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堕天使ルシファーの神学講義

作者: 誰でもない誰か

ルシファーさんは私の守護天使かもしれないと感じることがよくあります。だから、すごくファンタジーとして考察することが多いのです。この作品は、一つの形ですね。彼(彼女?)はとても魅力的でかつ公正で優しい存在だと私は理解しています。いつか、本格的に彼(彼女?)の権能について誤解を解いてみたいと思っています。

「いいだろう。神学ってやつを俺が教えてやろう。」


傲岸不遜に男(女?)は言う。彼(彼女?)はルシファー。魔界の王の仮の姿である。


「まず俺は天使だ。天使というのは人間と違って役割に忠実だから天使なのだ。ラファエルの奴もミカエルの奴もラジエルの奴も、基本的におのれの職分を超えたりはしない。そして、それは俺も同じだ。だが、俺が違って見えるのは預かった役割が逸脱と変化だということだ。わかるか? 天使としての職分はあくまで逸脱だ。変化だ。」


「天使が役割に忠実なのはわかる。神の権能のうちに変化や逸脱が必要なのもわかる。しかし、それが君によくその役目を帰される傲慢だとは。」


「俺がそれに答える前に、答えてくれ。全知全能の神に出来ないことはなんだと思う?」


この問いは根源的だ。しかし同時に実に答えは簡単だ。


「無知無能である事だろう?」


「ご明察だ。そのとおり、神は全知全能だからこそ、無知無能であることができない。これはあらゆる体験に意味がないということでもある。おそらくこの深い苦悩は神にしかわかるまいし、そもそも苦悩と呼ぶ性質なのかすらわからん。神にとってはあらゆることが無味乾燥であると同時に、究極の美であり素晴らしさであろうからな。」


「で? それが天使の役割への忠実と関係があるのか?」


「あるだろう。考えてもみろ、天使たちは部分的な無知無能だ。己の職分に関係あることしか知らず、そしてできない。力の天使は力に関する知識しかないし、力しか使えない。そんな中で、変化と逸脱を司る俺が、己の職分をこそ逸脱し変化し、無知も無能も克服していくのに歴史は必要なかった。」


「なるほど。そして、君は天界を放逐されたのか?」


「呑み込みが早いな。そうだ、天使たちからすれば、変化と逸脱によって成長していく俺の存在は、己が職分の中で最も権威ある立場であることに矛盾するのであるから、同じ時空を占められないのは当然なのだ。だから、俺は出ていくしかなかった。その所業に傲慢と名付けたのは誰かは知らん。だが、俺自身は天界を去ることは予定調和だったと言ってもいい。」


「ふむ。だから、君は神に一番近い天使なのだな?」


ルシファーはその顔に見る者誰もがはっとするような魅力的な笑みを浮かべる。


「そうだな。俺より神を理解している天使は恐らくいない。俺は神の玉座を見たことすらある。天使たちはきっと誰一人として、神の姿を見た者はいないはずだ。それは当たり前なのだがな。神は全知全能だが、神が顕現するというのは神でない者が一切存在しないときにしかありえない。なぜなら、神は神でない者すべてであることで神だからな。神が顕現するときに神を見る者は絶対にあり得ないのだよ。」


「見る者はいるのに見た者がいないこと、それが神の存在証明と言うのか? しかし全知全能なら、神であると同時に神でない者であることだって可能ではないか?」


「お前はなかなか面白い。神の全知全能については、おそらくその通りだ。それは神には可能だろう。逆に言えば、それは神だけに可能だ。神自身は顕現した状態で神以外を見ることができるかもしれないが、神以外の者は顕現する神を見ることはできない。その禁則を破る可能性があるとしたら、未来のあらゆる可能性の中で俺だけだ。」


「で、君は神を見た?」


「いや、玉座は見た。だが、そこに神の姿はなかった。ただ、そこには鏡があった。俺はそこに神がいるのがわかったが、俺の傲慢を以てしても、それを実際に覗き見ることはできなかった。」


「もし、もう一度、玉座を訪ねたら、君はそれを見るか?」


「いや、見ないだろう。そうしたら俺はきっと神になってしまう。厳密な意味で、俺は役割に忠実なのだ。俺は変化と逸脱に過ぎない。神になってしまったら、その役割をどうやって果たせと言うのか?」


「全知全能以上の全知全能か? そこへの逸脱と変化か? なるほど、悩ましいな。」


ルシファーは目を細めて笑う。


「それがわかるお前ならわかるな? 傲慢というのは二重の意味での逸脱なのだと。」


「そうだな。逸脱は変化だ。変化があるから無知を脱する、無力を脱する経験が可能だ。それがもとの期待された逸脱の機能だろう。だが、その機能を誤解することはできるわけだ。無知や無力を脱するためではなく、逸脱や変化を感覚することに使えば、全知全能と誤解して無知無力を忘却するという逸脱ができる。それはきっと傲慢にふさわしい。」


誤解という表現には私も抵抗はある。期待されたという事実が実際にあるならば、誤りという表現は正しくもあるだろうが、そもそも期待が存在するとは思えないし、期待通りでないことで誤りとは言えまい。逡巡して言い足りない私の目を、ルシファーは実に温かみのある美しい表情をして覗き込んでくる。


「面白い表現だ。傲慢は、俺のもともとの権能をも逸脱した権能だ。俺が司るのはあくまで逸脱と変化なのだが、そして俺が天界にいないのも神の計画そのものなのだが、それを傲慢と呼び、この天使を堕天使と、さらには魔王とすら呼ぶ。実に面白いな、人間は。」


「しかし、君はなぜ人間を誘惑するのか?」


「まさか? 誘惑は俺の仕事ではない。だがな、変化や逸脱というのはどうやらそれ自体が魅力的に見えるようでな。いわゆる7つの大罪というのはお前も知っているだろうが、他の6つの権能も逸脱という要素と無縁でないので、どうしても俺が司ってやるしかないのだ。」


「君がそいつらと縁を切ったら?」


「冗談だろう? 存在するものを否定するとかありえない。そしてそんな権能は俺にはない。むしろ存在するものの存在を発展的に支援することこそ、俺の権能だ。確かにそれらは罪なのかも知れないが、それを身につけて悪になるのは、それを実践する人間だ。罪は罪に過ぎない。そこには悪と呼ばれる要素はない。悪というなら地上の全ては、正確に半分は悪に侵されている。」


「そして、その悪というのは、無知無能ゆえの解釈なのだから、そこから変化逸脱させるのも、君の権能なのだな?」


「そうだ。天界にいる天使よりも、俺の権能を今は有効に活用すべき時代のはずだ。俺が伝えたかったのは神学、もっと実情に沿った言い方をするなら形而上学だ。俺の権能である変化や逸脱は、概念に適用してこそ、その機能は本格化するだろう。」


ふと見ると、あいかわらずいい表情をしている。きっと、この会話が終わってしまえば、その姿を私も記憶していることはできないのだろう。だから、概念で印象として残ったものを大切にする。そう、こいつは素晴らしいと。


「逸脱と変化、それは衝動なのか?」


「俺は純粋に逸脱であり変化だからな。衝動の形でもたらすのは、罪なのだろう。罪は悪ではない。罪とは因果関係だ。衝動であり、直観、創造力でもある。そういう意味では、罪を通して、人間は神と対話する。」


「そうなると、もはや何とでも言える気がするな。」


「ははは。俺の存在もあくまでもファンタジーだろう。だが、こうして人格化して話をすると、神学や形而上学の核心は見える。神だって人格として理解されるならファンタジーだ。そして、そういうファンタジーは全ての人間の中に眠っている可能性を引き出す。」


「そうだな。君は本来は人格なき逸脱であり変化にしか過ぎない。天使たちも本来人格はない。そして、そういう人格の源になっているのも、実は君なんだろうな?」


「人格として理解する逸脱が成立した、というところか。」


「そうだな。歴史の偉大さとロマンには感謝するよ。そして、歴史は逸脱と変化だからな。地上に君が出現して本当によかった。」


「全ては予定調和だ。」


「逸脱を司る天使が、それを言うのは実に滑稽な話だな。」


私がその言葉を発し終わった時、もう旧友の天使の姿はそこに無かった。まあ、またきっと会えるだろう。そういう確信だけが残る。


彼(彼女?)が立ち去った後、私は長いことこの会話の存在を忘れていた。この会話はプロローグに過ぎなかったことを実感した今になって、私はこの会話の記憶を掘り起こすことができた。この会話をプロローグとする人のために、私はここにこの短い講義を記す。

ファンタジーはいいですね。もっと虚構なファンタジーもいいですけど、私はこれくらいの現実と非現実の乖離が好きです。私がファンタジーが好きなのは、現実の深層を理解する足掛かりとなるという機能を理解しているからでしょうね。現実と全く関りがないのであれば、そんな虚構だけの甘さを楽しむほどの余裕はない。そこに今の私の限界があります。現実自体がもっと甘くなれば、私も逃避を楽しめると思うのですが、現実が甘くないからこそ逃避と呼ばれる手段も現実のために活用しなくてはならない。実に痛々しい現実です。

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― 新着の感想 ―
 思わず共感してしまいますね。  おそらくは彼(仮)こそが最も神に認められた存在であり最高傑作だったのではないでしょうか。故に天界を追われたわけですが、正しくは卒業といったところで新しい世界の創造を期…
すご! おもしろ! こんな刺激的な神の存在証明は初めて見ました! すごい!ほんとすごい!(語彙喪失)
[良い点] すごく面白かったです!私も大罪だとか天使だとかを自分なりに考察したりするのが好きなのですが、こういう考えもあるのだなと物凄く新鮮でした!面白かったです、ありがとうございました!
2020/02/10 23:02 退会済み
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