな生活を三年もすれば嫌気がさしてくる。
今年で、中学校も卒業だ、僕はこんな田舎は出て行って絶対に憧れの東京に行く!
「田舎は嫌だぁああ! 都会の学校にいきたああい!」
「圭太うるさいわよ! 近所迷惑でしょ!」
「母ちゃん、近所って言ったって、ここいらには内しかないじゃん!」
「まったく、冬眠中の熊が目を覚ましたらどうするのよ」
「近所って冬眠中の熊かよ! ってかここら辺ってクマも出るの!?」
「出るわよ~、だから春先は気を付けて登校してね~ハート」
「気を付けてね~ハート、じゃねーよ! 引っ越せよ! 東京とかさ!」
僕のお母さんはぶりっ子気質な性格で、自分でハートなんて言ってしまうほど、重度のぶりっ子だ。
三十路を超えている母さんがそんな事を言う事実に頭を抱える、授業参観日なんかになると、二十歳ですよ~とでも言いたそうな派手な服を着てくるのだ。
そんな母ちゃんが、両手に蓋が閉まった大きな鍋を食卓に並べる。
「東京なんて無理に決まってるでしょう~、ほら圭太、お父さん呼んできて~」
僕は母さんの言う通りに、父さんを呼びに倉庫に行く。
猟銃の手入れをしていた父さんと目が合い。
「父さん、今日何か狩ったの?」
「あぁ、ちょっとな、たぶん今日の夕飯に出てくるだろうよ」
「そ、そうか……」
大鍋の中身がおおよそ想像できた……。
父さんを呼んで、食卓を家族全員で囲む。
「はい、頂きます~」
「い、頂きます……」
「ほう、これは見事な熊鍋だなぁ」
蓋が取れた鍋には、もうただの肉となった元熊さん。
いや、ほんとに近所じゃん、こわっ……ってか熊を狩ってくる父さんも父さんだけど、確か熊の調理って臭みとか抜くのが難しいって聞くんだけど、見事に熊臭さがなくなってるな。
母ちゃんの調理の技術もつくづくすごいな……。
その後、酒が入った父さんが、猟団のおじさんたちと一緒に狩った熊の話しをしてくれたり、母さんから熊の臭み抜きの方法を聞いたりしながら、家族で熊を食べた。
その翌日、今日は夕方から吹雪になるでしょうというテレビの予報を見ながら朝ご飯を食べてから、学校に行くと、わずか15人しかいないクラスメイト達が盛り上がっていた話は熊の事だった。他の皆が田舎臭い話題で盛り上がる中、僕はファッション誌を見ながら、昼休みを潰していると。
「ねぇ、圭太君のところも熊を食べたんでしょ?」
誰かが、話しかけてきた。
僕の気だるげな目を声の主へと向けると、そこには委員長の金子さんがいた。
「えーっと、うん……食べたよ?」
「なんで疑問形なのよ」
金子さんが僕の言い方に笑いながら、前に座ってくる。
「それで、味はどうだったの?」
「えーっと、なんか独特とした、味わいだったよ」
「ふーん、おいしかった?」
「うん、すごくおいしかった」
「へぇ~、そうなんだ」
僕の机で頬杖をして話を興味深そうに聞く金子さん。
「金子さん、熊鍋に興味あるの?」
「うん、今日の夜家も、熊鍋らしいから」
「あぁ、それで」
「うん、おいしいかどうか気になっちゃって、他の皆はなんか臭いとか言ってたからさ」
「まぁ、臭み抜きがちゃんとできてないと、たぶん不味く感じるかもしれないね」
「あぁ~、その情報聞きたくなかった~」
僕がそう言うと、机に突っ伏して嫌そうに話す金子さん。
「ご、ごめん……」
「ううん、でも教えてくれてありがとう」
「どういたしまして?」
「また疑問形だ」
金子さんが笑って、女子のグループに戻って行く。
僕は、そんな金子さんの後ろ姿からすぐに視線を外して、時計を見る。
残り少なくなった昼休みをまたファッション雑誌を読んで潰すことにした。
その日の放課後、家に帰ろうとしたが……吹雪のせいでバスが来なくて、バス停で途方に暮れていると……。
他にバス乗ってくる人達は友達の家に泊めてもらったり、親に来るまで迎えに来てもらったりとしている。僕の家には、車がないためこういう場合は学校に泊まることになる。幸い学校もこういう事態を考慮して、乾パンなんかの用意もあるし、運動部などが使うシャワー室も一応あるため体を洗うこともできる。とまぁ、家に車がなくて家に帰れない生徒のために学校側もちゃんと備えはあるので、僕は学校に戻るかと思って荷物をまとめたときにはすでに一人になっていた、そろそろ学校に戻るかと思い、バス停に備え付けてある小屋から出て行こうとすると……。
「あれ、圭太君じゃん、どうしたの?」
自転車を押しながら歩いてきた金子さんと出会った。
「僕は、バスが来なくて……金子さんこそどうしたのさ? こんな吹雪の中を歩くのは危ないよ」
吹雪の中、山道を歩いていくのは危険極まりない。
吹雪が止むのを待ってから降りるのが、妥当だと思うのだが……。
「いやぁ、熊鍋がね、どうしても食べたくてね」
「委員長って結構食い意地があるんですね」
「やめてくれよ、恥ずかしいじゃん」
「ご、ごめん……」
でも、昨日熊鍋を食べた僕なら、金子さんの気持ちも分からなくはない。
「それに、家は山を下りてすぐだからさ」
「それにしたって、山を下りるのは吹雪が止んでからのほうがいいよ」
「そうだよね」
なんか、金子さんしゅんとしちゃった。ものすごい罪悪感だ……。
吹雪の中のバス停にどうしようもない沈黙が流れる。
バス停は小屋みたいになっているため、吹雪を避けることはできる。
窓に打ち付けられる雪の勢いが収まることことなく、僕らも特に会話もないままバス停の小屋で時間だけが過ぎていく。
気まずい! なにこれ! なにこれ! なんで何もしゃべんないの!? っていうかなんでまだこのバス停にいるの!? 学校に帰ればいいじゃん!
もしかして、ここで吹雪が止むのを待っているのか?
僕が、悶々とそんな事を考えていると。
「あの……圭太君」
「はい!?」
「その……すごく気まずいから何か話して」
「いや、無茶ぶり!」
「えーっと、じゃあさ、昼休みに読んでたのって、もしかしてファッション誌?」
「あっ、えっ、うん、ファッション誌だよ」
「へ、へー、ファッションとか興味あるんだ」
金子さんが、自分のツインテールをくるくるといじりながら、僕に近づいてきて。
「ファッション誌、見せてくれる?」
「えっ!? あぁ、まぁいいけど」
鞄からファッション誌を取り出して、金子さんに渡す。パラパラとページをめくってみていく金子さん。
「へ~、こんな感じなんだね」
興味深そうに見ていく、金子さんの表情が少しずつにやけていく。
「ふ~ん、へ~、ほ~」
「な、なんだよ」
「圭太君もしかして、好きな子でもいるの?」
何か企んでそうな笑顔をした金子さんが僕にそう聞いてくる。
「い、いや! 好きな子なんていないよ!」
い、いけない、こんな言い方じゃまんま好きな子がいるというのを肯定している感じだ。
金子さんがいたずらっ子な笑顔をした金子さんが、更に僕との距離を縮めてくる。
「ふ~ん、ねぇねぇ、それってクラスの誰なの~? それとも下級生かな?」
「ち……違うよ、金子さん、その距離が」
「うん? どうしたの?」
「いや、近い……」
「聞こえな~い」
どんどん距離を詰めてくる金子さん、金子さんと僕の距離はもう鞄一つ分になってる。
緊張のあまり唾をのみ込む、きっと飲んだ音が聞こえているだろう。それほどの距離だ。
金子さんのいたずらっ子な笑みが、妖艶な笑みに変わって、僕の胸もとを指でなでる。
「か、金子さん!?」
「気になるなぁ~、圭太君のす・き・な・子」
「だから、いないって」
「じゃあ、なんでファッション誌なんて読んでたの?」
「それは……」
緊張漂う空気の中、僕が言うかどうか悩んでいると……金子さんが口を開く。
「言わなかったら、明日クラスの皆に、圭太君が私の事を好きだって言いふらしちゃうよ~」
そんなことを言って、脅しをかけてくる金子さん。クラスの皆に言うということは、そのうちの何人かが、親に言うということで、噂くらいしか楽しみがないこの小さな町村では、噂はあっという間に広まる。つまりは、僕の親にもその情報は入るということで……。
「中学校、卒業後は東京の学校に行こうと思っているからさ、都会に行った時に恥ずかしくない服装を勉強してるんだ」
僕が、白状すると金子さんが、水でもかけられたような顔で僕を見てきて、ぷっと笑い出す。
「あははは、そうなんだ、でも東京の高校に行こうと思ってるんなら、最初に受験勉強を頑張るべきだと思うんだよね」
「じゅ、受験勉強もちゃんとしてるよ」
「ほんとかな~、この前の中間テストはどれくらいだったの?」
「……5教科で378点」
僕の言った点数を聞いて、握りこぶしを口に付けて何か考えている様子の金子さん。
「微妙だね」
「悪かったよ、微妙で……」
「ごめんごめん、怒らないでよ」
「怒ってないよ」
金子さんから視線をそらして、ファッション誌を金子さんから没収して鞄にしまう。
ふと、気になって僕は金子さんの方を向く、委員長という立場にいる金子さんの成績はどれくらいなのだろうか?
「金子さんは、どうだったの?」
「私? 私は5教科で492点だったよ」
「よんっ! ひゃく……」
変な声が出てしまった、さすが委員長という立場にいるだけのことはある、クラスの代表者はこのくらいの点数を取るのか、僕は開いた口がふさがらなくて、そんな僕の口を金子さんが手で押し上げて閉じてくれる。
「そんな、驚くことかなぁ」
「はぁ、勉強できる人は皆そう言うよね、やっぱり金子さんすごいや、頭もよくて美人だし」
「そ、そんな褒めても何も出ないよ」
否定するように腕を伸ばして、手を左右に動かしながら、顔を赤くする金子さん。
僕はそんな金子さんを見ていて、またふと思った、金子さんは中学校卒業後に何をするんだろうと、なぜならこの小さな町村の住民は、義務教育である中学校を卒業した後、高校に行く者もいれば、家業の農家などに就職する者も多くいる。
クラスの中にもタケノコや、マツタケなどの高級食材を収穫する家業の者もいるから、わざわざ金のかかる高校に行こうと考える人は少ないのだ。だからこそ、気になる……金子さんが中学校卒業後に何をしたいのか。
「金子さんは、中学校を卒業したら、何をするの?」
僕が、そう聞くと、金子さんは人差し指を唇に当てて、また考えるそぶりを見せてから、またいたずらっ子な笑みを見せる。
「気になるの~」
「えーっと、うん、ちょっと気になる」
「そっか、ちょっとか~、じゃあ教えない~」
「えっ、じゃあ……、すごく、気になる?」
「だからなんで疑問形なのよ、でも、そっか~、圭太君は私の将来がす・ご・く、気になるのか~」
金子さんが、僕の耳元で言う、耳に金子さんの吐息がかかるので、ものすごく緊張してしまう。そして僕の言った事を復唱する金子さん……、今考えてみるとものすごく恥ずかしい!
「仕方ないなぁ~、教えてあげるよ~」
僕の頬を指で突っつく金子さん。
「私も進学だよ」
「そ、そうなんですね」
「うん、ところで圭太君、窓の外見てみて」
「えっ」
金子さんに言われるままに窓の外を見ると、すっかり吹雪は止んでいた。
「ふ~、これで帰れるね。それに……」
金子さんが、何か含みのある笑顔を僕に向けてから、立ち上がる。
クスクスと笑うと、背中で手を組んで……僕の方に顔だけ向けてくる。
「そういえば、今夜うちは熊鍋なんだけど、たぶん私のお母さんは臭み抜きの仕方知らないと思うんだけど……圭太君、熊肉の臭みの抜き方、知ってる?」
「まぁ……、一応」
「そっか、じゃあさ、今夜は家で夕ご飯食べない? お母さんの臭み抜きを手伝ってあげてよ、そしたら~、圭太君が私の将来を気にした件は、誰にも話さないでおいてあ・げ・る」
っ!? はめられた?
策士! 金子さん、なんて策士なんだ!
「え、でも同級生の女の子の家に泊まるのは……」
「えっ? お泊りじゃないよ~、夕ご飯の後は私のお父さんにお願いして車を出してもらうよ~、圭太君ここに一人で残ってたってことは、お家に車とかないから迎えに来る人がいないんでしょ?」
「な、なんでそれを……」
「だって、学校に行く? って聞いた時に否定しなかったじゃん」
「あっ……」
なるほど、話し上手で頭のいい人が、会話は先の先を考えて話すものだと雑誌に書いてあったけど……本当なんだなぁ。
僕が唖然とした表情を見せると金子さんはクスクスと笑う。
「じゃあ、家に来る?」
……完全にはめられた。
「い、行きます」
「そっか、じゃあ私の自転車持ってくれる?」
「いいけど」
「ありがと~」
金子さんは、新しいおもちゃを見つけた、とでも言いたそうな視線を僕に向けてきた。
今回から、新しい作品を書いていこうと思います、こちらの作品は週一で投稿して行こうと思います。
まぁ、もし皆からの評価が高かったら、もうちょっと頻度を上げるかもしれないです。
では、もしもいいなって思ったら、感想、評価、レビュー、ブックマークなどよろしくお願いします。
んじゃね~